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28 心配して欲しかったり

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 あたしは考える。

 “氷乃ひのとどうすれば仲良くなれるか”だ。

 仲は深まってきたとは思うんだけど、氷乃の小説設定のせいか、どこか一枚壁があるような気がする。

 そして氷乃も、これ以上の進展を望んでいないようにも思える。

 その理由は分からない。

 だけど、氷乃は他人との接点を作らないから無意識的に遠ざけているようにも感じる。

 あたしはそんな氷乃を知りたいと思うし、そのためにはやはりもっと仲良くなる必要がある。

 だから、何をすべきなのか。

 足りない脳を使って考えるわけだ。

「うーん……」

「貴女、どうしたの」

「ん?」

 午後の休み時間。

 考え込むあたしの様子が気になるのか、氷乃の方から声を掛けてきた。

「さっきから眉間に皺を寄せて微動だにしないから、何をしているのかと思って」

「……あー」

 珍しい。

 氷乃があたしの様子を見て、特にこれといった用事もなく気にしてくれたらしい。

「心配してくれてんの?」

「……そこまで言っていないでしょ」

 うんうん、氷乃は素直じゃないのでこう聞いてしまうと斜めな返事が返ってくる。

 でも、多少なりと気を遣ってくれたのだろう。

 ……もしかして、この路線はアリなのではないか?

「あー……なんか、体がダルくてさ。授業ちゃんと受けられないかも」

「そう、なら早退でもすれば?」

 ですよねぇ。

 そうなっちゃいますよねぇ。

 だがしかし、ここで諦めるあたしではない。

「いや、ちょっと休めば治ると思うんだけど」

「だから、家に帰って休みなさいと言っているのよ」

 ……もうちょっと分かりやすく心配してくれないかな?

 なんていうか、もっと手前の反応が欲しいんだよ。

 “大丈夫? どこか痛いの? 熱はない?”

 みたいな諸症状を心配してほしい。

 “体調悪いなら家に帰れ”

