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38.二人きりで街へ

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「君に、頼みがあるのだが」
「はい?何でございましょうか、旦那様」

 オリビア嬢の婚約が決まってから数週間。私はライリー様の執務室に呼び出されていた。

 ライリー様はコホ、と小さく咳払いをすると、手元の書類を捲り何やらカリカリ書きながらさらりと言った。

「オリビアに婚約祝いの品を贈ってやりたいと思っているのだ。何か、記念に残るようなものを……」
「あら!素敵ですわね。きっとお喜びになると思いますわ」

 大好きな兄上が選んでくれた記念の品なら、オリビア嬢も大喜びだろう。笑顔が目に浮かぶようだ。私は嬉しくなって話の続きを待った。

「……オリビアの好みなら、他ならぬ君が一番よく分かっていると思ってな。一緒に選んでくれないか」
「まぁ、光栄ですわ。お役に立てるか分かりませんが、はい、喜んで」

 勢いよくそう答えた後で、ん?と思い、改めてライリー様に尋ねる。

「……選ぶ、というのは、……街で、何か品物を?」
「無論」
「……あ……、オリビアお嬢様と、三人で……」
「内緒にしておいた方が喜ぶだろう。黙っておいてくれるか」
「……。承知いたしました。……だ、旦那様のお買い物に私だけが同行する、ということでございます……よね?」
「ああ、そうだ。時間のとれる日にちが分かればまた伝える」
「……はい、承知いたしました」

 私は冷静を装いライリー様の執務室を後にしたけれど、本当は軽いパニック状態だった。部屋を出てから心の中で叫ぶ。

(え?!……ラ、ライリー様と、二人で?二人きりで?ま、街に、買い物に……っ?!オリビア嬢抜きで?!)

 これまで三人で出かけたことは何度もあるけれど、さすがにライリー様と二人きりは一度もない。何だか分からないけれど、顔が熱いし心臓がものすごくドキドキしている。……緊張しすぎかしら。
 いつ……、いつ行くのかしら。あ、明日?明後日……?どうしよう、何でこんなにドキドキするのかしら。別にそんなに大袈裟なことじゃないはずなのに。ただ妹君の贈り物を選ぶのに侍女が同行するだけという……。

 だけど私は妙にそわそわしてしまい、ついに夜にはオリビア嬢から「今日のロゼッタ、何だか変よ」と言われてしまうほどだった。






 そしてそれから数日後。

「実家に諸用がございまして、夜まで出かけてまいります。旦那様に近くまで送っていただけることになりましたので」という言い訳をオリビア嬢に残し、私はライリー様と共に屋敷を出た。夜まで、というのは一応ライリー様からそう言っておくように言われたからだ。私の実家は遠いから本当に帰省したらそれくらいの時間はかかる。
 緊張しながら向かい合って馬車に座った。

「怪しまれなかったか?」
「あ、はい。無邪気にいってらっしゃーいと言われましたわ」
「ふ……、そうか」

 ガチガチになっている私と違って、ライリー様はなんだか楽しそうだ。

「……君はいつも地味だな。そういう格好が好きなのか?それとも、侍女だからと気を遣っているのか?」

 ふいにライリー様がこちらを見つめてそんなことを言う。今日の私の格好はオリビア嬢の侍女として働いている時とさほど変わらない。深いモスグリーンのシンプルなワンピースに、わずかな乙女心で小ぶりなイヤリングとネックレスだけ着けてきた。透明の石のごく小さなものだ。
 突然こちらをじっと見つめてそんなことを言われたものだから妙に動揺してしまう。

「そ、そうですね。好きというか、やはり侍女ですからあまり華美にしているのもどうかなぁと……。普段はもう少し華やかにはしております、はい」
「そうか。だがいつも髪を器用に纏めていて感心する。君は手先が器用だな」
「そ、そうですか?」

 髪型に言及されて頬が火照る。侍女として働いている時はいつも日によって形を変えながらもほとんどアップにしていた。もしくは編み込んで全部後ろに垂らしたり。仕事の邪魔にならないようにということを一番に考えていた。
 だけど今日は街まで出かけるということで、両サイドだけを編み込んで髪を下ろし、毛先を巻いていた。実はこの髪型を見たオリビア嬢からも、「わぁ!今日のロゼッタ何だかすっごく可愛いわ!」と絶賛され、妙に気まずい思いをしたのだ。後ろめたいというか……。

「ああ。今日も綺麗だ」
「……。……ありがとう、ございます……」

 ライリー様の突然すぎるストレートな褒め言葉に、心臓が止まりそうになる。どうしよう。顔がどんどん熱くなる。変な女だと思われないかしら。だって、こんな素敵な公爵様に綺麗だなんて言われて動揺しない人なんかいる?しかも、「綺麗だ」って……。今日も?い、いつも綺麗だと思ってくださっているんですか……っ?……いやいや、ただの社交辞令でしょ。バカね、落ち着くのよ私……。

 馬車が道を進む中、私はライリー様の向かいの席で俯いて火照った顔を隠しながら、頭の中でせわしなく独り言を繰り返していた。



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