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27. 私の決断
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聞き間違いではないかと思った。
いくら何でも、そんなわけ……。
「……今……、何と仰いましたか?殿下……」
無意識に私はそう呟いていた。理解ができない。この方は、何を言っているのだろう。
いまだ私の手をしっかりと握りしめたまま、ウェイン殿下はその手に唇を押し当てながら言う。
「分かっている!分かっているんだ!あまりに身勝手であることは……。だがもう、お前の力なしではどうにもならない……!王太子妃としての役割を全うすることは、イルゼには不可能だ。あいつはどうしようもない無能だった……。ただ、王太子妃という、将来の王妃という立場が欲しかっただけの卑しい女だ。気高きお前とは比べものにもならない。……お前があいつを助けてやってくれ、フィオレンサ。公務をサポートし、俺たち夫婦の体裁を繕ってほしい」
「……それが、あなた様の……“真実の愛”、なのですか……?」
かつて「真実の愛を選ぶ」と言って私を捨て、イルゼ王太子妃を妻としたウェイン殿下は、今は真実の愛はご自分と私との間にしかないのだと言う。
その愛とは、側妃という日陰の身になり、殿下とイルゼ王太子妃に尽くすということ……?
私の呟きに、ウェイン殿下は迷いなく答えた。
「ああ!そうだフィオレンサ。立場上、俺の正妻はイルゼのままだが、もうこの心は未来永劫お前のものだ……。フィオレンサ、正妻だろうと側妃だろうと関係ない。世間がどう見ようと、俺とお前は真実の愛で、誰よりも強い絆で結ばれた夫婦になるんだ……!どうか、それを受け入れておくれ。頼む」
「…………。」
いまだ私の前に跪き、眉間に皺を寄せ、私の手を握りしめているウェイン殿下。そんな彼を見下ろしながら、私はぼんやりとした頭でこれまでのことを思い出していた。
幼い頃から、私はこの方のために全てを捧げる覚悟だった。あらゆる学問、ダンスのお稽古、子どもには難しい行儀作法、様々な王妃教育。寝食の時間も惜しんで学び、完璧な公爵令嬢とまで言われるようになったのは、この方と寄り添って、誰よりもおそばで支えながら生きていくためだった。
苦労に苦労を重ねた。そんな簡単な言葉ではとても言い表せないほどに、努力してきた。そうして身に付けてきた、多くの知識を。
この方は、ご自分の妻である王太子妃を補佐するために、側妃となって使えと言う。努力をなさらない王太子妃と夫婦であり続けるために、陰からこの知識をもって王太子夫妻に尽くせと言う。
「フィオレンサ……、どうか、返事をくれ。俺の愛に応える返事を……」
「……。」
ふいに、愛に満ちた優しいあの方の微笑みが浮かぶ。
再び立ち上がることなどできないと思うほどに、傷付き苦しんでいた私を、ただ優しくそばで見守り続け、立ち直らせてくれた人。
新しい道を歩み始めた私が、愛を誓い合った人。
「…………。」
そして目の前にいるのは、かつて私が全てをかけて愛し抜いた人。私を捨て、だけど今再び私を求め、私に縋っている、この人。
……これはあまりにも、残酷な決断だろうか。
……だけど──────
「……どうか、お顔を上げてくださいませ、殿下」
「っ!」
私はするりと片手を引き抜くと、殿下の手を包み込むようにそっと重ねた。
ウェイン殿下はハッと顔を上げる。その瞳には、希望の光が宿っていた。
「フィオレンサ……ッ!!」
「……準備がございます。数日以内に、正式にお返事に伺いますので、どうか本日は、このまま王宮へお戻りくださいませ」
「……、フィ……、」
「必ずこちらから伺います。できる限り早くに。どうかそれをお待ちくださいませ、殿下」
私は殿下を見つめて穏やかに微笑んだ。かつていつもそうしていたように。
殿下のお顔にも、喜びの笑みが溢れた。
「……ああ……!ああ、待っているよ、フィオレンサ……!……ありがとう」
ウェイン殿下はようやく立ち上がった。そしてとても安堵した様子で帰っていった。
王家の紋章の入っていない小さな馬車が門から出て行くのを、私は部屋の窓から見送っていた。
「…………。」
迷うことは何もない。
心は決まっている。
いくら何でも、そんなわけ……。
「……今……、何と仰いましたか?殿下……」
無意識に私はそう呟いていた。理解ができない。この方は、何を言っているのだろう。
いまだ私の手をしっかりと握りしめたまま、ウェイン殿下はその手に唇を押し当てながら言う。
「分かっている!分かっているんだ!あまりに身勝手であることは……。だがもう、お前の力なしではどうにもならない……!王太子妃としての役割を全うすることは、イルゼには不可能だ。あいつはどうしようもない無能だった……。ただ、王太子妃という、将来の王妃という立場が欲しかっただけの卑しい女だ。気高きお前とは比べものにもならない。……お前があいつを助けてやってくれ、フィオレンサ。公務をサポートし、俺たち夫婦の体裁を繕ってほしい」
「……それが、あなた様の……“真実の愛”、なのですか……?」
かつて「真実の愛を選ぶ」と言って私を捨て、イルゼ王太子妃を妻としたウェイン殿下は、今は真実の愛はご自分と私との間にしかないのだと言う。
その愛とは、側妃という日陰の身になり、殿下とイルゼ王太子妃に尽くすということ……?
