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21. 胸のざわめき(※sideラウル)
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翌日、誰も聞いていない時を見計らってクッキーの礼を言うと、ロージエはいつものように口をパクパクと動かしながら真っ赤になって慌てふためいていた。本当に変わった子だ。
そんなある日、私が各部署へ書類を配ってまわり執務室へ戻ると、ちょうど部屋の中から二人の上官たちが出てきた。
「……ったく、泣けばいいってものじゃないだろう。何なんだあの娘は」
「採用の詳しい経緯は知らんが、コネで入ってきた小娘らしいからな。実力など皆無なのだろう。……しかしこうも我々の足を引っ張るとなると、腹立たしくてならん。さっさと辞めてくれないものかね。全く……!」
上官たちは眉間に皺を寄せながらブツブツと文句を言い、私の横を通り過ぎていった。ある程度のことは予想しながら、私は執務室の扉を開けた。
「……大丈夫か」
「っ!! ……あ……、」
案の定、部屋の中にいたのはロージエ一人だった。真っ赤な顔をして涙をポロポロと零している。私の存在に気付くと、その涙を両手でゴシゴシと乱暴に拭った。まるで幼子のようだ。
ふいに、私の胸が妙な具合にざわめいた。……何だろう、この感覚は。愚鈍なロージエに対する怒りか……? いや、違う。そんな不快な気持ちは、特段感じてはいない。
「……今回は一体何だ。何を叱られていた」
放っておけず、私は彼女の机に向かうと、俯いて震えているロージエの目の前にある書類の束を取り上げ、ザッと目を通す。
「……まだこの資料もまとめていなかったのか」
「っ! ……す……、すみません……。わ、私……、」
私の言葉を聞き責められていると感じたのか、ロージエは再び涙をポトリと零し、細い肩を小刻みに震わせはじめた。
「……貸しなさい。今のうちにやってしまおう。私がこの分の資料を全部まとめるから、君はこの一覧表だけ作ってくれ」
山積みになっている仕事の中から最も簡単なものだけをロージエに任せ、私は書類の束を持ち、自分の席へと戻る。
「っ!! あ、あ、……ありがとう、ございます……っ、ヘイワード様」
背後からかけられる、縋りつくようなか細い声。
私の胸が、また妙な具合にジンと痺れた。
その頃から、ロージエは仕事内容以外のことでも私に話しかけてくるようになった。
おそるおそるといった具合に、自信なさげな様子で私の顔色を窺いながら、それでも声をかけてくるロージエ。
何故だか突き放すことができずに言葉を返してやると、ロージエは本当に嬉しそうに瞳を輝かせた。
「あ、あの……、ヘイワード様……。も、もしよろしければ…………」
「……何だ」
「っ!! ……あ、あの、……お、お昼を、ご一緒させていただけませんか……っ」
「……ああ。別に構わない」
「っ!! あ、ありがとうございます……っ!」
ある日こんな会話を交わして以来、私はロージエと昼食を共にすることが多くなった。大抵は王宮からほど近い場所にある大通りのレストランなどで、私がご馳走してやることが多かった。
その日もレストランで昼食をとりながら、ふいにロージエが私に尋ねてきた。
「あ、あの……、ヘイワード様は……、ご、ご婚約様が、いらっしゃるのですよね……?」
「……ああ。君にはいないのか?」
「は、はい。私の実家は男爵家とはいえ、かなり貧しいので。……良い方に縁付くのは、きっと難しいと思います」
「……そうなのか」
ずっと気になっていた。家柄もさほどではない、しかも王宮勤めの文官の仕事がこなせるほどの賢さもない。一体この子はどうやって今の職にありついたのだろう。
そのことを質問してみようかと思った時、ロージエの方が先に言葉を発した。
「あ、あの、実は私のお友達が、ヘイワード様のご婚約者の方のご家族になられたそうで……。サリアさんという方なのですが」
「……。……ああ……」
ロージエのその言葉に、思い出したくもない顔が脳裏をよぎり、一気に気持ちが重くなった。
ティファナの義妹のサリアか。くるくるとゴージャスに縦に巻いたピンクブロンドの長い髪に、金色の瞳。鼻にかかった甲高く甘ったるい声。喋るたびに肩や胸をくねくねと不快に揺らす、落ち着きのない低俗な女。
先日、ティファナから誘われ初めてふたりで観劇に行ったのだが、その後彼女をオールディスの屋敷まで送り届けた際に偶然出くわしてしまった。案の定ぶりぶりと不気味に揺れ動きながら私の目の前までやって来ては、甘ったれた声で何やら厚かましいことを言っていた。
私が一番嫌いなタイプの女だ。
婚約者の家族なのだからたまには会うのも仕方のないことだが、できるなら一生関わりたくはない。
「……君はあのサリア嬢と仲が良いのか。意外だな。全くタイプが違うように思えるのだが。どこで知り合いに?」
「あ、あの、……はっきりとは覚えていないのですが、どなたかのお茶会の席で初めてお会いしたと記憶しています。それ以来、いつの間にか仲良くなって……。時々どこかのお茶会で顔を合わせたり、たまには二人きりで会ってお喋りすることもあります」
「……ほぉ」
本当に意外だ。
華やかで派手な見た目。我が強く常に騒がしく、甘ったれた雰囲気のサリア。
