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王立魔法学園編
19 研究対象
しおりを挟む「ノエルさん……? こちらで何を……?」
ノエルが前にしているテーブルの上には、数々の試験管が並び、フラスコなども置かれている。
どれも色違いの液体が注がれており、一つだけ破裂している容器があった。
さっきの爆発は、これが原因だったのだろう。
「何って、ここがどこなのか分かって聞いてる?」
「あ、えっと……どこでしたっけ?」
リリーちゃんはわたしに無理矢理、押し込まれてきたので場所を把握していない。
原作でも逃げるのに必死で場所を把握していなかったので、この展開も完璧だ。
よしよし。
「【魔法研究室】だから、やることなんて研究以外ないでしょ」
「あ、な、なるほど……」
彼こそ最後の攻略対象ノエル・モニエ。
宮廷魔術師のアルステッド・モニエの唯一の子息だ。
父譲りの魔術センスを持つが、どちらかというと実戦よりも研究体質で、魔術の探求を行っている。
それゆえか一人を好む傾向があり、授業をサボる傾向にもある。
彼にとって一年時の授業はあまりに学びがないからだ。
ゆえにここでようやく登場するキャラクターでもある。
「い、今の爆発も研究ですか?」
「……失敗しただけ」
空気がどよんと重くなる。
ただでさえ薄暗い部屋でトーンの低い彼が肩を落とすと、重力が倍になったような錯覚を受ける。
リリーちゃんも悪気は一切なく、純粋な疑問だっただけに慌てふためき始める。
「す、すいませんっ! そんなつもりじゃなくて……え、えとっ、どんな研究をされていたんですかっ!?」
必死で取り繕い、空気を和やかにしようと頑張るリリーちゃん。
「……魔力を含んだ水溶液を用意して、属性の違う液体同士を混合させようとしたんだ。もしそれが可能なら、技術で二属性や三属性の魔術を行使できるようになるかもしれないから」
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多くの人はそもそも魔力を扱えず、扱えても一属性が大多数を占める。
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「す、すごいですね……! わたし、難しくてよく分からなかったですけど、とにかくすごい事をしているのは分かりました!」
語彙力が死んでいるリリーちゃんだが、それも仕方ない。
彼女もそもそも聖魔法という究極の一属性なので、分からなくていい問題でもあるし。
「まあ……失敗してるんだから、意味ないけど」
どよーん。
空気がやはり重くなるが仕方ない。
彼はこういう子なので、許容するしかないのだ。
しかし、そんなことを知るはずもないリリーちゃんはまたしても自分が傷つけたと思ってひたすらに慌てる。
いい子だからね、とっても気にしてしまうのだ。
「あ、あのっ、何かわたしに出来ることがあればお手伝いしますよっ」
そして、迷わずそう提案する。
リリー・コレットは善良な心を持った主人公だ。
困っている人がいれば手を差し伸べる、その生き方が彼女に聖魔法を会得させたのかもしれない。
そして、何度も言うがこれはとっても原作通りの展開であるっ。
ノエル・モニエは魔法の探求者、その目の前には唯一無二の聖魔法を扱うリリー・コレット。
そんなリリーちゃんの提案を、ノエルが無碍にするわけないのだっ。
きたぜっ、このままノエルルートで進行しつつリリーちゃん達は魔王討伐してね!
「君の聖魔法は確かに興味がある、だから……」
――是非ともお願いするよ。
だったよね?
さあ、言ってちょうだい。
そして魔法を架け橋に、二人の恋仲を進めてちょうだいっ。
「……そこの人も一緒に手伝ってくれるのかな?」
??
あれ、原作と全然ちがうセリフが聞こえてきたよ?
ノエルの視線の先には、扉の前に立ち傍観していた金髪の少女。
悪役令嬢ロゼ・ヴァンリエッタ。
つまり、わたしを見ていた!
なんでかなっ!
「ななっ、何で私が!? 私なんかよりリリーさんの聖魔法の方がよっぽど稀有ではありませんことっ」
声が上擦って仕方ないけど、ノエルだって【聖魔法に興味がある】とは言ってたからね!
わたしが立ってたのが邪魔だったのかなっ。
欲張らないでリリーちゃんだけにしといて欲しいんだなっ。
「彼女の聖魔法は確かに興味深い、治癒を司る魔法なんて見たことないからね」
「そ、そうでしょうっ。それならば彼女に魔法の研究を手伝ってもらいなさいっ」
あ、あぶねぇ。
ど、どうにか軌道修正でき――
「でも入学式の時に見せた、聖魔法を上回る破壊を見せた君の魔力……それは一体なんだ?」
――てなああああああい!
