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19 ぼっちと孤高

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「三角関係って知ってるかしら?」

 休み時間、隣の子がなんか変なことをあたしに聞いてきた。

 改まってこんな質問されるの初めてなんだけど。

「いきなりだな」

「やっぱり知らなかったのね」

「いや、知らないんじゃなくて。氷乃ひのが突然変なこと言ってるのに驚いたんだけど」

 そんな無知を見るような目であたしを見るのはやめてもらいたい。

 自覚はあるけども。

「変なことではないわ。恋愛を描くにおいて重要な要素でしょ?」

「ああ……まあ、そうかもね」

 確かによくある展開ではあるけれど。

 それをどうして改まって聞いてきたのかが謎なのだ。

「だから、三角関係を作った方がいいと思うの」

「……はい?」

「そうすることで物語に展開を生み、登場人物は恋心を加速させるのでしょう? なら、そうすることで私もより恋心を理解しやすくなると思うの」

「……氷乃ってさ」

「何かしら」

「実はアホの子?」

「……」

 氷乃は感情を失った眼で、スマホを持ち出し、目にも止まらなぬ速さでタップしSNSのアプリをダウンロードする。

 ……いや、あたしの写真をバラまく気か!?

「ごめん、ごめんって!」

 さすがに氷乃の開設したアカウント一発目の写真があたしだと噂になる。

 最近忘れがちだが、彼女は学校中の注目を浴びる人物でもあるのだから。

「発言は誰しもが自由だけれど、私にも自衛する権利はあるのよ」

「……あたし相手に防御力高すぎないか」

 もはや攻撃ですけどね、それ。

「貴女も発言には気を付けることね」

「へいへい」

 あたしはやっぱり氷乃に絶対服従なのか……?

 いやいや、補欠合格が首席さまをアホ呼ばわりはさすがに違和感あるもんな。

 きっと氷乃もそれが言いたかったに違いない。

 日常会話を制限されることはないはずだ。

「返事は“はい”よ」

 うん、日常会話も制限されるかもしれない。

 というか矯正?

「それでなんで三角関係なんて作ろうとするわけ」

「言ったでしょ。私は物語に展開を作りたいのよ」

「そうすれば、もっと恋心を理解できると?」

「恋をするのに“嫉妬”は重要な要素なのでしょう? 三角関係はそれを認識しやすい状況のようだから」

 我ながらなんだこの会話。

 頭がバグリそうだ。

 自分から三角関係を作ろうとする人なんて初めてだし、それを恋心を知るために俯瞰的にやろうとしているのも意味が分からない。

 いや、氷乃はずっと意味が分からない子ではあるのだけれど……。

「氷乃」

「何かしら」

「それは無理だ」

 氷乃はその意図を考え込むように数泊置いて。

「……つまり、貴女は私を独占していたいから、ライバルを増やすのは認められないと?」

「ちがうわっ、そこまであたしも物語に感情移入してないわっ」

 小説、つまり物語の話をしているのに。

 登場人物が氷乃とあたしだから話が妙にややこしいものになる。

「いいのよ、素直になりなさい。貴女はこの物語のヒロインなのだから私に対して嫉妬の感情を覚えるような展開を生みたくないのでしょう?」

「……いや、仮にそうだとしてさ。そこまで氷乃も推測できるならやっぱり要らないんじゃない?」

「どういうことかしら」

「嫉妬の感情がどういうものであるのか何となく分かるんでしょ?」

 それが負の感情であることは察しがついていそうな発言だった。

「客観的にはね、反応を見るに嫌なものであるというのは推察できるけれど。でも私自身にとっては謎の感情よ」

「……あ、そう」

「だから三角関係を作ることに何の抵抗感もないわ」

「……なるほど」

 まあ、そうか。

 嫉妬の感情を分かる人が三角関係を作ろうとか言い出さないか。

 でもね、あたしが言っているのはその感情の良し悪しで言っているわけじゃない事に気付いてもらいたい。

「いや、あたしぼっちだから」

 そう、単純な話。

 あたしにそんな声を掛けられる人がいないのだ。

 いたとしても、こんな謎行為のために声を掛けるかどうかは怪しいけど。
 
「……可哀想な人」

「いや、氷乃もだよねっ!?」

 何だか物凄い哀れみの視線を送られていたっ。

 どういう気持ちでそんなこと出来るんだ、この人。

 理由は違えど同じ境遇のはずだよね、あたしたちっ。

「別に一人でいることを憐れんでいるわけではないわ。ただ“ぼっち”なんていう弱者的表現で自らを卑下する姿勢が可哀想と思っただけよ」

「……なんだその斬新な解釈」

「私は一人でいることを受け入れているけれど。それをぼっちなんて表現しないわ、あえて言うなら孤高ね」

 自分で言うな自分で。

 確かにぼっちと同じような意味なのに、断然カッコよく聞こえるけども……。

「……ああ、分かった、氷乃が素晴らしく頭がいいのは分かったから。頼むからその頭脳を皮肉る方で発揮しないでくれ」

「皮肉を言ったつもりはないけれど」

 ないんかい。

「まあ、でもあたしたち最近一緒にいるし。ぼっちでも孤高でもないなっ」

 そうそう、冷静に考えてここまで明け透けに語る仲なのだから。

 今となっては一人というわけではないだろう。

「……そうとも言えるのかしら」

 ちょっと面を食らったかのように瞳を瞬かせる氷乃。

 お、いいじゃん。

 普段からそういう表情しなよ、冷たい顔してるよりよっぽど可愛いじゃん。

「うんうん、いいよね一緒にいるのって」

「……まあ、こうして語り合える相手がいる方が理想的ね」

 おお、氷乃が珍しくあたしの意見を受け入れてくれているっ。

 地味に嬉しいかも。

「そうそう、ぼっちにしろ孤高にしろ、やっぱり一人よりは誰かと一緒にいた方が楽しいじゃん」

「そうね」

 頷く氷乃。

 なんだ、心の冷たい部分があるヤツだとは思ってたけど、こうして話せばちゃんと分かり合える優しい人なんだ。

 これを重ねていけば、もっと対等な関係性を築けるかもしれない。

「一人より複数の方が理想的……つまり三角関係の方がより良いということね?」

「……氷乃さん?」

「やはり私の考えは最初から間違っていなかったということだわ」

「いや、氷乃さん間違ってますよ」

「なぜ? 貴女が今それを証明したばかりでしょ?」

 ううん……この。

「分かった、氷乃はやっぱりアホの子だ」

「……」

「ああ、ごめんっ! 写真バラまかないでっ!」

 氷乃と対等な関係性を築くのは、まだまだ時間が掛かりそうです。

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