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王立魔法学園編

23 イレギュラー

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「や、やっと着いた……」

 リリーちゃんとシャルロットのいざこざを仲裁しながらのせいで、時間が掛かった。

「思っていた以上に過酷でしたね、お嬢様……」

「なぜでしょうか、もっと楽に行けたような気もするのですが……」

 二人とも似たような感想を持っている。

 皆体力はあるはずなのに、これがストレスというものか?

 やはり悩みの大半は人間関係なんだね。

「おう、遅かったな」

 レオ・バルデスが大剣を背に抱え、こちらを振り返っていた。

 その足元には犬型の低級魔獣が数体横たわっている。

「なるほど、ヴァンリエッタ嬢はここまで到達できたようだね」

「さすが、異常な魔力の持ち主だよね」

 その後方にはヒルベルトとノエルもいた。

 どうやら彼らに先を越されたようだ。

 しかし、気になるのは……。

「どうしてわたくしを名指しなのかしら? ここには優秀な従者と聖魔法の使い手がおりますのよ?」

 戦力は圧倒的にこちらの方々なので認識を改めてもらいたい。

 ロゼが有能扱いされてるのっておかしいからね。

 本来は貴方たちロゼのこと鼻で笑ってた人たちですよ……?

「ねえ、皆さん?」

 二人が返事してくれないのでわたしが催促する。

「あ、いえ、ですが遅れた原因は私にもありますので……」

「そ、そうですね。わたしも躓かなかったらもっと早く行けたと思います……」

 おい。

 なんでこういう時に二人とも遠慮がちになるのよ。

 確かにそれはそうなんだけどさ。

 わたしの空気も読んで欲しいんだよね。

「ほら、従者も聖魔法の子もそう言っているよ?」

「近くの人がそう言うのなら間違いない」

 ヒルベルトもノエルもうんうん頷いている。

 いやいや、なに納得してくれちゃってんの。

「ふんっ、どうせそこの魔女が全部やったんだろ、ヴァンリエッタの自堕落令嬢に何か出来るとは思えんな」

 しかし、そこで一人だけ意見が違うレオ。

 実際にシャルロットに煮え湯を飲まされた経験ゆえだろう。

 しかし、ヒルベルトとノアは……。

「うん、レオはそういう物事の真贋を見極めるの苦手そうだもんね」

「脳筋」

「てめえら、オレのこと馬鹿にしてんのか……!?」

 見事にレオは煽られていた。

 こめかみに青筋を浮かべていて非常に怖い。

「魔女……? あそこの七光り、私のこと魔女って呼びました……?」

 そして隣にいる子もこめかみに青筋を浮かべていた。

 ……て、ええ!?

「シャルロット!? 何に怒ってるの!?」

「魔女は蔑称、呼ばれて喜ぶ人間などいません」

「前、そんな事で怒らないって言ってたよね!?」

「七光りに言われるのとは話が別です」

 この子、完全に人を選んでる……!

 そしてレオのこと毛嫌いしすぎだからね……!

「おい、誰だオレのこと七光りとか言う奴はっ!?」

「“騎士もどき”に変えましょうか?」

「いい度胸だ……」

 レオは背負っている大剣に手を掛ける。

「貴方の方こそ……」

 シャルロットも全身に魔力を走らせている。

 バチバチ睨み合う二人。

 今にも戦闘を開始しそうな空気感だ。

「こら、やめないかレオ。これはダンジョン攻略、低級魔獣を一掃するだけの課題だ。仲間割れをする所じゃないよ」

「……ぐっ」

 ヒルベルトの一言でレオは大剣から手を放す。

「貴女もよシャルロット、淑女たるもの品を欠くような行為を殿方の前にすべきではないわ」

「……申し訳ありません」

 シャルロットも魔力を収める。

「でも悪いね、課題は僕たちで済ませてもらった。後はこの魔石を回収して終わりさ」

 そうしてヒルベルトが代表して、祭壇の上にある魔石を取ろうと手を伸ばす。

「……!!」

 しかし、ヒルベルトはその手を途中で手を止め一瞬で後退する。

 異変に気付いたからだ。

(来たわね……!)

