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37.最大の屈辱
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かつてこれほど自分の感情を人前で露わにする王族が、この大国にはいたのだろうか。…いや、きっと一人としていなかったに違いない。
王家に嫁ぐのはそれなりの家柄の出身、そしてきちんとした淑女教育を受けてきた者であること、それらがいかに重要な要素なのかを私は切実に感じていた。
「…もう分かりましたから。お話はまた後日にしましょう。そのように声を荒げるのもお止しになって。せっかくお集まりくださっている皆様がご不快な思いをされますよ」
静かに諭して切り上げようとしたけれど、マデリーン妃はますます目を釣り上げて私を睨みつける。
「ご不快な思いが何よ!!勝手に不快になってりゃいいじゃないの!!あたしは王妃よ?!この国の女たちのトップ!貴族連中でさえも皆あたしの機嫌をとらなきゃいけないのよ!ジェリーに睨まれたくなければね!」
広間の空気がざわつく。…これではただの暴君だ。
この人を野放しにしたままここを立ち去るわけにもいかないと判断した私は、静かにため息をついて再び彼女に向き合った。
「マデリーン妃。あなたがここにいる女性たちの上に立つ存在であるという自覚があるのならなおさら、そんなに横暴になってはいけません。ご自分の立場を鼻にかけないで。王家は国のため、国民のために働く存在であるということを…」
「うるさいうるさい!!役立たずの冷遇女のくせに、あたしに偉そうに指図しないで!早く出ていきなさいよ!!」
「……。」
ダメだ。諭せば諭すほどヒートアップしていく。話にならない。私の言葉を聞くつもりは毛頭ないらしい。
それに、さっきから不愉快で仕方なかった。
「…あなたさっきから何度も私のことを役立たずと言いましたが、私は役立たずではありません。お忙しい陛下に代わってほとんどの公務を一人でこなしております」
そう、私はこの人のように贅沢もしていない。遊んでもいない。冷遇されていようが、仕事だけはきちんとしている。ジェラルド様があんな状態でいても滞りなく回っているのは、私が日々彼の分まで仕事をこなしているからだ。
だけどマデリーン妃は舞台の上の女優のようにハンッ、と大きく鼻で笑うと腕を組んでこう言った。
「それはあんたが暇だからでしょう?ジェリーも王宮の他の人たちも、みーんな言ってるわよ。離宮の正妃は子が産めなくて切り捨てられちゃって暇なもんだから、外交と称して旅行にばっかり行ってるって!ここに居場所がなくて気まずいから逃げてるんだって!」
(────────っ!!)
後頭部を重いもので殴られたような衝撃に、目の前が真っ暗になった。思わずふらつきそうになる足を無意識に踏ん張る。
こんなところで…。社交界の貴婦人方も多く集まっているこの場で、まさかこんな辱めを受けることになるだなんて…。
ポーカーフェイスを崩してはいけないと頭では分かっているものの、指先から体温がすうっと抜けていき、体が小刻みに震えはじめた。
「やることなくて暇だから毎日こうやって王宮までのこのこやって来てはその辺をうろついてるんでしょう?せっかくあたしたちが楽しくお茶会してる部屋にまで乗り込んできて、嫌味を言っては邪魔しちゃって。あんたがそんなだからジェリーもあんたに嫌気が差したんじゃない?!だから皆あたしの茶会に集まってるのよ。あんたが開く茶会にはもうほとんど人が来ないんでしょ?そういうこと!察しのいい人たちはね、分かってるのよ。あんたは国王に嫌われたから、あたしにつく方が賢い選択だってね!あんたの茶会にいまだに顔を出してるのって、昔ながらの古い考えのオバサンたちだけでしょ?ダッサイわぁ!」
「プッ…!フフフフフッ…」
見たことのない下品な身なりの女性たちが堪えきれずといった風に笑い出した。惨めで恥ずかしくて、今すぐに消えてなくなりたかった。
だけど大勢の貴婦人たちも、今この場で私を見ている。うつむいて歯を食いしばったり、涙で瞳を潤ませたりしたくなかった。
私は気力を振り絞って、毅然とした表情を作りマデリーン妃の目を見つめた。
「どうやらとてもお邪魔のようですから、私はそろそろ失礼いたしますわね。最後に、マデリーン妃。あなたは茶会を開くよりも先に、淑女教育などをしっかりお勉強なさった方がよろしいわ。あなたにもう少しまともな教養が身に付けば、私が日々こなしている仕事の内容も理解できるようになるでしょうから」
「な…………なんですってぇ?!」
「では、失礼」
もういい。一刻も早くここから立ち去ろう。
私は無表情を保ったまま踵を返して歩き出した。その直後だった。
「ちょっと……!ふざけんな!待ちなさいよぉ!!」
(……っ!)
