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王立魔法学園編
18 運命は切り開くもの
しおりを挟む数日後も、原作のような物語の進行はなかった。
一度、捻じ曲がった物語は黙っていては元に戻らないのだろうか。
そこでわたしは考えを改める。
「……こうなったら強硬手段に出るしかないわね」
ずっと上手く行っていない現状を打破する必要がある。
そのためには、もうこれ以上待っていても仕方がない。
今までのわたしは【原作のロゼ】にこだわりすぎていた。
悪役令嬢ロゼを演じてさえいれば、物語は上手く運ぶと思っていた。
だが冷静に考え直したのだ。
乙女ゲームの『聖なる君と恋に落ちて』はマルチエンディングを採用している。
そう。
わたしがロゼを完璧に演じきったとしても、そもそも物語はバッドエンディングに向かう可能性は大いにあるのだ。
それに現実というのは乙女ゲームのように優しくはない。
むしろバッドエンディングに物語が動くのは自然な事なのかもしれない。
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだ。
そうとなれば……。
「承知致しました。いよいよお嬢様の声明を王国中に出すのですね?」
教室でシャルロットが胸に手を当て跪いている。
わたしと彼女が主と従者ということは周知の事実だが、変に目立つ行為はやめて欲しい。
「いや、そんなことしないからね」
「え、それでは何を?」
物語が上手く進まないのなら、わたし自ら描けばいいのだ。
運命とは自らの手で切り開くもの。
わたしは勘違いしていた。
原作知識はロゼを中心に活かすのでなく、リリーを中心に活かすものなのだ。
そのため視線の先には隅っこで肩身を狭そうに座っているリリーちゃんに向かう。
「え? お嬢様の視覚情報を平民が奪っている……? 人の感覚の8割は視覚と言われています。つまり今、お嬢様の感覚のほとんどは平民に犯されている……?」
おかしいおかしい。
突然、狂ったとしか思えない変なことを口走るこの従者。
振り返ってみると、この子で進行が妨げられている事も多い。(レオの時とか)
今回、彼女には退場願おう。
「シャルロット、わたし今日のおやつにアップルパイが食べたいわ」
「かしこまりました。……ですが、珍しいですね? いつも節制されているお嬢様がお菓子をご所望されるだなんて」
「……う、うん。食べたい気分なの」
本当は毎日食べたいのを、我慢しているのだ。
だってロゼは細身のキャラだから。
わたしが原因で太ってしまって、可憐なビジュアルを崩すわけにはいかない……。
いや、気にし過ぎなのかな?
むしろ太った方が憎たらしさアップでより悪役令嬢としては完成度高くなるかな?
……。
いや、でも女子としてはそこは死守したい。
「食後に召し上がるのですか?」
「いえ、寄宿舎に帰ったらすぐに食べたいの」
「そ、そうでしたかっ」
威勢の良い返事とは裏腹に、シャルロットはあわあわと慌てだす。
「用意できる?」
「しょ、少々お時間を頂くとは思いますが……出来るだけ早急に準備致します。申し訳ありませんが、今日の所は先に帰らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
ふふっ、そうでしょそうでしょ。
シャルロットはこんな無理難題でも出来る限り対応しようとしてくれる。
そうとなれば彼女に出来るのはタイムロスを減らすこと。
必然的に先に寄宿舎に戻ることになる。
「ええ、構わないわ」
「丹精込めてお作り致しますねっ」
「楽しみにしているわ」
はいっ! とシャルロットは元気に返事をすると小躍りするように教室を後にしていった。
ああやって素直な態度をしてくれる時は可愛い子なんだけどなぁ……。
すぐに暴走するから、忘れそうになるけど。
「よし、それじゃミッションスタートね」
わたしは隅っこに座るリリーちゃんの元へ足を運ぶ。
「リリーさん、少しお時間よろしいかしら?」
「は、はいっ」
跳ねるように驚くリリーちゃん。
声を掛けられただけにしては明らかな過剰反応だ。
普段この子どれだけ話しかけられてないんだろ……。
ごめんね、わたしの進行が下手なせいで。
でも、挽回してみせるからね。
◇◇◇
「えっとロゼさん……わたしと一緒に行きたい所って……?」
「貴女は黙って付いて来なさいな」
「あ……は、はい」
こくこくと頷いてわたしの後をついてくるリリーちゃん。
連れて来て何だけど、すごい素直に来てくれたよね。
「こうして一緒に歩いていると、お友達みたいで楽しいですね……えへへ」
「……」
グサッ、と胸に矢が刺さるような思いだった。
本当だったらヒルベルトなりレオが貴女の孤独を埋めてくれるはずなのにね。
よりにもよって悪役令嬢に好意を持つとか……リリーちゃん貴女はだいぶ限界なのね。
その素直な思いの可愛らしさと同時に募る罪悪感でわたしの胸はいっぱいよ。
「……私に友達はおりませんわ」
「あ、そ、そうでしたかっ」
ロゼに友達はいない。
彼女を理解してくれる子は周りにはいなかったから。
今のわたしにはシャルロットがいるけど、彼女も従者であって友達ではない。
ある意味、ロゼはリリーよりも孤独な存在なのかもしれない。
まあ、当然の帰結だとは思うけれど。
「ここですわ」
そうして、わたしは【魔法研究室】と書かれた扉の前に立つ。
本来であればヒルベルトやレオに迫られたリリーちゃんが、逃げるように駆け込んだ先の展開なのだけど……。
当然、そんな流れはないので今回はわたしが連れてきた。
「入りますわよ」
「え、あ、はい……?」
刻印が刻まれているパネルに手を当てると、生徒として認証されている魔力を探知しドアは開錠される。
普段、この教室は学科の時にしか使用されていないのだけれど。
ここに入り浸る生徒が一人いるのだ。
「暗い、ですね……?」
教室の窓のカーテンは閉め切り、電気もつけていないため部屋の中は真っ暗だった。
「はい、どうぞっ」
わたしはそんなおっかなびっくりのリリーちゃんの背中を押す。
「あ、わわっ」
押されたリリーちゃんは勢い余って教室に飛び込んでいく。
「え、誰……」
――ドンッ!
困惑する低音ボイスと同時に爆発音が鳴り響く。
黒煙が巻き起こり、暗かった視界はより闇に包まれていた。
「けほっ、こほっ……な、なんでしょうか……この煙……」
状況を理解できないリリーちゃんは咳き込みながらキョロキョロしている。
煙が少しずつ消え、闇に眼が慣れていくと、その奥にいるシルエットが浮かび上がってくる。
「何って……それボクのセリフなんだけど……。研究の邪魔しないでよ」
ただでさえ暗い部屋で、なぜかフードを被り、紫髪を目元まで伸ばしている少年。
抑揚の少ない声は感情の起伏を感じさせない。
「す、すみませんっ。わたし、そんなつもりじゃなかったのですがっ」
「つもりでも、そうじゃなくても、結果は同じだから意味ないと思うけど」
「は、はわわっ」
慌てるリリーちゃん見て、少年は何か気づき弾くように顔を上げる。
「君、誰……?」
「り、リリー・コレットと言いますっ」
「リリー……ああ、君が噂の……珍しい魔法を使う人か」
「あの貴方の名前を伺ってもよろしいでしょうか……?」
「ボクは……ノエル・モニエ」
そう、彼こそが攻略対象の最後の一人。
そして非常に原作通りの展開で進んでいることに、わたしは歓喜しているのだった。
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