3 / 35
3. 真実の愛(※sideウェイン)
しおりを挟む
父はこめかみに青筋を立て、静かに怒りを燃え上がらせていた。
「……自分のしでかしたことの重みが、分かっているのか、ウェインよ」
「ええ。ブリューワー公爵家には申し訳なく思っております。ですが、私はもう真実の愛を知ってしまいました。イルゼ・バトリーはたしかに王妃教育も受けていない一子爵家の娘ではありますが、全てを投げ打ってがむしゃらに勉強すると申しております。私も、彼女ならば、きっと素晴らしい王太子妃に、将来の王妃になってくれるであろうと確信しております」
「……なんと愚かな……。口で言うほど簡単なものではないのだぞ。フィオレンサほどに優秀な者でも、並大抵ではない苦労を重ねああまで立派になったのだ。それを、お前は……」
「いえ、父上。分かっております、私もイルゼも。それが簡単なことではないということは。それでも彼女は寝食を惜しんで励むと言っているのです。どうか信じて下さい。必ずや結果を出してみせます」
「…………。」
父はもう何も言わず、ただ黙って俺を睨みつけていた。俺の一存で勝手にブリューワー公爵家の娘との婚約を破棄し、イルゼを妻にしてしまったのだ。当分怒りは治まらないだろう。
だが構わなかった。愛を貫くというのはこういうことだ。身分も立場も充分に分かっていながら、俺はそれでもイルゼを得たいと願ったのだ。
貴族学園で初めて出会った頃に感じた激しい情熱、彼女と初めて愛を交わした時の歓び、この腕の中に抱きしめ、二度と離したくないと思うほどの愛おしさ。そのどれもが激しく熱く、俺はこれが真実の愛なのだと確信した。
『殿下、私たちは幸せですわね。生きている間にこうして真実の愛を見つけられる人間が、果たしてこの世にどれくらいいるでしょうか』
『……イルゼ……』
『……いいえ、いいのです。何も仰らないでくださいませ。私は日陰の身ですわよね。分かっております。私はフィオレンサ様とは、何もかもが違いますもの。私はただの子爵家の娘。どんなにあなた様を心から愛し抜いたとしても、決して結ばれることはございません。それに引きかえフィオレンサ様は……、あのブリューワー公爵家のお嬢様で、何も努力などしなくても、たとえあなた様を少しも愛していなかったとしても、生涯あなた様のおそばにいられることが生まれた時から決まっているのですわ。……それがとても、羨ましゅうございます……。もしも許されるのならば、私だって、死に物狂いで王妃教育を学びますのに……。愛と知恵、そのどちらも備えて、あなた様に生涯尽くして生きていきますのに……』
『……イルゼ……、お前は……何故そんなにも健気なのだ……!』
あの時、イルゼのあまりの愛らしさに、俺は素肌の彼女をベッドの中で強く抱きしめた。愛おしくていじらしくて、この子を得られるのならば、俺だって全てを乗り越えてみせる。そう心から思ったのだ。
『……先日、私は聞いてしまったのです。ウェイン殿下はこんなこと、ご存知かもしれませんが……。フィオレンサ様がご友人の高位貴族の方々と、学園のカフェで話しておいででした。ブリューワー公爵家ではお勉強やお作法などの他に、いかに自分が殿方を愛しているようにご本人に見せつけるか、その方法も学ぶそうですわね。ですからブリューワー公爵家の女性たちは皆、お上手に殿方のお心を掴むのですって。フィオレンサ様がとても楽しそうに、その手法について話しておいででしたわ。すごいですわね、王家に嫁がれる公爵家の方々って。偽の愛を本物に見せる……。私などには想像もつかない世界ですわ……』
『フィオレンサ様が今日、お茶会の席で私のお友達の男爵令嬢の頬をぶったそうですわ。とても痛そうで……、ひどく腫れていましたのよ。不注意でフィオレンサ様のドレスの裾を踏んでしまったそうですわ。公爵家のご令嬢のドレスを踏んでしまうなんて、こちらがいけませんわよね……。……いいえ、殿下、どうかお願いです、言わないであげてください。また殿方たちの見ていないところで、彼女がぶたれてしまいますわ……!』
イルゼのいじらしさが際立つにつれ、婚約者であるフィオレンサのことが色褪せて見えるようになってきた。どうやら俺は今まで、フィオレンサのことを買い被りすぎていたようだ。
イルゼとの純愛に比べれば、これまでのフィオレンサとの時間などまがい物だったのだ。所詮は政略的婚約。真実の愛には到底敵わない。
父上だって、きっと分かってくださるだろう。これからのイルゼのひたむきな努力を見さえすれば。むしろ感動するのではないだろうか。幼い頃から王妃教育を受けてきたフィオレンサとは違う、ただの子爵家の娘が、愛のためにこれほど成長できるのかと。
それを見ていただくしかない。
「……自分のしでかしたことの重みが、分かっているのか、ウェインよ」
「ええ。ブリューワー公爵家には申し訳なく思っております。ですが、私はもう真実の愛を知ってしまいました。イルゼ・バトリーはたしかに王妃教育も受けていない一子爵家の娘ではありますが、全てを投げ打ってがむしゃらに勉強すると申しております。私も、彼女ならば、きっと素晴らしい王太子妃に、将来の王妃になってくれるであろうと確信しております」
