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53. 絆

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「ミラベル嬢、君の母君の名前は何という」

 アリューシャ王女と見つめあっていた私は、セレオン殿下の言葉にハッと我に返り、慌てて答えた。

「マ、マリア・クルースです」
「旧姓は?」
「……結婚前の名は、マリア・カースリーです。カースリー子爵家の娘でした」
「そうか。……母君に、ご兄弟や姉妹はいらっしゃったのかな」

 殿下のその言葉に、心臓が大きく跳ねる。

「いえ……、母からは一度も聞いたことはありません……」
「……アリューシャ、お前は母君の名前を覚えているか?」
「当たり前でしょ。いくら小さかったとはいえちゃんと覚えてるわよ。メイジーよ。メイジー・ベイスン」

 ……ベイスン。
 聞いたことのないその名に、心の中で小さく落胆する。……やっぱり私の勝手な願望に過ぎないのかしら。

「……分かった。いろいろと深く考えたくはなるけれど、全くの偶然という場合もあり得る。たまたま君たちの母君が同じ店で買ったものを受け継いでいただけという可能性もあることだし。……このネックレスの件については、私たちの方で調べてみよう」
「……はい。よろしくお願いいたします、殿下」
「……。」

 私がそう返事をする横で、アリューシャ王女は黙って座っていた。チラリとその横顔を見て、彼女の気持ちが分かる気がした。
 どんな内容であれ、真実を知りたい。
 だけど、失望はしたくない。だから変な期待はしてはいけない。頭では分かっているけれど、私自身もそわそわして落ち着かなかった。






「……最初にアリューシャ様とお会いしたあの時、アリューシャ様は私のネックレスを拾ってくださいました。……あの時から、もう気付いていらっしゃったのですね」

 その後、セレオン殿下のお部屋を後にした私とアリューシャ王女は、午後のお勉強の時間を少しお休みし、二人で紅茶を飲みながら話をした。

「……ええ。実はそうなの。あの時は本当にビックリした……。まさか私の宝物と同じものを、ミラベルさんも持っていたなんて。でもね、あの時はまだ、もしかしたら勘違いかなぁって思ったの。すごく似てる気がするけど、月のモチーフが目に入ったし、やっぱり別物よね、って。だけどあなたが私の教育係になってくれてから、一度じっくりネックレスを見せてもらったことがあったでしょう?あの時に確信したの。やっぱりお揃いだ!って。だけど……、あなたにとってはこの世でたった一つのお母様から貰った形見の品だし、私が、ほら私も同じの持ってるのよー、なんて見せたら、もしかしたらミラベルさんががっかりしちゃうんじゃないかって……」
「まぁ、そんなこと全然ありませんのに。……ありがとうございます、気遣ってくださって」

 心持ちしょんぼりしながらそう打ち明けるアリューシャ王女がいじらしくて、私は胸が熱くなった。本当に、この方は繊細で優しい心を持っていらっしゃる。一見気が強くてお転婆な王女様だけど、この方が本当は寂しがり屋で甘えん坊なのもよく知ってる。
 弱くて脆い部分を内に隠して、精一杯王女として強くあろうと頑張るこの方が、私は可愛くてたまらないのだ。
 可愛くて、愛おしい。

「……嫌じゃなかった?少しも?」
「ふふ。まさか。むしろ嬉しくて。……一体何なのでしょうね。この不思議なご縁は」
「……うん。本当ね……」

 思わず呟いてしまった私の言葉に、アリューシャ王女も頷く。そのまま何となく二人とも口を開かず、部屋の中は静かになった。

「……ミラベルさん。あれが特に何の意味もない、ただのお揃いだったとしても……」

 ふいに小さな声でそう言ったアリューシャ王女の不安が手に取るように分かり、私は微笑んで彼女を見つめ答えた。

「そうだとしても、私とアリューシャ様の関係は何も変わりませんわ。これまで通りです。運命的にお揃いの宝物を持った、仲良しの二人。……もし、何かの意味があったとしたら……、それはそれで、楽しみですわね。そこにどんな真実があったとしても、アリューシャ様は変わらず、私の大切な方ですわ」
「……ミラベルさん……」

 一国の王女様に向かって、仲良しの二人だなんて。不敬にも程があるけれど、アリューシャ王女は私がこう答えてもきっと喜んでくれるということを、私は知っている。

 案の定、私の言葉を聞いた彼女は、胸がキュンとするほど愛らしい満面の笑みを見せてくれたのだった。




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