上 下
25 / 75

25. 王女の出生

しおりを挟む
「あ、あの……、アリューシャ様」
「ん?なぁに?」

 赤く輝く瞳で私を見上げる王女殿下の表情は、いつもと何も変わらない。

「……その、……先ほどセレオン王太子殿下のお部屋を出て歩いている時にすれ違った、あの方々は……」
「……ああ。あの人たちはジュディ・オルブライト公爵令嬢と、ダイアナ・ウィリス侯爵令嬢よ。お二人ともお兄様の婚約者候補の人たちなの」
「……さようでございますか」

 やはりどちらも高貴な身分のご令嬢だった。しかもセレオン殿下のご婚約者候補。
 そんな教養ある方たちが、なぜあんな態度を……?

 私の表情を見たアリューシャ王女が、その快活さに似つかわしくない諦めたような笑みを漏らす。

「……あのね、ミラベルさん。お兄様か誰かから聞いているかもしれないけれど、私ね、国王陛下の“庶子”なのよ」
「……。……えっ……?」

 庶子……?

 予想外のその単語に、私は思わずアリューシャ王女の顔を見つめた。アリューシャ王女は少し気まずそうな、まるでちょっとしたいたずらや隠し事がバレてしまったと言わんばかりの表情で、ポツリポツリと話しだす。

「私のお母様はね、王宮勤めの使用人だったそうなの。で、どういうわけか国王陛下との間に私ができちゃったみたい。高位貴族の娘じゃなかったお母様は私を静かに育てるために、国王陛下にも黙って王宮を出たの。だけど私が4歳の時に、お母様は病気で死んじゃって……。その時に王宮からお迎えの人たちが来て、私はここに引き取られたってわけ。なぜだか国王陛下は私とお母様の居場所や生活を、ずっと見守っていたらしいのよ。一応自分の娘だから気にはなっていたのかしらね。……まぁそんなわけで、私はここの皆から歓迎されているわけじゃないのよ。どこの誰とも分からない女性との間に、国王が間違って作っちゃった子。卑しい身分の子って、そう思われてるわけ」
「……アリューシャ、さま……」
「国王にはすでに王妃様との間にお兄様や、嫁いでいった王女様たちもいるしね。だから、ここでは私は異質な存在。さっきのお兄様の婚約者候補のお二人みたいな態度の人は、結構いるのよ。気にしないで」
「……そんな……」
「だからね、私あなたと出会ったあの時、本当に嬉しくて……!私の身分とか出自とか何も知らないのに、そんなこと関係なく私を助けてくれたでしょ?それに……ふふ……、頭も撫でてくれた。普通に話してくれて、優しくしてくれて。まるで本当にお母様の代わりみたいで……。もちろんここにも、優しく接してくれる侍女たちはいるわ。だけどほら、やっぱり遠慮や距離はあるじゃない?だからあなたがここで私の教育係として働いてくれることになって、本当に本当に嬉しいの!……引き受けてくれてありがとう、ミラベルさん。私、頑張るわね。あなたとずっと長く一緒にいられるように」
「……アリューシャ様……っ」

 健気な彼女の言葉を聞いているうちに堪えきれず、涙がはらはらと頬を伝った。そういうことだったのか。これまで覚えていた違和感に、納得がいった。お兄様以外には普通に話してくれる人がいないと言っていたこと。アリューシャ王女に対する周囲の人々の態度が、何となく素っ気なかったこと。さっきの令嬢たちの態度。
 わずか4歳で、たった二人きりで暮らしていた大切なお母様を失って。それからすぐに王宮に連れて来られて、不慣れな環境の中で生きてこられたのだ。お父上である国王陛下は当然日々お忙しいだろうし、同じく兄上のセレオン殿下もずっとアリューシャ王女のそばにいられるはずがない。他に優しくしてくれる大人は周りにほとんどいなくて……。そんな中で過ごす毎日は、どれほど心細かったことだろう。

(それなのに……こんなに明るくて、天真爛漫で、優しさも愛らしさも失っておられない……。ひねくれることもなく、こんなに真っ直ぐなお人柄に育って……なんて強い方なんだろう)

