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73. 愛の言葉

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 リネットたちに外してもらい、エルドと二人きりになる。椅子に座り瞳を伏せる私の言葉を待つ、エルドの視線。こんな時なのにこの人と静かな空間にいることが、どこか心地良くてならない。

「…それで、アリア様。お話というのは…」

 なかなか言葉を発さない私に対し、エルドが気遣うような声色でそう問いかける。私は深く息を吸うと、それをゆっくりと吐き出してから覚悟を決めて顔を上げた。

「…ええ。あのね、…あなた、カナルヴァーラ王国のことを、どう思う?」

 それが彼にとって突拍子もない質問であったことは、その表情を見れば明らかだった。いつも穏やかな、それでいて隙のないポーカーフェイスを保っているエルドの目が束の間大きく見開かれた。

「…そうですね…。とても素敵なところだと思っております」
「そう?」
「ええ。このラドレイヴンに比べれば国土は小さいですが、豊かな資源や才知溢れる王家の方々による国政の元で近年はますます発展していますし、国民の幸福度も高いでしょう」

 その国出身の王妃にこんなことを問われれば、そりゃこう答えるだろうという模範解答だ。でもきっと、あながち嘘ではないと思う。

「我が国からも優秀な人材が多くカナルヴァーラに逃れているようですしね。今後はますます軍事力、経済力とも強化されていくのだと思います」
「…ええ、そうよね。私もそう思っているわ」

 私は微笑みを浮かべ、目の前の愛しい人の顔を見つめながら言った。

「暮らしやすい国よ、きっと。…少なくとも、今のこの国よりははるかに。優秀な人材は手厚い待遇で受け入れてくれるわ。…特に、あなたたちのような素晴らしい騎士はね。国防の要だもの」
「……?……アリア様…」

 平然と問うつもりでいたのに、思わずエルドから視線を逸らしてしまう。彼は何と答えるだろうか。こんなことを言い出せば、怒るかもしれない。だけど私はエルドを、…ここで出会った大切な人たちをこれから先無駄に苦しめたり、危険な目に遭わせたくはない。
 だって今の王家はもう、彼らがその命を賭けてまで仕える価値はないのだから。

「お父上のファウラー騎士団長やあなたを含めた王国騎士団の騎士たちの中で、ここを離れてカナルヴァーラに移りたいという人たちがいれば、私が取り持つことができるわ。ここはもうすぐ血の雨が降ることになるかもしれない。あなたたちが命を賭して守る価値もないあの国王の元にいるよりも、他の道を考えてみてはどうかしら」

 エルドは微動だにしない。部屋の空気はシンと固まり、息をするのも憚られるほどの静寂が訪れた。

「…あなた様は、どうなさるおつもりなのですか」

 そんな中で静かに紡がれたエルドの声はあくまで穏やかだった。

「私?…私はもちろん、最後までここにいるわ。腐ってもラドレイヴン王国の王妃ですもの。私に他の道なんてない」
「であれば、俺の答えも決まっています。どこにも行きません。俺はいつ、何が起ころうとも、決してあなたのそばを離れない。…俺が守るのは、国でも国王でもありません。…あなたです、アリア様」
「……エルド…」

 あまりに毅然と言い切るその声には一切の迷いがなかった。驚いて思わずエルドの顔を見上げる。王国騎士団に所属していながら、まるでこの国よりも国王よりも私のことが大切だと言ってくれているような彼の瞳は、相変わらず澄みきっていた。

 あ然と見上げている私の前に進み出ると、エルドは跪いて私の手を取った。

「……っ、」
「俺は死んでもあなた様から離れません。どうか、もうそのようなことは仰らないでください、アリア様。たとえ国がどうなろうと、…あなたが今後どのような道を選ぼうとも、俺の心が変わることはない。…最後まで、おそばにいさせてください」
「……エル、ド…」

 真摯な言葉とその眼差しに、目まいがするほどの喜びを感じた。私にとって彼のその言葉は、ただの護衛騎士としての言葉ではない。

 誰よりも大切な殿方からの、この上ない愛の言葉のように聞こえたのだ。

 私のそばにあり続けることを選んでくれた。

「そもそも、俺は護衛騎士ですよ。これまでになく危険な情勢になりつつある今になって、何故あなた様のそばを離れる選択肢があると思うのですか」
「……。だって…」
「お気持ちはとても嬉しいですが、守るのは俺の役目です」

 エルドはそう言うと、私の手の甲にそっと唇を押し当てた。

「…お慕い申し上げております、アリア様。どうか、おそばにいさせてください。これから先もずっと」
「……ええ……。…ありがとう、エルド…」

 その言葉はきっと、一人の殿方から女性に対しての言葉ではない。
 騎士から王妃への、忠誠を証すための言葉だったのだろう。

 頭でそう分かっているからこそ、エルドのその言葉はとても甘く、そして堪えきれないほどに切なく、私の胸を締めつけたのだった。






 結局私の護衛騎士たちの中で、ここを離れてみてはという私の提案に頷く者は誰一人いなかった。皆エルドと同じように、最後まで私のそばでこの身を守ってくれるという。

「冗談はお止めください!ひどいですよぉアリア様…っ!わ、私だけカナルヴァーラに送り返すなど…!二度と仰らないでくださいませっ!このリネットはたとえしがみついてでもアリア様から離れませんからねっ!」

 リネットの安全を確保したくて彼女にも国に帰ってはどうかと諭してみたけれど、絶対に嫌だと鼻水を垂らして泣かれた。私は幸せ者だ。不出来な王妃であったというのに、こんなにも皆から慕ってもらっている。

「…ごめんなさいね。ありがとう、リネット」






 それから数週間後、カナルヴァーラとファルレーヌによる連合軍がラドレイヴン王国に侵攻し、王宮に攻め入った。
 すでに崩壊の一途を辿っていた大国の軍隊はほとんどまともに機能しておらず、各所の警備は驚くほど乱れ、手薄になっていた。
 数百人からなる連合軍の精鋭騎士たちは深夜に猛スピードで馬を走らせ、難なく関所を突破すると真っ直ぐに王宮を目指した。



 そして───────



 


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