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33 子供と大人

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「あの、えっと……」

「いいんじゃない?そろそろ隠さなくても」

 七瀬ななせさんは言い逃れを許そうとはしない。

 逃げようとしても、ここはお店でアルバイト中だし。

 どうすることもできない。

「先輩と寧音ねねちゃんを初めて見たときから違和感ありまくりだったし。隠そうとしてるのもバレバレだったし」

 あたしも、もうほとんど白状してしまったようなものだし。

 本当のことを言うしかないのかもしれない。

「さっきの発言は決定的だよね、さすがにもう言い逃れは出来ないでしょ」

「そう、ですね……」

 もう隠し通すなんて無理だ。

「あたし、上坂うえさかさんと一緒に住んでるんです」

「へえ、やっぱりね」

 七瀬さんは大して驚くこともなく頷く。

「寧音ちゃんってさ、何者?」

「えっと……」

 それも言うしかないんだろうか。

「若いよね」

「はい、高校生なので」

「高校……」

 そこまでは予想外だったのか、七瀬さんはここで初めて目を丸くする。

「女子高生が上坂さんと一緒に住むってどういう状況なのかなぁ。謎だなぁ」

「まあ……色々と」

「家出ってこと?」

「……そうです」

「ワケありなんだ?」

「はい」

 そこから先の内容はさすがに言わないようにしたい。

 あたしにとっても、上坂さんにとっても人に知られて得をするような事がない。

「ま、それは追々として」

 いずれ聞かれることがあるような口ぶりで、あたしの身は少し強張る。

 なんだかずっと空気が薄い。

「いつまでそうしてるつもりなの?」

「いつまでって……」

 そんなの決めてないし、分からないけど。

 でも上坂さんがいいって言ってくれるなら、まだあたしはここにいたいと思っていて……。

「寧音ちゃん。わたしね、ある程度のことは当人たちが同意しているなら社会的な常識はどうだっていいかなとは思っているんだ」

「それって……」

「でもね、それは対等な関係だったらの話ね。どっちかに迷惑や負荷を強いるような関係性なら、わたしは反対なの」

「……はい」

 きゅっと喉の奥が閉まる。

 それはきっと、あたしのことを指している。

「最近の上坂さんの仕事ぶり、知ってる?」

「いえ……」

 これは、マウントか何かだろうか。

 あたしが職場の上坂さんを、一緒に働いている七瀬さんより知っているわけがない。

「最近、変なんだよ。頼まれてた上司の仕事を忘れたり、ぼーっと仕事が手につかなくなってたり、会議の時間忘れちゃったり」

「そう、なんですね……」

 初めて聞く出来事だった。

 上坂さんは仕事の話は全然してこないし、そんなミスをしたという話は一度も聞いたことがない。

「わたしが先輩のことを知ったのは入社してからの一年ちょいだけど、それでもあんな先輩を見たのは初めてだった」

「……」

 七瀬さんは、何が言いたいんだろう。

「先輩、仕事は早いし正確で誰よりも几帳面なんだ。だから色んな人に信頼されてるし頼られてるんだよ」

「すごい、ですね……」

 家の中じゃ、そんな印象ぜんぜんなかったけど。

 やっぱり職場での上坂さんってすごいんだな。

 一緒に働いている七瀬さんが言うのだから、間違いないんだろう。

「そんな先輩が最近ミスばっかりするようになったの。わたしね、その変化が起きたタイミングで寧音ちゃんのこと知ったんだよね」

「……」

 七瀬さんが言わんとすることが、何となく、分かってきた。

「わたしね、先輩が寧音ちゃんと会ってからそんな状態になったと思ってるんだ?」

「そう、なんですね……」

 どうしてそうなっているのかは、あたしには分からないけど。

 確かにタイミングとしては、そうなる。

「知らない女子高生と同居なんて世間的にどう見られるか分かんないし、会社の人にバレたらどうしようって誰だって考えるでしょ。それが負担になってるのは分かるよね」

「で、でも、これは上坂さんが認めてくれて……」

 さすがに、それをそのまま頷くことは出来ない。

 確かにあたしは上坂さんに迷惑をかけている。

 でもそれは上坂さんの同意を得た上で、一方的に行っていることじゃない。

「だから、わたしはこうして寧音ちゃんにだけ言ってるの。分かんない?」

 にこっと七瀬さんは笑う。

 いつものようなにこやかな表情なのに、声音は無機質な冷たさ。

 そのギャップが異様に恐怖を煽ってくる。

「子供のワガママで、大人に迷惑をかけるのはやめようよ」

 それが七瀬さんの本音だ。

 七瀬さんはあたしが上坂さんと一緒にいることを快く思っていない。

 それが、はっきりと分かった。

「……そんなこと、してないです」

「あのさ、先輩にとって今が大事な時期なの。分かってる?」

「……えっと」

「今のところ結婚が選択肢にない先輩にとって、30代になればどんどん重要な仕事が任されるようになるし、役職にだってつくことがある。特に仕事が出来る上坂さんって、そういう人なんだよ?」

「それは、すごいと思いますけど……」

「それをさ、つまんないミスで仕事の評価落としたらどうなるの?」

「どうって……」

「恋人はいない、仕事でも立場がない。それって女にとってどれだけ惨めか分かってる?」

 そんなこと、あたしに言われても……。

 社会を知らないあたしに、そんなこと言ったってどうしようもないのも分かってんじゃん。

「子供の寧音ちゃんは間違ったことをしてもやり直せるし、青春の1ページとして笑って振り返られるだろうけどさ。大人の上坂先輩は、間違ったことをするとやり直せないし、その痛みは場合によってずっと残るんだよ?」

「……七瀬さんは、あたしにどうしろって言いたいんですか?」

 ずっと回りくどく説明してきたけど。

 結局、あたしにどうして欲しいんだろう。

「先輩のことを本当に親身に思うなら、とっとと家に帰りなって。それだけ」

 そして、また笑う。

 あたしは、それに言葉を返せないでいる。

「あ、それじゃあ注文お願いするね。えっと……サンドイッチとアイスコーヒーでお願いします」

 その後どうやって接客したか覚えていない。

 ただ、今のあたしは上坂さんにとって迷惑をかける存在でしかないと。

 それなら、いない方がいいんだと。

 上坂さんと会うことが罪であるという意識だけはしっかりと芽生えていた。

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