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38. 教育係と不審な男(※sideダイアナ)

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 絶対に私がセレオン殿下の婚約者になってみせる。
 強固なその意志は、当然ジュディ・オルブライトも持っていた。私たちはセレオン殿下に茶会に招かれるたびに、また社交の場で顔を合わせるたびに、じわじわと互いを攻撃しあった。憎々しい思いからそれは徐々に露骨なものとなり、ついには先日、王妃陛下の茶会という大切な席で、王妃陛下ご自身からお叱りを受けるはめになってしまった。そしてその様子を、集まっていた多くの高位貴族の女性たちに見られてしまったのだ。

(……ひどい屈辱だわ……!この私が、こんな場所で王妃陛下から苦言を呈されるなんて……!それもこれも、この女とこの庶子王女のせいよ!)

 お叱りを受けた後、私は口をつぐんで目の前に座る女を睨みつけた。

 ミラベル・クルースとかいう名の、アリューシャ王女の教育係。何なの?この小娘。セレオン殿下がそんなにもベタ褒めしていたですって?なぜこんな貧相な娘を?
 片田舎の大したことない学園でさえも卒業できなかった子爵家の娘のくせに、まさかセレオン殿下に取り入ろうと画策しているんじゃないでしょうね……?私たちのような上流階級の候補者たちを押し退けて、自分がセレオン殿下の寵愛を受けようなんて身の程知らずなことを考えてるなら、許さないから……!



 ただでさえ王妃陛下の茶会でのダメージが大きかったというのに、その後セレオン殿下と二人きりでお茶をした際にも、同様の説教を受けることとなった。

「……話は母から聞いた。ジュディ嬢にも伝えるつもりだが、君たちの周囲の者への態度は目に余る」
「っ!で……、殿下……っ。あれはその……、」

 それから、私もジュディ様も家柄に驕りすぎだの、気遣いや配慮が足りないだの、王家の人間に求められる役割がどうのだの……。私の言い訳は少しも聞いてくれず、ひたすら苦言を呈された。しかも最後には、

「……今後、アリューシャやミラベル嬢に対して心ない発言は一切控えてもらう。もしも彼女たちを、……妹とミラベル嬢をこれ以上侮辱し傷付けるようなことをするのなら、私はあなたを婚約者候補から外す。その資質がないと判断する。……分かったね」

などと、とても冷たい目をしてそう仰られたのだった。

 悔しさのあまり体が震える。殿下の部屋を辞し、王宮を出て馬車に乗り込むと、私は拳を握りしめ深く息をついた。……妹の方はまだしも、殿下はなぜあの教育係まで庇うわけ?王妃陛下といい、あの娘に目をかけ過ぎじゃないの?ただの子爵令嬢なのよ。あんな小娘のために、この私に、ウィリス侯爵家の娘であるこの私に説教するなんて……!

 馬車が王宮の敷地を出て、ゆっくりと進みはじめる。苛立ちながら、私は小窓から外を眺めた。

 すると。

(……?何?あれは)

 うちの馬車が出たのとは別の門の前に、一人の男がしがみついていた。……なぜ衛兵たちは遠巻きに眺めているのかしら。不審に思ってよく見てみると、

(……あれは……、あの女じゃないの)

 門を挟んで男と向かい合って何やら言い争っているのは、例のミラベルとかいう教育係の小娘だった。

「……ね、馬車を停めなさい」
「はっ、はい」

 私は小窓から御者にそう命じ、男からほど近い所で馬車を停めさせると二人の様子を伺った。扇で顔を隠し、小窓からそっと覗くと、男が声を荒らげているのが分かる。

「自分ばっかりいい思いしてんじゃねーぞミラベル!!覚えてろよ!!」

 そう捨て台詞を吐いたところで、衛兵たちから追い払われている。

(……何よあれ。身なりはまぁまぁだけど、随分と下品な男ね。あの小娘、あんな男と知り合いなの?……やっぱりまともじゃないんだわ)

 あのミラベル・クルースとかいう教育係には、何か事情がありそうだ。それも、ろくでもない事情が。もしかしたら、いろいろと後ろ暗い過去を隠して王宮に入り込んでるのかもしれない……。

「門のところにいるあの男、ここへ連れてくるよう御者に言ってきて」
「し、承知いたしました、お嬢様」

 私は同行していた侍女にそう命じた。

 やがて困惑したような、疑わしげな顔をしながら馬車の前に連れてこられた男に事情を聞き出した私は、思わずほくそ笑んだのだった。




 
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