マデリーン妃が凄まじい形相で私に駆け寄り、手を伸ばしてきた。
その時。
「……っ!…エルド…ッ」
彼女の手が私の体に触れるより早く、エルドが彼女の腕を掴んだ。
「…そこまでにして下さい、マデリーン妃」
「なっ!何よ!!あん…、た……、」
ギロッとエルドを睨んだマデリーン妃は、彼の顔を見た途端に一瞬ピタリと動きを止めた。そのまま呆けたようにエルドを見上げている。
「失礼いたしました。私の仕事はアリア妃陛下をお守りすることですので。万が一にも妃陛下がお怪我を負うことがあってはいけないと、咄嗟に行動いたしました。マデリーン妃の身振りが、少々乱暴に見えましたので。…許可なくお体に触れてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「……っ、」
マデリーン妃は急に大人しくなると、少し頬を赤らめながらエルドの手を振りほどいた。
「…な、何よ。…失礼な男ね」
蚊の鳴くような声でそう言うと、落ち着きなくその赤茶色の髪の毛を撫でつけている。
「…アリア様、行きましょう」
「え、ええ」
(ありがとう、エルド…)
心の中でエルドに感謝し、私はあくまで悠然と見えるようにふるまいながら、その場を去った。
最後まで皆の視線を感じながら。
王家に嫁ぐのはそれなりの家柄の出身、そしてきちんとした淑女教育を受けてきた者であること、それらがいかに重要な要素なのかを私は切実に感じていた。
「…もう分かりましたから。お話はまた後日にしましょう。そのように声を荒げるのもお止しになって。せっかくお集まりくださっている皆様がご不快な思いをされますよ」
静かに諭して切り上げようとしたけれど、マデリーン妃はますます目を釣り上げて私を睨みつける。
「ご不快な思いが何よ!!勝手に不快になってりゃいいじゃないの!!あたしは王妃よ?!この国の女たちのトップ!貴族連中でさえも皆あたしの機嫌をとらなきゃいけないのよ!ジェリーに睨まれたくなければね!」
広間の空気がざわつく。…これではただの暴君だ。
この人を野放しにしたままここを立ち去るわけにもいかないと判断した私は、静かにため息をついて再び彼女に向き合った。
「マデリーン妃。あなたがここにいる女性たちの上に立つ存在であるという自覚があるのならなおさら、そんなに横暴になってはいけません。ご自分の立場を鼻にかけないで。王家は国のため、国民のために働く存在であるということを…」
「うるさいうるさい!!役立たずの冷遇女のくせに、あたしに偉そうに指図しないで!早く出ていきなさいよ!!」
「……。」
ダメだ。諭せば諭すほどヒートアップしていく。話にならない。私の言葉を聞くつもりは毛頭ないらしい。
それに、さっきから不愉快で仕方なかった。
「…あなたさっきから何度も私のことを役立たずと言いましたが、私は役立たずではありません。お忙しい陛下に代わってほとんどの公務を一人でこなしております」
そう、私はこの人のように贅沢もしていない。遊んでもいない。冷遇されていようが、仕事だけはきちんとしている。ジェラルド様があんな状態でいても滞りなく回っているのは、私が日々彼の分まで仕事をこなしているからだ。
だけどマデリーン妃は舞台の上の女優のようにハンッ、と大きく鼻で笑うと腕を組んでこう言った。
「それはあんたが暇だからでしょう?ジェリーも王宮の他の人たちも、みーんな言ってるわよ。離宮の正妃は子が産めなくて切り捨てられちゃって暇なもんだから、外交と称して旅行にばっかり行ってるって!ここに居場所がなくて気まずいから逃げてるんだって!」
(────────っ!!)
