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15. 公爵の苦労
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「カーティス、余計な話はいい」
カーティスさんのその言葉に、ハリントン公爵が眉をひそめた。けれどカーティスさんは意に介さず喋り続ける。
「ロイド様はさ、この若さでハリントン公爵を継いだだろ? しかもまだ未婚な上に婚約者もいらっしゃらないんだ。信じられるか? もう二十四なのにだぜ? この若さでこの容姿なのに独り身だからさ、世のお嬢様方が色めき立っちゃってもう大変なんだよ。ちょっと社交の場に出れば、まぁ花に吸い寄せられる蜜蜂みたいにワァーッと女が寄ってくるし、恋文はわんさか届くし、何軒もの家からうちの娘をぜひに、って押し売りみたいに言い寄られてさぁ。もうロイド様はうんざりしてるわけ」
(た、大変なんだな……)
でもたしかに。これほどの美形でハリントン公爵家の当主ともあらば、世間は放ってはおかないだろう。ましてや婚約者さえもいないなんて、自分にもチャンスがあるかも! と思うご令嬢方がたくさん現れるのも頷ける。
カーティスさんが途切れることなくペラペラと喋っている間、眉間に皺を寄せながら不機嫌な様子で食事を続ける目の前の公爵をチラリと見て、私はそう思った。絹糸のような艶やかな銀髪が、少し俯いた公爵の長い睫毛の前できらめいている。
「ロイド様は、自分は結婚なんかしない! って言い張っておられるんだよ。親戚の誰かがハリントン公爵を継げばいいからってさ。もう完全に女性不信なわけ。さんざん鬱陶しい思いをして、自分を巡る令嬢たちや高位貴族の当主たちの醜い諍いをたっぷり見てきてるもんだからさ……」
「カーティス、いい加減にしろ。私の話はもういい」
ついにそのハリントン公爵が厳しい声を上げた。突然の強い口調に、私は思わずビクッと小さく飛び上がる。
カーティスさんははぁいと言って肩を竦めると、ケロッとした様子で話題を変えた。
「ところで俺も平民なんだぜ。ハリントン公爵領内の孤児院で育ったんだけどさ、腕を見込まれてロイド様に引き取ってもらえたんだ」
「そ、そうなのですか? すごいですね」
その言葉に、私は少し驚いた。貴族階級の男性にしては随分とざっくばらんな人だなとは思っていたけれど。
「だろ? 孤児院出身の俺が、こうして公爵様のそばで働かせてもらってるんだからなぁ。きっと他の領地じゃありえないことだと思うよ。俺はこのハリントン公爵領で育ってラッキーだったぜ」
カラカラと笑うカーティスさんの言葉に、静かに食事を続けていたハリントン公爵が言った。
「……生まれた場所や家柄に関係なく、能力のある者がそれを発揮できる場所で働く。そういった機会を全ての者に与えたいと思っている。私の領地経営の主軸がそれだ。だからこそ、そのために福祉事業には重きを置いている。生まれた環境によって本人の努力が報われないのは理不尽だからな」
「……とても素晴らしいと思います。こちらの領民の皆さんは幸せですね。こんなにも民のことを考えてくださる領主様がいて」
私は思わずそう口にしていた。ハリントン公爵のその言葉に、純粋に驚き、感動したからだった。エヴェリー伯爵夫妻とは、考え方や領主としての姿勢があまりにも違う。あの人たちがこんなことを話しているのなんか、一度も聞いたことがない。私が掃除やお茶出しをしながら聞くともなしに聞かされていた夫妻の領民に関する話題は、常に彼らを適当にあしらう内容ばかりだった。
『……チッ。また代表者とやらが領民たちの署名なんぞを持ってきおった。こんなもの相手にせんと言ってあったのに……まったく』
『末端の人間たちは不満ばかりは一人前ですわね。黙って働いていればいいものを。甘い顔をしてつけあがらせてはいけないわ。自分たちの生活を楽にするために、私たちの負担を増やそうとしているのよ。厚かましいわね、平民って』
この方は公爵という、王国内の貴族の中で最も強い立場にありながらも、こうして全ての領民たちのことを誠実に考えているのだ。
奢りの一切ない真摯なその姿勢に、私は感銘を受けた。……きらびやかな容姿も相まってか、もはや後光が差して見える。
ハリントン公爵は私の方をチラリと見ると、すぐに視線を逸らし言った。
「……領主として当然のことだ。君のいたところが環境が悪すぎたのだろう。……食べなさい」
「は、はい」
そう促され、私は食事を再開する。……しまった。公爵に媚びているように聞こえてしまったかもしれない。たった今カーティスさんから公爵の女性嫌いを教えてもらったばかりなのに……。
もう公爵に不快な思いをさせてはいけないと、私は黙々と食べ続けた。その間にもカーティスさんはご機嫌にお喋りを続けている。おかげでいろいろなことを知ることができた。
ハリントン公爵は二十四歳で独身であること、先代の公爵様が急逝し、ハリントン公爵が爵位を継ぐと、母君である先代公爵夫人は南の方にある別邸に引っ越し、先代公爵のお墓のそばで静かに暮らしていること。
カーティスさんやアマンダさんは二十歳だと教えてもらったので、私も自分が十八歳だと伝えた。