華やかさや美しさとは程遠く、地味で陰気な雰囲気の、愚鈍なロージエ。
(……一体どこに親しくなる要素があるというのだろうか)
そんなある日、私が各部署へ書類を配ってまわり執務室へ戻ると、ちょうど部屋の中から二人の上官たちが出てきた。
「……ったく、泣けばいいってものじゃないだろう。何なんだあの娘は」
「採用の詳しい経緯は知らんが、コネで入ってきた小娘らしいからな。実力など皆無なのだろう。……しかしこうも我々の足を引っ張るとなると、腹立たしくてならん。さっさと辞めてくれないものかね。全く……!」
上官たちは眉間に皺を寄せながらブツブツと文句を言い、私の横を通り過ぎていった。ある程度のことは予想しながら、私は執務室の扉を開けた。
「……大丈夫か」
「っ!! ……あ……、」
案の定、部屋の中にいたのはロージエ一人だった。真っ赤な顔をして涙をポロポロと零している。私の存在に気付くと、その涙を両手でゴシゴシと乱暴に拭った。まるで幼子のようだ。
ふいに、私の胸が妙な具合にざわめいた。……何だろう、この感覚は。愚鈍なロージエに対する怒りか……? いや、違う。そんな不快な気持ちは、特段感じてはいない。
「……今回は一体何だ。何を叱られていた」
放っておけず、私は彼女の机に向かうと、俯いて震えているロージエの目の前にある書類の束を取り上げ、ザッと目を通す。
「……まだこの資料もまとめていなかったのか」
「っ! ……す……、すみません……。わ、私……、」
私の言葉を聞き責められていると感じたのか、ロージエは再び涙をポトリと零し、細い肩を小刻みに震わせはじめた。
「……貸しなさい。今のうちにやってしまおう。私がこの分の資料を全部まとめるから、君はこの一覧表だけ作ってくれ」
山積みになっている仕事の中から最も簡単なものだけをロージエに任せ、私は書類の束を持ち、自分の席へと戻る。
「っ!! あ、あ、……ありがとう、ございます……っ、ヘイワード様」
背後からかけられる、縋りつくようなか細い声。
私の胸が、また妙な具合にジンと痺れた。
その頃から、ロージエは仕事内容以外のことでも私に話しかけてくるようになった。
おそるおそるといった具合に、自信なさげな様子で私の顔色を窺いながら、それでも声をかけてくるロージエ。
何故だか突き放すことができずに言葉を返してやると、ロージエは本当に嬉しそうに瞳を輝かせた。
「あ、あの……、ヘイワード様……。も、もしよろしければ…………」
「……何だ」
「っ!! ……あ、あの、……お、お昼を、ご一緒させていただけませんか……っ」
「……ああ。別に構わない」
「っ!! あ、ありがとうございます……っ!」
ある日こんな会話を交わして以来、私はロージエと昼食を共にすることが多くなった。大抵は王宮からほど近い場所にある大通りのレストランなどで、私がご馳走してやることが多かった。
その日もレストランで昼食をとりながら、ふいにロージエが私に尋ねてきた。
「あ、あの……、ヘイワード様は……、ご、ご婚約様が、いらっしゃるのですよね……?」
「……ああ。君にはいないのか?」
「は、はい。私の実家は男爵家とはいえ、かなり貧しいので。……良い方に縁付くのは、きっと難しいと思います」
「……そうなのか」
ずっと気になっていた。家柄もさほどではない、しかも王宮勤めの文官の仕事がこなせるほどの賢さもない。一体この子はどうやって今の職にありついたのだろう。
そのことを質問してみようかと思った時、ロージエの方が先に言葉を発した。
「あ、あの、実は私のお友達が、ヘイワード様のご婚約者の方のご家族になられたそうで……。サリアさんという方なのですが」
「……。……ああ……」
ロージエのその言葉に、思い出したくもない顔が脳裏をよぎり、一気に気持ちが重くなった。
ティファナの義妹のサリアか。くるくるとゴージャスに縦に巻いたピンクブロンドの長い髪に、金色の瞳。鼻にかかった甲高く甘ったるい声。喋るたびに肩や胸をくねくねと不快に揺らす、落ち着きのない低俗な女。
先日、ティファナから誘われ初めてふたりで観劇に行ったのだが、その後彼女をオールディスの屋敷まで送り届けた際に偶然出くわしてしまった。案の定ぶりぶりと不気味に揺れ動きながら私の目の前までやって来ては、甘ったれた声で何やら厚かましいことを言っていた。
私が一番嫌いなタイプの女だ。
婚約者の家族なのだからたまには会うのも仕方のないことだが、できるなら一生関わりたくはない。
「……君はあのサリア嬢と仲が良いのか。意外だな。全くタイプが違うように思えるのだが。どこで知り合いに?」
「あ、あの、……はっきりとは覚えていないのですが、どなたかのお茶会の席で初めてお会いしたと記憶しています。それ以来、いつの間にか仲良くなって……。時々どこかのお茶会で顔を合わせたり、たまには二人きりで会ってお喋りすることもあります」
「……ほぉ」
本当に意外だ。
華やかで派手な見た目。我が強く常に騒がしく、甘ったれた雰囲気のサリア。
華やかさや美しさとは程遠く、地味で陰気な雰囲気の、愚鈍なロージエ。
(……一体どこに親しくなる要素があるというのだろうか)
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