私の呟きに、ウェイン殿下は迷いなく答えた。
「ああ!そうだフィオレンサ。立場上、俺の正妻はイルゼのままだが、もうこの心は未来永劫お前のものだ……。フィオレンサ、正妻だろうと側妃だろうと関係ない。世間がどう見ようと、俺とお前は真実の愛で、誰よりも強い絆で結ばれた夫婦になるんだ……!どうか、それを受け入れておくれ。頼む」
「…………。」
いまだ私の前に跪き、眉間に皺を寄せ、私の手を握りしめているウェイン殿下。そんな彼を見下ろしながら、私はぼんやりとした頭でこれまでのことを思い出していた。
幼い頃から、私はこの方のために全てを捧げる覚悟だった。あらゆる学問、ダンスのお稽古、子どもには難しい行儀作法、様々な王妃教育。寝食の時間も惜しんで学び、完璧な公爵令嬢とまで言われるようになったのは、この方と寄り添って、誰よりもおそばで支えながら生きていくためだった。
苦労に苦労を重ねた。そんな簡単な言葉ではとても言い表せないほどに、努力してきた。そうして身に付けてきた、多くの知識を。
この方は、ご自分の妻である王太子妃を補佐するために、側妃となって使えと言う。努力をなさらない王太子妃と夫婦であり続けるために、陰からこの知識をもって王太子夫妻に尽くせと言う。
「フィオレンサ……、どうか、返事をくれ。俺の愛に応える返事を……」
「……。」
ふいに、愛に満ちた優しいあの方の微笑みが浮かぶ。
再び立ち上がることなどできないと思うほどに、傷付き苦しんでいた私を、ただ優しくそばで見守り続け、立ち直らせてくれた人。
新しい道を歩み始めた私が、愛を誓い合った人。
「…………。」
そして目の前にいるのは、かつて私が全てをかけて愛し抜いた人。私を捨て、だけど今再び私を求め、私に縋っている、この人。
……これはあまりにも、残酷な決断だろうか。
……だけど──────
「……どうか、お顔を上げてくださいませ、殿下」
「っ!」
私はするりと片手を引き抜くと、殿下の手を包み込むようにそっと重ねた。
ウェイン殿下はハッと顔を上げる。その瞳には、希望の光が宿っていた。
「フィオレンサ……ッ!!」
「……準備がございます。数日以内に、正式にお返事に伺いますので、どうか本日は、このまま王宮へお戻りくださいませ」
「……、フィ……、」
「必ずこちらから伺います。できる限り早くに。どうかそれをお待ちくださいませ、殿下」
私は殿下を見つめて穏やかに微笑んだ。かつていつもそうしていたように。
殿下のお顔にも、喜びの笑みが溢れた。
「……ああ……!ああ、待っているよ、フィオレンサ……!……ありがとう」
ウェイン殿下はようやく立ち上がった。そしてとても安堵した様子で帰っていった。
王家の紋章の入っていない小さな馬車が門から出て行くのを、私は部屋の窓から見送っていた。
「…………。」
迷うことは何もない。
心は決まっている。
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