後頭部を重いもので殴られたような衝撃に、目の前が真っ暗になった。思わずふらつきそうになる足を無意識に踏ん張る。
こんなところで…。社交界の貴婦人方も多く集まっているこの場で、まさかこんな辱めを受けることになるだなんて…。
ポーカーフェイスを崩してはいけないと頭では分かっているものの、指先から体温がすうっと抜けていき、体が小刻みに震えはじめた。
「やることなくて暇だから毎日こうやって王宮までのこのこやって来てはその辺をうろついてるんでしょう?せっかくあたしたちが楽しくお茶会してる部屋にまで乗り込んできて、嫌味を言っては邪魔しちゃって。あんたがそんなだからジェリーもあんたに嫌気が差したんじゃない?!だから皆あたしの茶会に集まってるのよ。あんたが開く茶会にはもうほとんど人が来ないんでしょ?そういうこと!察しのいい人たちはね、分かってるのよ。あんたは国王に嫌われたから、あたしにつく方が賢い選択だってね!あんたの茶会にいまだに顔を出してるのって、昔ながらの古い考えのオバサンたちだけでしょ?ダッサイわぁ!」
「プッ…!フフフフフッ…」
見たことのない下品な身なりの女性たちが堪えきれずといった風に笑い出した。惨めで恥ずかしくて、今すぐに消えてなくなりたかった。
だけど大勢の貴婦人たちも、今この場で私を見ている。うつむいて歯を食いしばったり、涙で瞳を潤ませたりしたくなかった。
私は気力を振り絞って、毅然とした表情を作りマデリーン妃の目を見つめた。
「どうやらとてもお邪魔のようですから、私はそろそろ失礼いたしますわね。最後に、マデリーン妃。あなたは茶会を開くよりも先に、淑女教育などをしっかりお勉強なさった方がよろしいわ。あなたにもう少しまともな教養が身に付けば、私が日々こなしている仕事の内容も理解できるようになるでしょうから」
「な…………なんですってぇ?!」
「では、失礼」
もういい。一刻も早くここから立ち去ろう。
私は無表情を保ったまま踵を返して歩き出した。その直後だった。
「ちょっと……!ふざけんな!待ちなさいよぉ!!」
(……っ!)
マデリーン妃が凄まじい形相で私に駆け寄り、手を伸ばしてきた。
その時。
「……っ!…エルド…ッ」
彼女の手が私の体に触れるより早く、エルドが彼女の腕を掴んだ。
「…そこまでにして下さい、マデリーン妃」
「なっ!何よ!!あん…、た……、」
ギロッとエルドを睨んだマデリーン妃は、彼の顔を見た途端に一瞬ピタリと動きを止めた。そのまま呆けたようにエルドを見上げている。
「失礼いたしました。私の仕事はアリア妃陛下をお守りすることですので。万が一にも妃陛下がお怪我を負うことがあってはいけないと、咄嗟に行動いたしました。マデリーン妃の身振りが、少々乱暴に見えましたので。…許可なくお体に触れてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「……っ、」
マデリーン妃は急に大人しくなると、少し頬を赤らめながらエルドの手を振りほどいた。
「…な、何よ。…失礼な男ね」
蚊の鳴くような声でそう言うと、落ち着きなくその赤茶色の髪の毛を撫でつけている。
「…アリア様、行きましょう」
「え、ええ」
(ありがとう、エルド…)
心の中でエルドに感謝し、私はあくまで悠然と見えるようにふるまいながら、その場を去った。
最後まで皆の視線を感じながら。
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