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15 隣のギャルは変な人

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 私は他人に対する興味が希薄だ。

 これは私の根本的な性質で、それゆえに他人とのコミュニケーションをとることが難しかった。

 興味がないものに触れ続けるのは誰にとっても容易ではないだろう。

 それが私にとって人間関係というものだった。

 悩まなかったわけではない。

 集団生活を生きるのに、この気質は明らかにマイナスだった。

 しかし、努力しようにも感情と理性が解離しているのだから上手くいくはずもない。

 感情がなければ熱はこもらない、そんなのは一見すれば誰だって伝わってバレてしまう。

 だから、私は一人でいることを選ぶことにした。

 どこか人として欠如している自分自身を無視して――。






 けれど、その考えを改めるタイミングが訪れた。

 きっかけは些細な出来事。

 高校に入学し、私の隣の席になった少女によるものだった。

 初めてその子を見た時、赤茶色の髪に目を惹かれ、派手で芯が強そうだと思った。

 そして私のような存在は一番嫌いなタイプの人間だろうと、自分の中で早々に切り捨てていく。

 いつものルーティンに近い。

 こうして触れ合わない理由を作ってしまえば、一人で過ごす正当性を見出せるからだ。

「……あ」

 そんな時、シャープペンを転がしてしまう。

 それは隣の少女の足元に行き着き、その手によって拾われた。

「落としたけど?」

 ぶっきらぼうだった。

 いや、拾ってくれた行為自体はとても親切だけれど、その視線や物言いがあまりに不躾だった。

 派手な見た目の印象も相まって、不機嫌なようにも見える。

 私が面倒を掛けて怒らせてしまったのだろうか。

 だとすれば、あまりに短気だ。

 より一層、関わり合いにはなりたくない。

 その相反する行動と仕草に、私は言葉を失った。

 とりあえず、差し出されたシャープペンだけは貰うことにした。

「あ、ん……?」

「……」
 
 少女はなおも懐疑的な表情を浮かべていた。

「初めまして、あたし朝日詩苑あさひしおんっていうんだ」

「……氷乃朱音ひのあかね
 
 急な自己紹介。

 どこか唐突で、不自然だった。

 私と関わるとだいたいそういう空気になるが、今回は彼女の方がその空気を作り出していた。

 その後も矢継ぎ早に、あれやこれやと私のことについて聞いて来た。

 けれど、話しはどこか宙に浮きフワフワと掴みようのない話題ばかり。

 初対面は誰でもそうかもしれないが、彼女のそれは如実にその空白さを感じさせた。

 その空気は私がよく作り上げているものだったが、こうして吸う側になると中々に酸欠気味だった。

「あなたと仲良くするつもりないから」

 だから、彼女との会話はすぐに打ち切った。

 その空気に私は耐えられなかったからだ。

 少しの時間が経った後、どうして私はその空気に耐えられなかったのかと考えた。

 答えは単純だった。

 似た者同士の空気が、何となく気恥ずかしかったのだ。






 それから月日が経ち、彼女のことが少しだけ気になるようになり目で追うようになっていた。

 朝日詩苑は私と同じ、一人でいる人物だということはすぐに分かった。

 彼女の場合は、その見た目と言動の強さから起因するようだったが。

 それでも彼女のコミュニケーション能力の乏しさは、シンパシーを感じさせた。

 そして、私が他人に興味を示す反応自体が私にとって驚きだった。

 彼女のことを知れば何か変わるかもしれない。

 近しい人間の感情を理解すれば、私自身を見直すきっかけになるのではないかと期待したのだ。

 だから、朝日詩苑をモデルに小説を書いてみようと考える。

 私の中で指針が決まり、放課後に教室で一人残りノートにペンを走らせてみた。

「……よく、分からないわね」

 その手はすぐに止まった。

 物語なんて書いたこともなければ、他人の感情を察するようなこともしたことがない。

 自分ではない誰かを書くことが、こんなにも難しいとは思ってもいなかった。

 すぐに詰まる。

「空気を換えようかしら」

 煮詰まったのを空気のせいにして、窓を開けてみる。

 春の夕暮れの空気はまだひんやりと冷たい。

 校門に向かい帰路に着こうとする生徒の後ろ姿を見て、その中に朝日詩苑の姿を探す。

 そして我に返る。

「……私は、何をやっているの」

 一人で朝日詩苑のことを空想し、息抜きの景色の中で朝日詩苑を探す。

 こんなことがあるだろうか。

 朝日詩苑で行き詰っているのに、それでもなお朝日詩苑を追い求めているみたいだ。

 自分でもよく分からない反応に混乱しはじめる。

「座ってばかりいては集中力が落ちると聞いた事があったわね」

 適度に体を動かした方が脳の覚醒に良いらしい。
 
 私は廊下に出て、何かを振り払うように歩くことにした。

 もう教室には誰もいないし、すぐに戻ってくるつもりでノートも窓もそのままにしておいた。

 その行動が、きっかけを生んだ。

「――え」

 教室に戻ると、真っ赤に染まっている少女がいた。

 朝日詩苑の赤茶色の髪が夕陽に煌々と照らされていたのだ。

 その姿は可憐で、私はその姿を写真に収めようとスマホを手に取る。

 ……いや、これでは盗撮ではないか?

 と一瞬躊躇したのだが、その迷いは一瞬で消え去る。

 彼女は、私のノートに鼻を近づけ大きく息を吸っていたのだ。

 ……匂いを、嗅いでいる?

 神秘的な彼女の容姿と相反する意味不明な行為に背中を押され、私はその姿を写真に収めた。

 だが、彼女の奇行はそれで終わらなかった。

 彼女はノートの匂いを嗅ぐばかりでなく、その中身にも目を通してしまったのだ。

 私の空白だらけの空想。

 それでも私自身を覗かれているようだった。

 何もない空っぽな自分を、初めて知られたような感覚。

 だから、もう他人のフリを続けることは出来なかった。

 私は他人を知らない代わりに、他人もまた私を知らなかった。

 なのに、彼女だけがそれを覗いてしまった。

 私の欠片を知ってしまった。

 だから、同じように私も彼女を知る必要があると思った。

「――見たわね」

「ひいっ!?」

 ……え。

 意を決して出て行ったつもりだったが、朝日詩苑は思った以上にか細い声を上げた。

 思っていた以上に小心者なのか……?

 それならそれで好都合だ。

 人と上手く繋がりを作れない私は、別のもので繋がり……縛りを作る必要がある。

 その材料はスマホの中と彼女の手の中にあった。

「私の小説、誰にも見せないつもりだったのに」

 だから、その代わりにあなたの事を見せてもらおうと思う。
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