【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

文字の大きさ
上 下
70 / 78

70. その後……

しおりを挟む
「そんな気がしてたのよずっと! だって旦那様のミシェルさんを見つめる時の目やあの表情……。 今まで一度も見たことがないほど優しかったもの。途中でふと、そのことに気付いて……。“でもあの旦那様に限ってまさかね”っていう気持ちと、“ううんやっぱりきっと”っていう気持ちが、私の中でせめぎ合ってたわ! まぁでも、あのお茶会の日にはさすがにはっきり分かったけどね、ふふ。……おめでとう、ミシェルさん」

 数週間後。再び開いた焼き菓子を囲んでの夜着パーティーの席で打ち明けた私に、アマンダさんは目を輝かせてそうお祝いの言葉をくれた。もう使用人契約を終了した私は、あれからしばらくバタバタしていて、アマンダさんとこうしてゆっくり話すのも久しぶりだった。ここは私が大量のお菓子を持ってひそかに訪れたアマンダさんの部屋だ。

「あ、ありがとうございます、アマンダさん……。なんだかずっと、夢を見ているみたいで……」
「でしょうね。まさかあの難攻不落の旦那様をメロメロにしちゃうなんて。あなたすごいわねミシェルさん! でも……そっかぁ。ミシェルさん、ハリントン公爵夫人になるのよねぇ。これからはこんなに気安く“ミシェルさん”なんて呼んでちゃダメよね。ちゃんと“奥様”とお呼びするようにしなくちゃ」

 真剣な顔でそんなことを言うアマンダさんに、私は慌てて否定する。

「ま! まだ今すぐ結婚というわけではないですし……! それにこれからも、私たちは変わらず……」
「あら、変わらずってわけにはいかないわよ。このハスティーナ王国の筆頭公爵家の奥方になるんですもの。威厳は大事よ。使用人たちからミシェルさーん、なんて呼ばれていたんじゃ対外的にも心証が良くないわ」
「な、なるほど……」

 そういうものなのか。私はまだまだ勉強しないといけないことだらけだ。旦那様に恥をかかせるわけにはいかない。ただでさえ、旦那様に釣り合うような立派な家柄の出身でもなく、社交界のことも何も分かっていない世間知らずなのだから。
 私があの素敵な方の妻になることを受け入れてくれない人たちだって、きっとたくさんいる。

「それで? これから先のことはどうなっているの? 正式な婚約はいつ?」

 アマンダさんはクッキーを一枚手に取ると、それを口元に持っていきながら前のめりに尋ねてくる。

「えっと、婚約はもう近日中に書面を交わすことになるみたいです。結婚するにあたって、旦那様は私の父方の実家……フランドル男爵家について調べてくれていたそうなのですが、すでに存在していないと……」
「存在していない?」
「はい。フランドル男爵領はこのハリントン公爵領より南側にあったごく小さな領地だったそうなのですが、元々とても貧しかったようで。旦那様が人を使っていろいろ調べてくださったところによると、息子の一人が後を継いだ後すぐに、お家取り潰しになっていたようです。廃爵され、元領主やその家族の行方ももう分からないのだとか」
「そう……。その方元領主が、あなたのお父様のご兄弟ということになるのよね?」
「はい、おそらく」

 領地経営に失敗し、何らかの犯罪行為を犯したのだろうか。そして廃爵された後、妻や幼い子ども諸共どこかへ行ってしまったらしい。
 旦那様から調査を依頼された人が、父の身内の行方が分からないかと近隣を当たるうちに、フランドル男爵領の元領民の女性に話を聞くことができたという。

『領主様はお優しくて人が良かったのですけどねぇ。経営者としての才能はなかったのだと思いますよ。生まれたばかりの可愛い男の子もいたんですけどね。オレンジ色の髪をした綺麗な赤ちゃんでしたよ。無事に生きていて、元気にしてるといいのだけど……』

 旦那様からその話を聞いた時、ふと、私の近くに唯一いるオレンジ色の髪の男性のことが頭をよぎった。
 福祉施設の充実したこのハリントン公爵領の南にある、貧しかった男爵領。
 領地経営に失敗し爵位を剥奪され、赤ん坊を連れて逃げるように土地を去った領主一家。
 もしも彼らが生きていくことが、あるいはその赤ん坊を養っていくことが困難になり、このハリントン公爵領の充実した福祉を頼って赤ん坊を託したのなら……

(……まさかね。そんな偶然)

 あるはずないか。そんなことを夢想し思いを馳せていた私は、アマンダさんの言葉で我に返った。

「じゃあもうあなたのお父様の方を身内を辿るのは難しいのね。残念だけど。でも元々お父様はその男爵家から勘当されていたのよね」
「あ、はい。ですのでまぁ、身内が見つかったとしても今更……って話だったとは思います」
「そう……。……で、あの人たちはどうなの?」
「あの人たち?」
「ほら! お茶会で騒いでたあの意地の悪い……ミシェルさんがいたお屋敷の」

 その言葉で、あ、エヴェリー伯爵家のことを言っているのか、と気付いた。

「エヴェリー伯爵夫妻は、あれから何度も旦那様に謝罪の手紙を寄越しているそうです。その内容が、今思えばこちらにも落ち度はあったと思う、ミシェルに謝罪をさせてほしい、とか……」
!? この期に及んでそんな手紙を寄越してるの? 呆れちゃうわね」
「はい……。旦那様の怒りを買ったことがとにかく恐ろしいようで、訪問を願い出る手紙の他に詫びの品を何度も送りつけてきたりと、旦那様もうんざりしているようでした。品物は全部そのまま突き返したそうですが」
「そりゃそうよね。王国の重鎮の奥方になる女性をいびり倒していたわけだもの。生きた心地がしていないんじゃない? これからどうなるのかしらね、その一家は」
「それが……」

 その言葉に、私は先日の旦那様の厳しい表情を思い出した。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...