29 / 84
28.周囲の変化
しおりを挟む
あの茶会の日から、私の心は乱れに乱れていた。
(…一体どうしてしまったというの。しっかりするのよ私。私は…、この大国の正妃なのよ。あんな風にエルドに気遣ってもらえたからって、いつまでもこんなに…胸を高鳴らせているなんて、おかしいわ)
夫のいる身でありながら。
しかもその夫は、この国の王。いくらまるっきり夫婦として過ごす時間がなくなったとはいえ、私があの人の妃であることに変わりはない。
それなのに……
めまいを起こしてふらつく私を、エルドは抱きかかえて離宮の部屋まで運んでくれた。大切な壊れものを扱うかのように、とても優しく。そしてベッドの上にそっと降ろされた時……、
「……っ、」
何度も思い出しては頬が熱を持つ。エルドの顔がほんの一瞬、すごく近くにあって、その柔らかな金髪の先が私の頬にサラリと触れた。
(……ああ、ダメ。こんなこといつまでも思い出してる場合じゃない)
エルドの面影を無理矢理頭の中から追い出そうと、私は首を左右にブンブンと振った。
「?……どうなさいました?アリア様。大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よリネット。…宰相閣下からのお返事はまだ?」
アドラム公爵と話がしたくて面会の申込みをしていたけれど、いつまで経っても返事が来ない。
先日のマデリーン妃の茶会での立ち居振る舞いについて、きちんとジェラルド様から苦言を呈していただきたい。今後もあんなことが続くようでは王家の威信に関わる。それに…、あの人のことをもっとよく知っておきたくなった。行儀作法の全くなっていない挙動、あけすけなものの言い方、それに、あの後の茶会の席での会話では、彼女がこの王国や近隣諸国の事情についてまるっきり理解していないことまで明るみになった。
一体あの方はどういう人なのか。
ベレット伯爵家についても、宰相ならば知っているはずだと思った。
「それが…、昨日から何度か伝言を頼んでいるのですが、一向にお返事がなくて…。…お忙しいのでしょうか。それにしたって、正妃様からのお呼び出しを無視するなんて無礼ですわよね」
「……。」
おかしい。
王宮にいた頃、私がアドラム公爵を呼び出せばいつでもすぐに顔を出してくれていたし、手が離せない時でもこの時間に伺いますと人づてに伝言をくれていた。
私が離宮に移って以来、ジェラルド様どころか宰相のアドラム公爵ともまともに顔を合わせていない。公務のために王宮に行っても、まるで私を避けているかのように出会うことがないのだから不自然だわ。
侍女の数も減らされ、離宮にいる時はほとんど他の人と接することもない。
公務のために王宮に行っても、国王陛下にも宰相にも会えない。
(まるで…存在を無視されているみたいだわ)
「…ならばもういいわ。こちらから出向きます」
「アッ、アリア様…」
離宮に移ってからも公務だけは日々こなしているけれど、これじゃまるで仕事だけを押し付けられている体の良い雑用係のようだ。
私は身支度を整えると、その足で王宮へ向かった。
部屋を出ると、控えていたエルドたち護衛がこちらを見た。
「出られますか、アリア様」
「え、ええ。…執務室に行くわ」
「承知いたしました」
そう答えるとエルドとあと数名が黙ってついてくる。
(…声が、上擦っちゃった…)
いまだに動揺している自分が恥ずかしく、私は目一杯平静を装って歩いた。
執務室に行き、私宛の書簡が溜まっていないかを確認する。昨日片付けて以降はほとんど新しいものがなかった。
手元の書類に目を落としていると、顔なじみの文官たちがまた新たな書類を持ってきた。
「…ご確認お願いします、妃陛下」
「ええ。ところであなた、宰相閣下がどこにいるか知っている?」
「…さぁ。分かりかねます」
「そう…」
「失礼いたします」
文官たちは淡々とそう言うと、執務室を出て行った。
(……?)
