上 下
45 / 84

44.思い悩むマデリーン(※sideジェラルド)

しおりを挟む
「……。」

(ザーディンの奴…、随分と白々しい物言いをしていたな)

 いつものように美酒を傾けながら部屋でくつろいでいる時、先日のアリアに対するザーディンの対応を思い出した。
 避妊薬を使うようにと指示を出してきたのは自分のくせに、子ができないのだから俺と側妃が親密に過ごすのも仕方ないのだとアリアを嗜めていた宰相。

(子が成せなかったのはアリアのせいではないと他の誰よりも知っているくせに。……まぁ、俺にとってはあの時のザーディンの言葉は都合の良いものだったが)

 マデリーンと過ごす時間が楽しくて仕方ないのは事実だ。俺の気持ちを汲んでのことだったのだろうか。
 ほんの一瞬、アリアに対する罪悪感のような感情が湧き上がる。宰相に嗜められ、マデリーンにまで強く非難されたアリアは縋るような目で俺を見ていた。それなのに……あれはさすがに可哀相だったか……。

「…ねーぇ、ジェリー。…あたしって、やっぱり所詮は身分の低い家柄出身の側妃でしかないのよね…」
「……?一体何だ?突然どうした?マデリーン」
 
 その時、俺の肩に頭を預けていたマデリーンがポツリとそう呟いた。見下ろしたその表情はとても寂しげで、長い睫毛の陰からわずかに見える美しい赤い瞳は切なく揺れている。

「誰かに何か言われたのか?誰だ?隠さずに言え。お前をないがしろにする人間には俺が罰を与える」
「…ううん、違うの…。そうじゃない。でもね、こないだふと思ったのよ。…あの人があたしの茶会に乗り込んできて、文句を言って怒鳴りつけてきた時に…」
「…あの人…?…まさか、アリアか?アリアがお前の茶会を台無しにしたということか?」

 今にも泣き出しそうな落ち込んだ表情のマデリーンを見ていると、アリアに対する怒りが込み上げてくる。あいつめ…なんて女だ。従順で大人しい女だと思っていたのに、自分が俺の寵愛を失ったからといって側妃のマデリーンを虐めるとは…。こんな女だとは思わなかった。黙って仕事だけしていればいいものを。
 さっきまで感じていたアリアに対する罪悪感など一瞬で消え去った。
 以前はあんなに可愛く思っていたはずの正妃が、ますます憎たらしく不愉快な存在になる。怒りの渦巻く俺の内心とは裏腹に、マデリーンは俺の腕に自分のそれを絡めながら健気に言う。

「ううん、もうそのことはいいの。あの人があたしのことを疎ましくてたまらないのは分かるわ。こんなに素敵なジェリーの愛があたしにだけ向いてるんだもの。そりゃ悔しくてイジワルもしたくなっちゃうわよね。だからいいの。あたし、我慢できるわ。…でもね、茶会の場に乗り込んできたあの人…、たくさんの護衛を連れていて…」
「…護衛?護衛騎士ならお前にもたくさん付けているだろう」

 正妃の護衛騎士が何故そんなに気になるのだろう。不思議に思っていると、マデリーンが自信なさげにその理由を話しはじめた。

「うん…。そうよね。あたしにもちゃんと護衛は付けてくれてる。でもあんなにたくさんはいないわ。広間に乗り込んできたあの人…。すごく、威圧感があった。たぶんあの人の後ろに大勢の護衛騎士が侍っていたからだわ。ああ、やっぱりこの人は特別なんだなぁ、って…。この王宮の中で誰よりも大切に守られている別格の存在なんだなぁって、改めてそう思ったの…。たとえあの人が離宮でひっそりと暮らしていようと、ジェリーの愛をあたしが独り占めしようと、やっぱり敵わない…。あたしなんかあの人に比べれば、所詮いつ危険が及んでも、たとえ事件に巻き込まれて死んでも、きっと誰も悲しまない…」
「マデリーン…。突然何てことを言い出すんだ。そんなはずがないだろう。確かにあいつは他国の王族の娘で、立場上はこの王国の正妃でもある。…だが、お前はそんな肩書きなどなくとも、俺の最愛の妻だ。誰よりも大切に想って可愛がっているじゃないか。…分かるだろう?」

 何故アリアはそんなに大勢の護衛を伴ってマデリーンの茶会に乗り込んだのか。意味が分からない。普段は必要最低限の護衛と侍女だけを連れて移動しているはずだが。…まさか、マデリーンを威嚇する思惑があったのか…?