 私がハセルタイン伯爵家で義父母や夫から虐げられていた同じ頃、この方もまた王宮の中で、傷付きながら寂しさに耐えていたんだ。それも私よりも、ずっと前から……。

 出会った時の彼女の様子を思い出す。お菓子屋の店主と揉めていくところに割って入った時の、アリューシャ王女の縋り付くような瞳。頭を撫でてあげた時、嬉しそうに頬を染めた顔。私が慌てて立ち去ろうとした時の、必死に引き留めようとしていた姿。
 セレオン殿下のお部屋で再会した時に私に飛びついてきた、あの幸せそうな笑顔。

「ミ、ミラベルさん……?そんなに泣かないでよ……。ごめんなさいね、変な話しちゃって。私なら大丈夫よ。もうすっかり慣れて……、……ひゃっ!!」

 気付けば私は、頭一つ分小さな彼女の体を思い切り抱きしめていた。涙がとめどなく溢れる。
 出自が何だというのだろう。王妃様から生まれていないから。母親の身分が低いから。たったそれだけの理由で、こんなに愛らしい人をどうしてよってたかってないがしろにするのだろう。

 そんなこと、私が絶対に許さない。

 この子は私が守るんだから!!

「アリューシャ様っ!!」
「ほえっ?!は、はいっ」

 抱きしめていた彼女の両肩をガシッと掴み少し離すと、私は正面からその赤い瞳を見つめて言った。

「見返してやりましょう!そんなくだらない、人の表面しか見ていないような連中に、アリューシャ様を貶める資格はありませんわ!私があなたを育てます!誰にも文句を言わせない立派な王女様になって、堂々と言ってやるんです!無礼な態度は許さないわよって!」
「……ミラベルさん……」
「頑張りましょうアリューシャ様!!」

 ついさっきまであんなにも消極的だった私の頭の中は、すでに闘志に燃えていた。冗談じゃない。この子に対してあんな失礼な態度は二度と許さないわよ。この子を傷付けるような真似、誰にもさせないんだから!!

 まるで自分がアリューシャ王女の母親にでもなったような気分だった。アリューシャ王女は面食らった顔で、突然気合いを入れた私のことを見ていたけれど、

「……ふふ。……ええ!頑張るわ。ありがとう、ミラベルさん」

そう言って、少し照れくさそうに笑った。

 ムキになって涙を流す私よりも、はるかに大人びて見えた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

全裸で異世界に呼び出しておいて、国外追放って、そりゃあんまりじゃないの!?

猿喰 森繁
恋愛
私の名前は、琴葉 桜(ことのは さくら)30歳。会社員。 風呂に入ろうと、全裸になったら異世界から聖女として召喚(という名の無理やり誘拐された被害者)された自分で言うのもなんだけど、可哀そうな女である。 日本に帰すことは出来ないと言われ、渋々大人しく、言うことを聞いていたら、ある日、国外追放を宣告された可哀そうな女である。 「―――サクラ・コトノハ。今日をもって、お前を国外追放とする」 その言葉には一切の迷いもなく、情けも見えなかった。 自分たちが正義なんだと、これが正しいことなのだと疑わないその顔を見て、私はムクムクと怒りがわいてきた。 ずっと抑えてきたのに。我慢してきたのに。こんな理不尽なことはない。 日本から無理やり聖女だなんだと、無理やり呼んだくせに、今度は国外追放? ふざけるのもいい加減にしろ。 温厚で優柔不断と言われ、ノーと言えない日本人だから何をしてもいいと思っているのか。日本人をなめるな。 「私だって好き好んでこんなところに来たわけじゃないんですよ!分かりますか?無理やり私をこの世界に呼んだのは、あなたたちのほうです。それなのにおかしくないですか?どうして、その女の子の言うことだけを信じて、守って、私は無視ですか?私の言葉もまともに聞くおつもりがないのも知ってますが、あなたがたのような人間が国の未来を背負っていくなんて寒気がしますね!そんな国を守る義務もないですし、私を国外追放するなら、どうぞ勝手になさるといいです。 ええ。 被害者はこっちだっつーの!

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

処理中です...