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44. 感謝の贈り物

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 無断で王宮内に立ち入り、私に手を上げ強引に連れ出そうとしたヴィントは、あの後数週間身柄を拘束され厳しい取り調べを受けたそうだ。ウィリス侯爵令嬢から話を持ちかけられ言われたとおりにしただけだと主張していたらしいが、ハセルタイン伯爵家には罰金刑が処され、また今後永久に王宮への立ち入り、催事への参加などを禁止されるという厳しい処罰が下った。あとはもうブリジットと二人でどうにかやっていくしかないだろう。資産を売却して現金を作り、それで罰金でも支払うのだろうか。その後の貧乏生活に、あの人とブリジットが耐えられるとはとても思えないけれど。領地経営が破綻し、やがては爵位まで失う未来はもう見えている気がした。

 ウィリス侯爵令嬢もまた、ヴィントに罪をなすりつけるような言い訳を繰り返していたらしい。私はあんな真似までしろとは一言も言っていない、ただ、妻が黙って屋敷を出て行き話し合いもできずに困っていると言っていたものだから、互いに行き違いがあるのかもしれないから、自分の立ち会いのもと話をさせてあげようと思っただけだとか、いくら何でもそれは無理があるだろうというような発言を繰り返していたそう。結果、ウィリス侯爵令嬢は不審者を王宮内に招き入れた失態により、王太子殿下の婚約者候補から外されることとなった。王宮内で重職に就いている父君のウィリス侯爵にも、一定期間の減給処分が下ったらしい。

「……本当に助かりましたわ。アリューシャ様のおかげで、私は今ここにいられるのですから」

 数日間は私も事情説明などでバタバタしていたけれど、後日落ち着いた頃にアリューシャ王女に会い、ようやくお礼を言うことができた。

「本当によかったわミラベルさん!あなたがあの男に強引にここを連れ出されてしまっていたら、今頃私寝込んでたかもしれない。……ううん。また王宮を飛び出して、あなたを取り戻しにいったかも……、うん。絶対そっちよ。そうしてたと思うわ」
「そ、そんなことにならなくて本当によかったです……」
「あの女が急にあんなにしおらしくなって、なんかおかしいと思ったのよね。女の勘って外れないわね!嫌な予感がして、あのあとそぉーっとドアを開けてあなたたちの様子を伺ってたのよ。そしたらあの女が庭園に行きましょうなんて言っている声が聞こえたものだから……。すぐさまお兄様に知らせに行ったのも良い判断だったでしょ?ふふっ」
「ふふふ。ええ、本当に」

 得意げに微笑むアリューシャ王女のお顔を見て、私もつい笑みが溢れた。

「でも、あなたを無傷で助け出せなかったのが悔しいわ。……もう痛まない?頬や手首は大丈夫?」
「ええ、もう全然平気です。まだ手首に少し痣は残ってますが、もう痛みはすっかり治まりましたわ。……あの、アリューシャ様、……これを」

 優しく気遣ってくれるアリューシャ王女の言葉にそう返事をすると、私は用意してきたものをそっと彼女に差し出した。

「?……なぁに?これ」
「私からのほんの気持ちです。今回のことに対する感謝の気持ちと、いつも私と仲良くしてくださっていることへのお礼も込めて。受け取ってくださいませ」
「……ミラベルさん……っ」

 私の言葉に目をキラキラと輝かせた彼女は、おそるおそる私からその小箱を受け取ると、開けてみてもいい?と尋ね、慎重にリボンを外しはじめた。

「……まぁ……っ!可愛い……っ!」

 中を見たアリューシャ王女の頬が紅潮し、その赤い瞳はますます輝きを増した。昨日ひそかに街へ行き選んできた、小さなルビーのイヤリング。アリューシャ王女の瞳の色と同じだから、きっとよく似合うと思ったのだ。

「お気に召していただけましたか?アリューシャ様はきっとこれよりも素敵なものをたくさんお持ちだとは思ったのですが……」
「ううん!そんなことない!これすごく素敵だもの!とっても気に入ったわ!……嬉しい……。ミラベルさん、ありがとう。私一生大事にするから……っ」

 私の言葉を遮るようにそう言うと、アリューシャ王女は瞳を潤ませ、イヤリングの小箱をギュッと抱きしめた。あまりにも健気なその仕草に胸がキュンとして、思わず頭を撫でてあげたくなってしまう。

「アリューシャ様……。こちらこそ、ありがとうございます。そんなに喜んでいただけると私も嬉しくなっちゃいます」
「ふふ。ね、ミラベルさん、私これ、来月のお兄様の誕生パーティーの時に着けるわね」

 アリューシャ王女のその言葉で思い出した。私も昨日伝えられたばかりだった。来月はセレオン殿下の誕生日を祝うパーティーが、この王宮の大広間で開催されるらしい。私もぜひ出席してほしいと殿下が仰っていると、昨日ジーンさんから伝えられた。

「まぁ、そんな大事な場に着けていっていただけるんですか?ふふ。嬉しいです。アリューシャ様の美しい瞳の色と同じですから、とてもよく似合うと思いますわ」
「ええ!そうよね。……ね、これって、あなたが持っているあのルビーのネックレスとも同じ色ね」
「あ、ええ。たしかに、そうですね。……覚えていらっしゃったんですね、私のあのネックレスのこと」

 私とアリューシャ王女が出会った時のこと。私がいつの間にか地面に落としてしまっていた母の形見のルビーのネックレスを、アリューシャ王女が拾って私に手渡してくれたんだった。
 今となってはあのネックレスは、母とだけでなくアリューシャ王女との思い出の品にもなった。

「もちろん覚えてるわよ!とても素敵だったもの。……ね、ミラベルさん。お兄様の誕生パーティーに、あのネックレス着ける?」
「……そうですね……」

 そうか。こんな時こそあれの出番かしら。
 大切にしすぎて、ほとんどずっとケースに入れてしまい込んだままだった。せっかくの華やかなパーティーだもの、着けていくのもいいかもしれない。……でも。

「私があのルビーのネックレスを着けていってもよろしいのですか?アリューシャ様のこのイヤリングと色味が被ってしまいますが……、お嫌ではないですか?」
「まさか!嫌なはずないじゃない!むしろ嬉しいわ、ミラベルさんとお揃いなんて」
「ま、ふふ。アリューシャ様がそう言ってくださるなら、当日はあのネックレスを着けますわね。私も嬉しいです、お揃いの色のアクセサリー」

 よかった。同じ色の宝石を着けていることは少しも嫌じゃないみたい。
 私がそう答えると、なぜかアリューシャ王女の方が少し不安そうに私に言った。

「……あなたは、その、……嫌じゃないの?私と、……お母様の形見の大切なネックレスが、その、被ってしまっても」
「まぁ、まさか。少しも嫌じゃありませんわ。むしろ嬉しいです。まるで姉妹みたいで。ふふ。さすがに厚かましい発言ですわね。申し訳ありません」
「ううん!……本当に、嫌じゃない?たとえば……、このイヤリングよりもっと、すごくデザインが似てるアクセサリーを、私が着けていたとしても……?」
「いいえ、全然。嫌なはずがありませんわ。まぁ、王女様とアクセサリーが被れば、恐縮はしますが。……なぜですか?」
「……ううん!なんでもないの。ふふ。楽しみね、お兄様の誕生パーティー」
「ええ」
 
 私たちは顔を見合わせてクスクスと笑った。





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