何だろう。妙によそよそしかったような…。
最近、何となく感じることがあった。ここに来て以来毎日のように顔を合わせていた侍女や文官、大臣たちの中にも、急にそっけなくなった人たちがいる。私が離宮に移ってからだ。
「失礼いたします、妃陛下。こちらにお目通しをお願いします」
考え込んでいると、また別の文官が書類を届けに来た。
(…これは…)
それは国営の新規事業の立ち上げに関する書類で、さすがに私が勝手に決裁をするわけにもいかなかった。
(いよいよアドラム公爵かジェラルド様とお話しなくてはね)
私は執務室を出て、ひとまずどちらかを探そうと思った。
(…ジェラルド陛下は、お部屋にいらっしゃるのかしら…)
夫となったはずの人なのに、もうどれだけの間会話を交わしていないだろう。何なら顔さえ見ていない。
妙な緊張を感じつつ、私はジェラルド様の私室を目指した。
(…一体どうしてしまったというの。しっかりするのよ私。私は…、この大国の正妃なのよ。あんな風にエルドに気遣ってもらえたからって、いつまでもこんなに…胸を高鳴らせているなんて、おかしいわ)
夫のいる身でありながら。
しかもその夫は、この国の王。いくらまるっきり夫婦として過ごす時間がなくなったとはいえ、私があの人の妃であることに変わりはない。
それなのに……
めまいを起こしてふらつく私を、エルドは抱きかかえて離宮の部屋まで運んでくれた。大切な壊れものを扱うかのように、とても優しく。そしてベッドの上にそっと降ろされた時……、
「……っ、」
何度も思い出しては頬が熱を持つ。エルドの顔がほんの一瞬、すごく近くにあって、その柔らかな金髪の先が私の頬にサラリと触れた。
(……ああ、ダメ。こんなこといつまでも思い出してる場合じゃない)
エルドの面影を無理矢理頭の中から追い出そうと、私は首を左右にブンブンと振った。
「?……どうなさいました?アリア様。大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よリネット。…宰相閣下からのお返事はまだ?」
アドラム公爵と話がしたくて面会の申込みをしていたけれど、いつまで経っても返事が来ない。
先日のマデリーン妃の茶会での立ち居振る舞いについて、きちんとジェラルド様から苦言を呈していただきたい。今後もあんなことが続くようでは王家の威信に関わる。それに…、あの人のことをもっとよく知っておきたくなった。行儀作法の全くなっていない挙動、あけすけなものの言い方、それに、あの後の茶会の席での会話では、彼女がこの王国や近隣諸国の事情についてまるっきり理解していないことまで明るみになった。
一体あの方はどういう人なのか。
ベレット伯爵家についても、宰相ならば知っているはずだと思った。
「それが…、昨日から何度か伝言を頼んでいるのですが、一向にお返事がなくて…。…お忙しいのでしょうか。それにしたって、正妃様からのお呼び出しを無視するなんて無礼ですわよね」
「……。」
おかしい。
王宮にいた頃、私がアドラム公爵を呼び出せばいつでもすぐに顔を出してくれていたし、手が離せない時でもこの時間に伺いますと人づてに伝言をくれていた。
私が離宮に移って以来、ジェラルド様どころか宰相のアドラム公爵ともまともに顔を合わせていない。公務のために王宮に行っても、まるで私を避けているかのように出会うことがないのだから不自然だわ。
侍女の数も減らされ、離宮にいる時はほとんど他の人と接することもない。
公務のために王宮に行っても、国王陛下にも宰相にも会えない。
(まるで…存在を無視されているみたいだわ)
「…ならばもういいわ。こちらから出向きます」
「アッ、アリア様…」
離宮に移ってからも公務だけは日々こなしているけれど、これじゃまるで仕事だけを押し付けられている体の良い雑用係のようだ。
私は身支度を整えると、その足で王宮へ向かった。
部屋を出ると、控えていたエルドたち護衛がこちらを見た。
「出られますか、アリア様」
「え、ええ。…執務室に行くわ」
「承知いたしました」
そう答えるとエルドとあと数名が黙ってついてくる。
(…声が、上擦っちゃった…)
いまだに動揺している自分が恥ずかしく、私は目一杯平静を装って歩いた。
執務室に行き、私宛の書簡が溜まっていないかを確認する。昨日片付けて以降はほとんど新しいものがなかった。
手元の書類に目を落としていると、顔なじみの文官たちがまた新たな書類を持ってきた。
「…ご確認お願いします、妃陛下」
「ええ。ところであなた、宰相閣下がどこにいるか知っている?」
「…さぁ。分かりかねます」
「そう…」
「失礼いたします」
文官たちは淡々とそう言うと、執務室を出て行った。
(……?)
何だろう。妙によそよそしかったような…。
最近、何となく感じることがあった。ここに来て以来毎日のように顔を合わせていた侍女や文官、大臣たちの中にも、急にそっけなくなった人たちがいる。私が離宮に移ってからだ。
「失礼いたします、妃陛下。こちらにお目通しをお願いします」
考え込んでいると、また別の文官が書類を届けに来た。
(…これは…)
それは国営の新規事業の立ち上げに関する書類で、さすがに私が勝手に決裁をするわけにもいかなかった。
(いよいよアドラム公爵かジェラルド様とお話しなくてはね)
私は執務室を出て、ひとまずどちらかを探そうと思った。
(…ジェラルド陛下は、お部屋にいらっしゃるのかしら…)
夫となったはずの人なのに、もうどれだけの間会話を交わしていないだろう。何なら顔さえ見ていない。
妙な緊張を感じつつ、私はジェラルド様の私室を目指した。
47
お気に入りに追加
2,300
あなたにおすすめの小説
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
【本編完結済】色褪せ令嬢は似合わない婚約を破棄したい。
橘ハルシ
恋愛
「私は今ここで、貴方との婚約を破棄をするわ!」
くすんだ灰色の髪と目のため、陰で色褪せ令嬢と呼ばれているエミーリア。
ポジティブ思考な彼女は、そんなことを言われても全く気にならない。でも、自分に似合わないものは着たくないし、持ちたくない。だから、自分に全然似合わないこの婚約も破棄したい。
それには相手の了承が必要。ということで、今日も婚約破棄するべく、目も合わせてくれない冷たい婚約者に掛け合います!
ヒロインが少々かわいそうな感じになっておりますが、ハッピーエンドです。よろしくお願いいたします。
小説家になろうにも投稿しています。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる