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56. 元王宮侍女の証言

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 その侍女の名はリンダさんといった。
 今はフラウド伯爵家に嫁ぎ、リンダ・フラウド伯爵夫人だ。

 フラウド伯爵家に向かうその日、私は至って地味なグレーのワンピースに身を包み、アリューシャ王女もまた同様にシンプルな白いワンピース姿で現れた。セレオン殿下も、一見して王子様とは分からないようなごく普通の白いシャツに、ベージュのトラウザーズを履いていた。もちろんジーンさんをはじめとする供や護衛は何人もついて来ていたけれど、それでもとても王族の外出とは気付かれないような、かなり地味で目立ちにくい一団となった。
 アリューシャ王女は馬車の中で何度も、ふぅ、ふぅ、と深呼吸を繰り返していた。



「ま、まさか王太子殿下直々にお越しいただくとは……!大変申し訳ございません。主人は本日諸用のため遠方に……」

 セレオン殿下まで訪問するということを聞かされていなかったのだろう。出迎えてくださったフラウド伯爵夫人はセレオン殿下の顔を見た途端ピタリと硬直し、真っ青になった。そして慌ててカーテシーをし、しどろもどろで謝罪を始める。

「いや、そんなことは何も気にしなくていい。こちらが何も伝えていなかったのだから。これは非公式の訪問だ。もてなしも一切必要ないよ。ただ例のことについて、あなたの知っていることを私にも聞かせてほしいんだ」

 そうは言われても、王太子殿下が屋敷に来たのにもてなさないわけにはいかない。動揺したフラウド伯爵夫人の顔には大きくそう書かれており、彼女は後ろに控える侍女たちにせわしなく目配せを始めた。侍女たちがオロオロと応接間を出て行く。
 フラウド伯爵夫人はまるで裁判を受ける被告人のような雰囲気で、顔面蒼白になりながら私たちの向かいのソファーに座る。

「せ、先日使いの方からも尋ねられたのですが、私はメイジーが偽名を使って王宮勤めをしていたとは一切知りませんでした。本当でございます!」
「いや、大丈夫だよフラウド伯爵夫人。それは分かっているし、別にそこを追及するつもりで来たわけではないから。……あなたも知っているだろうけれど、国王陛下には嫁いでいった王女たち以外に、もう一人の娘がいる。それがこのアリューシャだ」
「ごきげんよう、フラウド伯爵夫人。本日は時間を作っていただきありがとうございます」

 セレオン殿下に紹介されたアリューシャ王女がニコリと微笑みそう挨拶をする。

「滅相もございません、王女殿下。このような狭苦しい屋敷ではございますが、どうぞごゆっくりなさっていってくださいませ」

 フラウド伯爵夫人は丁重に挨拶を返す。

「……それでね、夫人。あなたも社交界に席を置く人だ、このアリューシャの出自については噂くらい聞いたことがあるだろう。この子は王妃陛下や側妃の子ではなく、国王陛下が別の女性との間になした子だ」
「……はい」

 殿下の言葉に、フラウド伯爵夫人の顔がわずかに強張った。もう話の内容はあらかた察しているのだろう。
 セレオン殿下は穏やかな口調で言葉を続ける。

「その件で、今日はこうしてあなたを頼ってここまでやって来た。……メイジー・ベイスンという女性について、どんなことでもいい、あなたの知っていることを全て教えてもらえないだろうか」
「……はい……」

 フラウド伯爵夫人は神妙に頷くと、アリューシャ王女の顔をまじまじと見つめ、その瞳に涙を浮かべた。

「……先日の王太子殿下の誕生パーティーにお招きいただいた際に、大広間で遠くから王女殿下のお顔を拝見いたしました。私は息が止まるほど驚き、胸が高鳴りました。その時に真っ先に頭をよぎったのは、かつて毎日共に過ごしたメイジーのことでしたわ。王女殿下の赤い色の瞳に、艷やかな濃茶の御髪……。そして何よりそのお美しいお顔立ちが、あまりにも彼女にそっくりだったものですから。まるで彼女がそこにいるようで……。でも、まさかと。自分の中に浮かんだ根拠のない可能性を否定し、考えないようにしていたのです。……ですが、先日使者の方がお見えになり、内密にと話してくださいました。メイジーが王女殿下の母君であったこと、彼女がすでに病で亡くなっていること……」

 込み上げてくる思いに胸がいっぱいになったのか、フラウド伯爵夫人は一度言葉を区切ると取り出したハンカチで溢れた涙を拭った。

「……失礼いたしました。彼女とは王宮で共に働くうちにどんどん親しくなりました。私たちとても気が合ったのです。きっと王太子殿下や王女殿下がお知りになりたいことの全てではございませんが、私が彼女から聞いたことを、お話しさせていただきます」

 アリューシャ王女が、隣に座っている私の手をそっと握ってきた。縋りつくような細いその手を、私は両手でしっかりと包み込んだ。

 そして私たちは、フラウド伯爵夫人の話に、静かに聞き入った。



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