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15.彼女の婚約者たち(※sideエーベル)

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「どっ! どういうことだよエーベル!! 卒業したら……僕との婚約を一緒に両親に頼むって言ってたじゃないか!」
「……。言ってないわ、私、そんなこと」
「な……何だよそれ……今さら……! そんな嘘が通用するとでも思ってるのかよ! ひどいじゃないか!!」

 パッとしないヘンウッド子爵家の息子が目を見開いて私ににじり寄ってくる。

(いやぁね、こんな必死な顔して近づいてきて…。ますます不細工に見えるわ)

 勝手に勘違いした自分が悪いくせに。





 最初に私が声をかけた時、ブライス・ヘンウッド子爵令息はものすごく驚いた顔をした。信じられないって感じだった。
 それはそうよね。私の周りには常に見目のいい伯爵家や侯爵家の子息が何人もいて、私は学園でお姫様扱いだった。こんな平凡な人ってあまり話したことないもの。

「私ね、ブライス様とお友達になりたいなってずっと思っていたの。…いや?」
「いっ! いやっ! まままさかっ! 嫌なわけ……っ」

 真っ赤な顔で狼狽えながらそう答えたブライス・ヘンウッド子爵令息はとても無様だったけれど、不慣れで緊張した様子が可愛らしくもあり、私はその反応に満足した。

 あなたには大切な婚約者がいるんだから、仲良くなったことは誰にも内緒ね、あなたの可愛い婚約者さんがヤキモチを焼いてしまうもの、と言って、私は密かにヘンウッド子爵令息を何度も呼び出しては二人きりの時間を過ごした。

 彼はすぐに私に夢中になった。

 私には、どうやらそういう魅力があるらしい。私が上目遣いで見つめて話しかけると、大抵の男の人はオロオロと狼狽えながら顔を赤くする。そして私の可愛いワガママを何でも聞いてくれたり、私に愛を囁くようになるの。

 このヘンウッド子爵令息も簡単だった。

「エ、エーベルさん……。僕の、秘密の恋人になってくれないか……? 僕は、君を独占したい。君はいつも大勢の男に囲まれているだろう。こんなに親しくなったのに、君がああやって他の男たちに笑いかけているのを見るのが我慢ならないんだ」
「……。だけど、ブライス様、あなたには素敵な婚約者さんがいるわ」
「わ、分かってるんだけど……。ロゼッタとは、たしかに古い付き合いだし、親同士の決めた婚約者だから、今さら僕の一存でどうにかなるものでもない、けれど……でも……」
「ひ、ひどいわブライス様……っ」
「……え?」
「あなたはこれからも婚約者さんとずっと付き合っていくし、いずれあの方と結婚もするのに、わ、私を束縛したいというの………? じゃあ、あなたが学園を卒業してあの方と結婚する時に、私は使い捨ての不用品のように捨てられてしまうのね……っ」
「っ?! い、いやっ! け、決してそういうつもりじゃ……!」

 私が瞳を潤ませて顔を覆うと、ヘンウッド子爵令息は慌てふためく。私はわざとしゃくりあげながら、震える声で言った。

「……別に、嫌じゃないのよ。あなたに束縛されることは…。むしろ、そんなに深く思ってもらえるなんて、私嬉しいの、とても」
「……え、……えっ? ほ、ホントかい?」
「ええ。だってあなたって本当に素敵なんだもの。だけど、私だって普通の幸せが欲しいの……。私ね、まだ婚約者が決まっていないでしょ? 私を一番大切にしてくれる殿方と生涯を共にしたいと思って、今じっくりと選んでいる最中なの」
「……エ、エーベルさん……」
「……あなただったら、いいのにな。私のその、生涯の相手が」
「…………っ、」

 私が潤んだ瞳で見つめると、彼はゴクリと生唾を呑んだ。

 そこからはあっという間だった。

 僕はロゼッタとの婚約を解消する、君との愛を貫くから、学園を卒業したら一緒に両親に婚約させてほしいと話そう、と言ってくるヘンウッドに、まぁ素敵、いいわね、と適当に返事をしておいた。

 ロゼッタ・ハーグローヴ子爵令嬢がヘンウッドから婚約を破棄されたという話は瞬く間に学園中に広まり、当人のロゼッタはしばらく暗い顔をしていた。

 その表情は、私をとても満足させた。

 わざと皆の目につくところで彼女を捕まえ大きな声で泣いてみせると、案の定いつもの男の子たちが集まってきて私を庇い、彼女を責め立ててくれた。

 とても気持ちよかったのに、彼女はさほど間を置かずにあっさりと二度目の婚約をした。
 相手は彼女と幼なじみの伯爵令息。幼い頃からの純愛を伯爵令息が貫いた? 一途に愛された相手との婚約なんて、羨ましい? まるで恋愛小説のヒロインみたい?
 彼女についての新たな噂話が始まり、友人たちに囲まれて幸せそうに笑っているロゼッタ・ハーグローヴを見ていると、不愉快で仕方がなかった。

 だから私は、すぐにその男の子にも声をかけた。

 アルロ・ダウズウェル伯爵令息。こちらは前の子爵令息よりもガードが固かった。

「……気持ちは嬉しいけどさ……、俺、幼なじみと婚約したばかりなんだよ」
「ええ、知っているわ。とても素敵よね、幼い頃からの想いを貫いてついに婚約だなんて。邪魔するつもりはないの。私はただ、あなたとお友達になりたいだけ……。ね? それならいいでしょ? たまに二人きりでランチをしたりお喋りしたりするの。……ね?」
「…………。何で俺なんだい? 君の周りには他にもたくさんの取り巻……、……友人たちがいるじゃないか」
「ええ、皆ただのお友達よ。だけど、心を許せる人なんていないの。だって皆、目がギラギラしていて何だか怖い時があるんだもの。優しくしてくれていても、下心がありそうで不安なの。私ね、婚約者がいる人の方がむしろ安心だわ。私に変なことしないって分かるから」
「へ、変なことって……」
「だから、ね、お願いよアルロ様。時々でいいの。こうしてあなたみたいな素敵な人とお話していると心が落ち着くわ……。私と、誰にも内緒の秘密のお友達になって」
「…………。」
「……ね? ……おねがい」

 そっと腕に手を触れて首をコテンと傾けながら上目遣いでそう頼み込むと、アルロ・ダウズウェル伯爵令息は、「ま、まぁ、そうだね、たまになら……」とモゴモゴ返事をしながら頬を染めて目を逸らした。



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