「…特にね、あの人のことを一番近くで見守っていた護衛の人…。金髪で翠色の瞳をした、すごくステ…、…強そうな護衛の人。とても頼もしく見えたわ。きっとここの騎士団の中でも特別能力の高い人なんでしょうね」
「…誰だ?騎士団長のファウラーの息子のことか…?」
「あたしはよく知らないけど、そうなのかな?その人金髪で翠色の瞳で、すごくカッコ…、……強い人?」
「ファウラー騎士団長の息子がアリアの専属護衛の筆頭だったはずだ。おそらくそいつだろうな」
「ふぅん…。…いいなぁ、あんな人に守られて…」

 マデリーンは俺にもたれかかっていた体を起こすと、両手で顔を覆って深く息を吐いた。

「…だからあの人、あんなにも強気だったのね。あの人は特別な女だから、王国騎士団の中でも選り抜きの護衛たちを大勢付けてもらってるんだわ。…あたしはいつか、あの人のことを擁護する誰か…、あの人の周囲にいる誰かに殺されるのかもしれないわね…」
「は?だから突然何を言い出すんだマデリーン。そんなはずがないだろう。お前だって能力の高い護衛騎士たちにしっかり守らせている」

 突拍子もないことを言い出したマデリーンに驚きながら、俺はどうにか宥めようとした。だがマデリーンはこれまで見たことがないほどに落ち込み、ますます悲哀の色を濃くする。

「ううん。やっぱり待遇に差があるんだってすぐに分かったわ。あの人についてる護衛たちの方が人数も多いし強そうだった。そりゃそうよね。あっちは外国のお姫様。あたしは…、…お姫様になれることを夢見てジェリーの元に嫁いできた、ただの身分の低い一般人…」
「…マデリーン」
「ずっとずっと、苦労ばかりの人生だった。男爵家とは名ばかりの、貧しくて苦しい暮らし…。両親の頭の中は浪費や見栄のことばかりで、誰からも愛されない惨めな人生だった…。ついにあんな酒場でまで働かされることになって…。…でもね、ジェリー。あなたと恋に落ちて、あたしやっと幸せになれるって思ったの。これまで辛いことばかりだったあたしを、あなたが特別な存在にしてくれるんだって。誰よりも大切な、お姫様にしてくれるんだって」
「……。」
「…だけど、夢は所詮、ただの夢…。たくさんの屈強な護衛騎士たちから守られて、笑いながらあたしを見下してくるあの人を見て、それを悟ったの。やっぱりあたしはジェリーの、この王国の王様の一番大事な人にはなれなかったんだって」
「…何故そうなるんだ、マデリーン。馬鹿だな」

 ついにマデリーンは肩を震わせ、シクシクと泣き出した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

さっさと離婚したらどうですか?

杉本凪咲
恋愛
完璧な私を疎んだ妹は、ある日私を階段から突き落とした。 しかしそれが転機となり、私に幸運が舞い込んでくる……

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

【本編完結済】色褪せ令嬢は似合わない婚約を破棄したい。

橘ハルシ
恋愛
「私は今ここで、貴方との婚約を破棄をするわ!」 くすんだ灰色の髪と目のため、陰で色褪せ令嬢と呼ばれているエミーリア。 ポジティブ思考な彼女は、そんなことを言われても全く気にならない。でも、自分に似合わないものは着たくないし、持ちたくない。だから、自分に全然似合わないこの婚約も破棄したい。 それには相手の了承が必要。ということで、今日も婚約破棄するべく、目も合わせてくれない冷たい婚約者に掛け合います! ヒロインが少々かわいそうな感じになっておりますが、ハッピーエンドです。よろしくお願いいたします。 小説家になろうにも投稿しています。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

処理中です...