 みたいな大雑把な反応じゃなくてさ。

「でも、家に帰るほどではないかなぁ……?」

 もしかすると、あたしが考え込んでいた前振りもあって、病状が深刻だと思われているのかもしれない。

 だから、そんなに大変な状態ではないことを伝えておこう。

「なら、我慢なさい」

 なんだ、こいつ。

 ちょうどいい反応はないのか。

 なんで10か0しかないんだ。

 こうなってくると本気で心配されたくなってきた。

「我慢はしてるんだけど、でもそれも疲れてきたというか……」

「それでも自分の態度は考えるべきね。休むなら休む、勉強をするのならちゃんと取り組むべき」

 だからさぁ。

 あいだが欲しいんだよ、間がっ。

 そんな正論じゃなくて、もっと他愛ないやり取りがしたいんだよっ。

「あたしが氷乃の立場なら、どう苦しいのか気にしたりするけどなぁ……?」

 もうこっちもヤケクソだ。

 氷乃に繊細なやり取りを期待する方が間違っているのだ。

 もうほとんど本音を暴露する。

 あたしのことを心配してくれアピールだ。

 どうだ、さすがにコレなら氷乃もあたしの言いたいことが分かってくれるでしょっ。

「私は医師ではないから聞くだけ無駄よ。そんな時間があるなら病院に行った方がいいわ」

 第三の選択肢が出てきた……。

 だけど、あたしのして欲しい心配じゃ全然ない……。

 どうして氷乃は結論しか口にしないんだ。

 手強すぎるよこの子。

 やはり氷乃との関係性を深めるなんて難しいのかと、がっくりとうな垂れる。
 
 あたしの心はすっかり曇天模様です。

「どうしたのかしら、早く決断しないと授業が始まるわよ」

「……保健室に行ってきます」

 何となく最後の抵抗で、氷乃が提示していない選択肢をとってみるのだった。

 まあ、そこに何の意味があるのかは自分でもさっぱり分からなかったけど。


        ◇◇◇


 というわけで、現在のあたしの視界は白い天井が広がっている。

 保健室を訪れ、“体調が優れない”と先生に訴えると、特に熱などもないのでしばらく休むように促された。

 そりゃそうだろう、実際は元気なのだから。

 ていうか、コレってサボりだよね。

 何してるんだろうかと思うと同時に、いつもの日常とは違う展開に少しドキドキしたりもしている。

 いつも雑踏の中にある生活の中で、保健室は静かで空気も凪いでいる。

 横になっている安堵感と、白いだけの平面的な視界は何だか落ち着きを感じる。

「とは言え、やることもないんだけどねぇ」

 当然と言えば当然、やることは一切ない。

 午後の授業もあと二教科だったし、少し経ったら教室に戻ることにしよう。

 そして氷乃には“寝たら治った”と伝えよう。

 うん、方針は決まったので、やることは一つ。

「寝よう」

 学校でこんなにちゃんと寝れる機会なんて滅多にない。

 こうして静かに一人でいると眠気も襲ってくる。

 あたしは目を閉じて、その眠気に大人しく従うことにした。






「……なさい」

 なんか、音が聞こえる。

 真っ暗な世界の中で、その音だけがあたしに届いて来る。

「……さいってば」

 今度は音と同時に体が揺れ始める。

 非常に不快だ。

 目の奥が重たいのに、その刺激があたしを無理やり呼び覚ましてくる。

 ううん、なんなんだ……。

 静かにしてくれ……。

「起きなさい」

 ――ぺちんっ。

「いたっ!?」

 頬が痛んで反射的に目を開けた。

 そこには黒髪の少女が平坦な表情であたしを覗き込んでいた。

 ていうか、氷乃だった。

 なんだ、この状況。

「……なにしてんの?」

「寝ぼけているのかしら、貴女が保健室から戻ってこないから起こしに来たのよ」

「……保健室?」

 きょろきょろと当たりを見回す。

 白いカーテンで囲われた空間に、ベッドに横たわるあたし。

 ああ、そうだった。

 保健室で寝てたんだった。

「わざわざ起こしに来てくれなくても、自分で戻れるのに」

「……それはもっと早く起きてから言うべきね」

「ん?」

「授業、終わったわよ」

「え」

 確かに言われてみると、最初来た時より部屋は薄暗い。

 カーテンから透けて差している日差しもオレンジ色に染まり出していた。

 夕方やないかいっ。

「あちゃー……寝すぎたか」

 やはり静かな場所で寝るのは危険だな。

 二時間は寝てしまったらしい。

 ……まあ、寝てしまったものはしょうがない。

 帰ろう。

「そんなに体調が優れなかったのかしら?」

「え……あ、まあ」

 言えない。

 ただ、何となくノリで来ることになって気持ちよく寝ていただけだなんて。

 氷乃に怒られそうで言えない。

「これだけ眠って、起きても呂律が回らないようだし。相当体調が悪かったのね」

 いいえ、ただ惰眠を貪っていただけだし、呂律が回らないのは寝起きで後ろめたい感情があるからです。

 しかし、氷乃はどれもそれを体調の悪化に紐づけてくれる。

「貴女の鞄は持ってきたわ」

「あ、ありがと……」

 だが、しかし何だろう。

 後ろめたいはずなのに、あたしの心はどこか弾んでいる。

「動ける状態なのならいいのだけれど。難しいなら親御さんに迎えに来てもらった方がいいのかしら?」

 気持ちが弾んでいる原因は分かっている。

 氷乃がこうして放課後に保健室を訪れて、鞄まで持ってきてくれて、その後の対応まで考えてくれている。

 これ、どう見てもあたしのこと心配してくれてんじゃん?

「あ、大丈夫。今だいぶ治ってきたから」

「そう? それならいいのだけれど」

 あたしは起きて、氷乃から鞄を受け取る。

「先生に大丈夫だって伝えてから、帰ることにする」

「分かったわ」

 氷乃は特に何も言わないが、その態度が少し柔らかくなったように見える。

 だから聞いてみたくなった。

「もしかして、心配してくれた?」

「隣のクラスメイトが急に寝込んで心配しないでいるほど、薄情な人間ではないわ」

 うん、非常に氷乃らしい回りくどい発言ではあるけども。

「また保健室に来るのもアリかなぁ」

「何馬鹿なことを言ってるのよ」

 そう口にしてしまうくらいには、氷乃はあたしのことを思ってくれているようだった。
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