どす暗いノエルの瞳に、更なる深淵の闇が渦巻いている。
なんだ、どこに興味を持ってるんですか君っ。
「な、なんのことですの……? 私のはただ魔力を込めただけで……」
「どれだけ膨大な魔力を持とうと、魔力鑑定の水晶をあんなふうに粉砕するなんて有りえない」
「じゅ、寿命だったのではなくて……?」
「物理攻撃なら確かにそれも可能だったろう。でも君が行ったのは純粋な魔力開放のみだった。それなら水晶は破壊されるはずがない、許容量を超える魔力量だったとしても内包出来ない分は放出するのが水晶の特性なんだ」
「……へ、へえ」
いや、知らないし。
普通に勉強になっちゃったよ。
わたし的にはアレ、ちょっと魔力込めただけだし。
なんかお古の水晶だったんだなぁで済ませてたし。
「そして聖魔法すら寄せ付けない圧倒的な破壊、本質的な死。いいかい、あの水晶は魔力の粒子で出来た結晶体なんだ。それを魔力で破壊するなんて芸当……誰に出来る?」
「……し、知りませんわよ、そんなこと」
何なら、どうでもいいもんっ。
わたしは君たちが仲良くしてくれたらそれでいいのっ。
そしてロゼのことは悪役令嬢として毛嫌いしてくれたらそれでいいのっ。
「そう誰も知らない、誰も知らないことを君はやってのけている。それを当たり前のように……そんな君が魔術を使ったらどうなるんだ?」
「……さあ~、私そういう事に興味がありませんのよ。おほほほっ」
ダメだ。
もうノエルの視線に耐えられない。
わたしはそっぽを向くことにする。
とりあえず、わたしの事は諦めてもらって、残ったリリーちゃんに注力してもらう事にしよう。そうしよう。
「ほら、言い出しっぺのリリーさんはとにかく手伝ったらいいのではなくて? 私にそんな暇はありませんのっ」
「あ、え、えと……でもノエルさんはロゼさんにも手伝って欲しそうですし……」
やめてっ、間を取り持とうとしないでリリーちゃん!
いい子なのが今のわたしにとっては仇になってるよっ。
「あの水晶……国家予算がどれだけ注ぎ込まれてるか知ってる?」
ボソボソとノエルが不穏な空気で話し始める。
こ、これ以上何を言う気なのかしら……。
「あの魔力の結晶体を維持するために宮廷魔術師が何人掛かりでメンテナンスをしていたと思う? そもそも宮廷魔術師一人にいくら掛かるか知ってる? この王国は内部の腐敗が進んでいるからね、重役の方々の給料は年々上がるばかりだ。それを毎日、年単位で続けてきたんだ……王立の学園だから、国家予算で賄われたけどさ。ボクの父さんに掛け合って、その責任をヴァンリエッタ家に取ってもらおうかな? だって壊したのはその令嬢だろう?」
べ、ベラベラ喋りすぎだろこいつぅ……!
なに怖いことさらっと言ってるんだ。
脅しじゃん、こんなのぉ……!
「ふんっ、出来るものならしてみなさいなっ」
「いいのかい、ボクの父さんは宮廷魔術師の……」
「アルステッド・モニエ、確か魔術科の研究部長……事実上の宮廷魔術師トップの方ですわよね」
「し、知ってるのなら、なおさら……」
一瞬わたしがノエルの父親について知っていることに驚いたようだったが、すぐに冷静さを取り戻す。
まあ、彼の父親は有名だ。誰が知っていてもおかしくはない。
だが……。
「私、知っていますのよ。アルステッド様が助手の方と熱い夜を過ごされていることを……」
「……!?」
そう、ノエルの家庭は完全に冷え切っている。
別にアルステッドが一方的に悪いわけでもない、母親であるシエル・モニエもそれ相応のことをしている。
可哀そうなのはその子供であるノエルだ。
それゆえ彼は塞ぎこみがちな性格になってしまったのだが……。
それは今は別の話。
この世界の子はみな闇を抱えて生きているのだから。
そして、このスキャンダルが明るみになれば、アルステッドはその地位を剥奪されるだろう。
彼の座を狙っている人間はいくらでもいるのだ。
「で、デタラメを……!」
「あら、お忘れですこと? 私はヴァンリエッタ家の令嬢、国の内情くらい把握していて当然でしょう?」
「……!!」
嘘です、ただの原作知識です。
絶対使いどころ間違ってるけど、もうこうするしかなかった。
目には目を歯には歯を。
こうしないと、わたしはノエルの研究対象になってしまう。
そうなると原作ルートから外れすぎだから困るんだよねっ!
「というわけで、お互いに不干渉ということに致しましょう? なので私はこれで失礼しますわねっ! おほほっ!」
退散っ!
廊下を脱兎のごとく駆ける。
「あ、ロゼさん……それならわたしも……」
「なんで付いて来るのかしら!?」
リリーちゃんは残っていて結構ですのよ!?
「あ、えっと……ノエルさんのお役に立てなさそうでしたので?」
ああ、もうっ!
上手く行ってたのに! 途中まで完璧だったのに!
全ては入学式が全部悪い!
乙女ゲームなんだから、リスタートできないかなぁっ!?
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