 ここでイベントに突入する。

 ここで達成するはずだった課題に、乱入者が現れる。

「――ガッ!!」

 全身を漆黒の毛を身にまとうのは馬のシルエット、そこに魔族特有の角が額に雄々しく生えている。

 赤い獰猛な瞳が、こちらを見据えていた。

「お、おい……これ、課題の魔獣か?」

 レオが討伐したであろう低級魔獣とは大きさからして違う。

 2mを超えるであろう巨大な体躯。

 魔族の中でも上級からしか生えることのない角から見ても、課題の低級魔獣ではないことは明白だった。

「いや、これは恐らく上級クラスの魔獣だ」

「どうしてこんな所に……? こんなの最前線でしか見ないようなレベルだ」

「マジかよ……」

 攻略対象全員が息を飲む。

 その力は一見するだけで感じ取れるほど圧倒的だった。

「お嬢様、お下がりください」

 シャルロットがわたしの前に立つ。

 その背中に緊張感が走っているのが伝わってくる。

「お嬢様は私が必ずお守りします」

「シャルロット……」

 きっとこういうピンチの時こそ、人の本性が現れると思うのだけど、それでもわたしを守ろうとしてくれるシャルロットの忠義は本物だと分かった。

 まあ、疑っていたわけではないけどさ。

「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 けたたましいほどの咆哮。

 そこには魔力も合わさり、空間を断絶するような衝撃派が走る。

『――っ!?』

 攻略対象の三人は成す術もなく、吹き飛ばされる。

 どんな身体強化も魔力障壁も、その圧倒的な格差の前では無意味。

 岩壁に打ち付け、三人は意識は失わずには済んでいるが、体を動かすことは出来なかった。

「――!!」

 そして上級魔獣は、こちらを見据える。

 いや、正確にはリリーちゃんの方をだ。

「ひっ……!」

 赤い獰猛な瞳に射抜かれ、リリーちゃんは小さな悲鳴を上げる。

 上級魔獣の標的は彼女だったのだ。

「リリーさん! 聖魔法を使ってくださいな!」

 そう、これは負けイベント。

 元々、全員が瀕死状態になるようデザインされている。

 では、どうしてこのイベントが始まるのか?

 それはリリーちゃんの聖魔法の有用さを見せつけるためのものだ。

 聖魔法は治癒を司る力だが、それを魔族相手に使えば浄化の力にも作用する。

 魔族にとっての唯一の天敵、それがリリー・コレットなのだ。

「え……ヒルベルトさん達にですか!?」

「いえ、そっちじゃなくて魔獣にですわ!」

「い、今ですか……!?」

 リリーちゃんは慌てているが、その意図を確認し魔獣に視線を向ける。

「グルルルルっ!!」

「ひいいっ!」

 しかし、その威嚇でリリーちゃんは身をすくませてしまう。

「ちょっと、リリーさん!?」

 わたしもその反応を見て、思わず叫ぶ。

 原作に比べてリリーちゃんは怯え過ぎなのだ。

 そんなに身を縮めていては戦いにならないのに……!

「ガアアアアアア!!」

 魔獣は叫びながら、地面を蹴り上げ直進してくる。

 確実に息の根を止めるため、リリーちゃんへ狙いを定めていた。

 それに対し、リリーちゃんは怯えているだけで何も対応できていない……!?

「――石壁ストーンウォール

「ガアッ!!」

 激しい衝撃音。

 リリーちゃんの前にそびえ立った壁に魔獣が突撃し、その轟音が洞窟内に反響する。

「リリーさん! お嬢様の言う通りにして下さい!」

「……は、はいっ!!」

 シャルロットの叱咤により、リリーちゃんが聖魔法を行使するために魔力を循環させる。

 よかった……これで何とか……。

「あ……あれ、あれっあれっ……!」

「何をしているんですか!?」

 リリーちゃんが聖魔法を使用する際に出現する白い発光現象。

 それは見る影もなく、鈍い光しか生み出していなかった。

「ご、ごめんなさい……! う、上手くできません……!」

「……うそ」

 そう、わたしの方がこぼしてしまう。

 ……ダメだ。

 リリーちゃんは完全に恐怖によるパニック状態で魔法を使える状態ではなくなっている。

 どうして……?

 やはり攻略対象との積み重ねがないことで彼女の中で自信が生まれず、この局面で聖魔法を使うに至る精神面になっていなかったということ……?

「どうして、こんな時に転移魔法も発動しないんですか……!?」

 この空間は完全に魔族に掌握されてしまい、空間転移の範囲外になってしまっている。

「ガアアアアアアッ!!」

 ――ガンッ!!

 次いでの二撃目で、シャルロットの石壁ストーンウォールは破壊される。

 上級魔獣相手では、彼女の防壁も脆い。

「い、いやあああ!!」

「お嬢様、申し訳ありません……! この岩場ではホールも作れません……!」

 万事休す。

 このイベントはリリーちゃんが聖魔法を使うことでしか、助からないようにデザインされている。

 いくらここにいるメンバーが優秀と言えど、まだ一年生の序盤。

 上級魔獣を相手に出来るようなレベルには至っていない。

「……やるしかないのね」

 こうなってしまっては仕方ない。

 命を失ってしまっては元も子もないのだから。

 魔力を体内に循環させる。

 魔術を使えない悪役令嬢ロゼのキャラクターは捨てることにする。

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