そんな会話をしながら食事をしている間、ハリントン公爵はもう一言も喋らなかった。
カーティスさんのその言葉に、ハリントン公爵が眉をひそめた。けれどカーティスさんは意に介さず喋り続ける。
「ロイド様はさ、この若さでハリントン公爵を継いだだろ? しかもまだ未婚な上に婚約者もいらっしゃらないんだ。信じられるか? もう二十四なのにだぜ? この若さでこの容姿なのに独り身だからさ、世のお嬢様方が色めき立っちゃってもう大変なんだよ。ちょっと社交の場に出れば、まぁ花に吸い寄せられる蜜蜂みたいにワァーッと女が寄ってくるし、恋文はわんさか届くし、何軒もの家からうちの娘をぜひに、って押し売りみたいに言い寄られてさぁ。もうロイド様はうんざりしてるわけ」
(た、大変なんだな……)
でもたしかに。これほどの美形でハリントン公爵家の当主ともあらば、世間は放ってはおかないだろう。ましてや婚約者さえもいないなんて、自分にもチャンスがあるかも! と思うご令嬢方がたくさん現れるのも頷ける。
カーティスさんが途切れることなくペラペラと喋っている間、眉間に皺を寄せながら不機嫌な様子で食事を続ける目の前の公爵をチラリと見て、私はそう思った。絹糸のような艶やかな銀髪が、少し俯いた公爵の長い睫毛の前できらめいている。
「ロイド様は、自分は結婚なんかしない! って言い張っておられるんだよ。親戚の誰かがハリントン公爵を継げばいいからってさ。もう完全に女性不信なわけ。さんざん鬱陶しい思いをして、自分を巡る令嬢たちや高位貴族の当主たちの醜い諍いをたっぷり見てきてるもんだからさ……」
「カーティス、いい加減にしろ。私の話はもういい」
ついにそのハリントン公爵が厳しい声を上げた。突然の強い口調に、私は思わずビクッと小さく飛び上がる。
カーティスさんははぁいと言って肩を竦めると、ケロッとした様子で話題を変えた。
「ところで俺も平民なんだぜ。ハリントン公爵領内の孤児院で育ったんだけどさ、腕を見込まれてロイド様に引き取ってもらえたんだ」
「そ、そうなのですか? すごいですね」
その言葉に、私は少し驚いた。貴族階級の男性にしては随分とざっくばらんな人だなとは思っていたけれど。
「だろ? 孤児院出身の俺が、こうして公爵様のそばで働かせてもらってるんだからなぁ。きっと他の領地じゃありえないことだと思うよ。俺はこのハリントン公爵領で育ってラッキーだったぜ」
カラカラと笑うカーティスさんの言葉に、静かに食事を続けていたハリントン公爵が言った。
「……生まれた場所や家柄に関係なく、能力のある者がそれを発揮できる場所で働く。そういった機会を全ての者に与えたいと思っている。私の領地経営の主軸がそれだ。だからこそ、そのために福祉事業には重きを置いている。生まれた環境によって本人の努力が報われないのは理不尽だからな」
「……とても素晴らしいと思います。こちらの領民の皆さんは幸せですね。こんなにも民のことを考えてくださる領主様がいて」
私は思わずそう口にしていた。ハリントン公爵のその言葉に、純粋に驚き、感動したからだった。エヴェリー伯爵夫妻とは、考え方や領主としての姿勢があまりにも違う。あの人たちがこんなことを話しているのなんか、一度も聞いたことがない。私が掃除やお茶出しをしながら聞くともなしに聞かされていた夫妻の領民に関する話題は、常に彼らを適当にあしらう内容ばかりだった。
『……チッ。また代表者とやらが領民たちの署名なんぞを持ってきおった。こんなもの相手にせんと言ってあったのに……まったく』
『末端の人間たちは不満ばかりは一人前ですわね。黙って働いていればいいものを。甘い顔をしてつけあがらせてはいけないわ。自分たちの生活を楽にするために、私たちの負担を増やそうとしているのよ。厚かましいわね、平民って』
この方は公爵という、王国内の貴族の中で最も強い立場にありながらも、こうして全ての領民たちのことを誠実に考えているのだ。
奢りの一切ない真摯なその姿勢に、私は感銘を受けた。……きらびやかな容姿も相まってか、もはや後光が差して見える。
ハリントン公爵は私の方をチラリと見ると、すぐに視線を逸らし言った。
「……領主として当然のことだ。君のいたところが環境が悪すぎたのだろう。……食べなさい」
「は、はい」
そう促され、私は食事を再開する。……しまった。公爵に媚びているように聞こえてしまったかもしれない。たった今カーティスさんから公爵の女性嫌いを教えてもらったばかりなのに……。
もう公爵に不快な思いをさせてはいけないと、私は黙々と食べ続けた。その間にもカーティスさんはご機嫌にお喋りを続けている。おかげでいろいろなことを知ることができた。
ハリントン公爵は二十四歳で独身であること、先代の公爵様が急逝し、ハリントン公爵が爵位を継ぐと、母君である先代公爵夫人は南の方にある別邸に引っ越し、先代公爵のお墓のそばで静かに暮らしていること。
カーティスさんやアマンダさんは二十歳だと教えてもらったので、私も自分が十八歳だと伝えた。
そんな会話をしながら食事をしている間、ハリントン公爵はもう一言も喋らなかった。
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