「……なんと愚かな……。口で言うほど簡単なものではないのだぞ。フィオレンサほどに優秀な者でも、並大抵ではない苦労を重ねああまで立派になったのだ。それを、お前は……」
「いえ、父上。分かっております、私もイルゼも。それが簡単なことではないということは。それでも彼女は寝食を惜しんで励むと言っているのです。どうか信じて下さい。必ずや結果を出してみせます」
「…………。」
父はもう何も言わず、ただ黙って俺を睨みつけていた。俺の一存で勝手にブリューワー公爵家の娘との婚約を破棄し、イルゼを妻にしてしまったのだ。当分怒りは治まらないだろう。
だが構わなかった。愛を貫くというのはこういうことだ。身分も立場も充分に分かっていながら、俺はそれでもイルゼを得たいと願ったのだ。
貴族学園で初めて出会った頃に感じた激しい情熱、彼女と初めて愛を交わした時の歓び、この腕の中に抱きしめ、二度と離したくないと思うほどの愛おしさ。そのどれもが激しく熱く、俺はこれが真実の愛なのだと確信した。
『殿下、私たちは幸せですわね。生きている間にこうして真実の愛を見つけられる人間が、果たしてこの世にどれくらいいるでしょうか』
『……イルゼ……』
『……いいえ、いいのです。何も仰らないでくださいませ。私は日陰の身ですわよね。分かっております。私はフィオレンサ様とは、何もかもが違いますもの。私はただの子爵家の娘。どんなにあなた様を心から愛し抜いたとしても、決して結ばれることはございません。それに引きかえフィオレンサ様は……、あのブリューワー公爵家のお嬢様で、何も努力などしなくても、たとえあなた様を少しも愛していなかったとしても、生涯あなた様のおそばにいられることが生まれた時から決まっているのですわ。……それがとても、羨ましゅうございます……。もしも許されるのならば、私だって、死に物狂いで王妃教育を学びますのに……。愛と知恵、そのどちらも備えて、あなた様に生涯尽くして生きていきますのに……』
『……イルゼ……、お前は……何故そんなにも健気なのだ……!』
あの時、イルゼのあまりの愛らしさに、俺は素肌の彼女をベッドの中で強く抱きしめた。愛おしくていじらしくて、この子を得られるのならば、俺だって全てを乗り越えてみせる。そう心から思ったのだ。
『……先日、私は聞いてしまったのです。ウェイン殿下はこんなこと、ご存知かもしれませんが……。フィオレンサ様がご友人の高位貴族の方々と、学園のカフェで話しておいででした。ブリューワー公爵家ではお勉強やお作法などの他に、いかに自分が殿方を愛しているようにご本人に見せつけるか、その方法も学ぶそうですわね。ですからブリューワー公爵家の女性たちは皆、お上手に殿方のお心を掴むのですって。フィオレンサ様がとても楽しそうに、その手法について話しておいででしたわ。すごいですわね、王家に嫁がれる公爵家の方々って。偽の愛を本物に見せる……。私などには想像もつかない世界ですわ……』
『フィオレンサ様が今日、お茶会の席で私のお友達の男爵令嬢の頬をぶったそうですわ。とても痛そうで……、ひどく腫れていましたのよ。不注意でフィオレンサ様のドレスの裾を踏んでしまったそうですわ。公爵家のご令嬢のドレスを踏んでしまうなんて、こちらがいけませんわよね……。……いいえ、殿下、どうかお願いです、言わないであげてください。また殿方たちの見ていないところで、彼女がぶたれてしまいますわ……!』
イルゼのいじらしさが際立つにつれ、婚約者であるフィオレンサのことが色褪せて見えるようになってきた。どうやら俺は今まで、フィオレンサのことを買い被りすぎていたようだ。
イルゼとの純愛に比べれば、これまでのフィオレンサとの時間などまがい物だったのだ。所詮は政略的婚約。真実の愛には到底敵わない。
父上だって、きっと分かってくださるだろう。これからのイルゼのひたむきな努力を見さえすれば。むしろ感動するのではないだろうか。幼い頃から王妃教育を受けてきたフィオレンサとは違う、ただの子爵家の娘が、愛のためにこれほど成長できるのかと。
それを見ていただくしかない。
105
お気に入りに追加
4,020
あなたにおすすめの小説
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
もううんざりですので、実家に帰らせていただきます
ルイス
恋愛
「あなたの浮気には耐えられなくなりましたので、婚約中の身ですが実家の屋敷に帰らせていただきます」
伯爵令嬢のシルファ・ウォークライは耐えられなくなって、リーガス・ドルアット侯爵令息の元から姿を消した。リーガスは反省し二度と浮気をしないとばかりに彼女を追いかけて行くが……。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる