26 / 111
26 二人の空間 side:日奈星凛莉
しおりを挟むお、おお……。
涼奈が、涼奈があたしの家にいる。
あたしが誘ったんだから当たり前なんだけど、その事実に興奮と焦りが同時に押し寄せている。
「すご」
涼奈はエントランスに入るなり、驚いたような声を上げた。
このマンションは街の中でもわりと立派な方らしいから、新鮮に映っているんだと思う。
「あー……あはは。親の力って感じだよね」
とは言え、これはあたしの力でも何でもなくお金を出してくれているパパのおかげだ。
女子高生が一人暮らしするには立派すぎる家をパパは用意してくれている。
でも友達を入れるのは初めてだから、そんな反応をされるとは思わなかった。
涼奈は物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回している。
その仕草がなんだか小動物みたいでかわいい。
「こっちだよ」
涼奈は周りを見ているとすぐに足を止めてしまうので、声を掛けて案内する。
それに涼奈は素直に従って、あたしの後ろをトコトコと付いて来るのがかわいらしい。
「やはり環境が人を育てるのか……」
涼奈がぽつりと呟いた。
「どういう意味それ」
「綺麗な人は綺麗な場所から生まれるんだなって」
「涼奈がまた変なこと言ってる」
涼奈はいつも多くを語らないくせに、いきなりとんでもないことを口にする。
しかも無表情で言うから、冗談ではないと分かって尚恥ずかしい。
涼奈はしきりに首を傾げていて、あたしが言った事が理解できていないようだった。
これだから天然は困る。
あたしは息を整えて、扉のロックを解除する。
「どうぞ」
「お邪魔します」
涼奈がリビングへ入る。
相変わらず周りをずっと見ている。
普段、涼奈は何事にもあまり興味を示さない。
だからその様子を見ていると、あたしに興味を持ってくれていると思えて嬉しくなる。
「何にもないけど、まあ座ってよ」
涼奈をソファに座らせて、あたしはキッチンに向かい電気ケトルを手に持つ。
「凛莉ちゃんの部屋どこ?」
と思っていたら、急に涼奈があたしの部屋に興味を示す。
いや、ちょっと待って欲しい。
「え、もう入る感じ?」
「ん?ダメなの?」
自分が住んでいるマンションに涼奈を入れるだけでも結構緊張してるのに、このまま部屋に入れたらもっと緊張してしまいそうだ。
「凛莉ちゃん、もしかして部屋片づけてないとか?」
「ちっ、ちがうし!ちゃんと掃除はしてるからっ。片付いてはないかもしれないけど……」
なんせ涼奈を家に呼ぼうと思いついたのはついさっきだ。
距離を縮めようと決めたら、自分でも驚くほど大胆になっている。
事前に計画していたらもうちょっと片付けておいたんだけど、思い付きのせいで完璧な状態ではない。
それが余計に緊張させる。
「ふーん。じゃあ問題ないよね、部屋行こうよ」
「わかったよ。でもちょっと待って、涼奈は紅茶飲める?」
「うん、飲める」
「おっけ。そしたら先にあたしの部屋ね」
電気ケトルに水を注いでスイッチだけ入れておく。
「はい、お待たせ」
そのまま部屋へ案内する。
「おおっ」
部屋を見た瞬間、涼奈は声を漏らした。
明らかにエントランスやリビングを見た時の反応とは違う。
もっと生々しい驚きを感じているように聞こえる。
なんだろ、あたしの部屋が変とか?
涼奈の趣味に合ってないとか?
……ちょっと怖くて聞けない。
「いや、そんなにジロジロ見んなし。恥ずかしいじゃん」
「え、そうなの?」
「そこまでガン見する人いないって」
あたしの一部を見られているみたいで、なんか照れる。
「とりあえず座んなよ。って言っても椅子とかないからベッドか床になっちゃうんだけど」
「あー……」
涼奈は難しい顔して一瞬悩む。
だけどそのまま床に座った。
「別にベッドでもいいけど?」
「ここでいい」
せめてベッドを背もたれにしたら、とは思ったけど。
涼奈はそこがいいようで、微動だにしない。
あたしは楽になりたくてブレザーとリボンを脱いでハンガーに掛けておいた。
「もうお湯沸いたかな。ちょっと見てくる」
「うん」
部屋を出る。
キッチンに戻るとお湯が沸いていた。
ティーポットに茶葉を入れお湯を注ぐ。
蒸らして、茶越しを通してティーカップに注いだ。
「そして、あとはコレね」
今日作っておいたクッキーだ。
本当はお昼に涼奈に食べてもらおうと思ったんだけど、さすがにお弁当にお菓子もあげるのはやりすぎかなと思って控えたもの。
「まさか、こんな展開になるなんてね。作っておいてよかった」
思い付きとは言え、上手く事は進んでいる。
涼奈があたしの部屋で、あたしの入れた紅茶を飲み、あたしが作ったクッキーを食べる。
それはとても興奮する。
涼奈の一部があたしになるみたいで気持ちがいい。
こうしてあたしのテリトリーに涼奈がいると、緊張感はあるけれど安心もする。
このままずっと捕まえておきたいと思ってしまう。
涼奈は小動物みたいだから、きっとそんな気持ちになるんだ。
あたしはトレーに紅茶とクッキーを乗せて、部屋まで運ぶ。
「おまたせー」
部屋に戻ると涼奈があたしを見る。
「ごめんね、全部やらせて」
涼奈が申し訳なさそうに謝ってくれてる。
嬉しいし、かわいい。
そのままぎゅっと抱きしめたくなるような庇護欲を掻き立てられる。
「いいのいいの。お客さんなんだから楽にしてよ」
でもあたしはその感情は隠して、大人っぽく振る舞っておく。
あまり積極的になりすぎても涼奈は引くだろうから、そこは弁えないと。
「はい、どうぞ」
あたしは屈んで、紅茶とクッキーをローテーブルの上に置く。
「あっ、ありがとっ」
「……? どういたしまして」
心なしか、涼奈の声が慌てているように聞こえた。
顔を見ようとしたけど、涼奈は下を見ていたので表情は読み取れない。
まあいいや。
「それ、食べていいからね」
「うんっ」
そう言うと涼奈は高速でクッキーを手にして口に運んだ。
珍しくお腹でも空いていたのかな……?
でもすぐに食べてくれるのは嬉しい。
気になるのは味の感想だ。涼奈の舌に合うだろうか。
「……どう?美味しい?」
「うん」
あたしはベッドに座り、涼奈の様子を眺める。
涼奈はサクサクとクッキーを食べてはいるが、その返事はどこか上の空だ。
「ほんとに?」
「え、うん」
……怪しい。
「涼奈、さっきから“うん”ばっかりじゃん。ほんとは口に合わなかったとか?」
「そ、そんなことないよ」
そう言いつつも、涼奈の声は何かを隠しているように聞こえる。
それに涼奈はずっと下を向いている。
顔を見せてくれないと、どんな気持ちになっているのか分からない。
「じゃあ、なんで下ばっかり見てんの?」
そう言うと涼奈はおずおずと顔を上げた。
「ほんとに美味し……っ、あ」
涼奈が顔を上げてやっとこっちを見たと思ったら、固まった。
あたしの顔は見ていない、それよりもっと下で視線は止まっている。
「ん?」
涼奈は慌てたように顔を赤らめると、またうつむいてしまう。
何があった……?と、涼奈の視線の先を追うとあたしが足を広げ過ぎていたことに気付く。
「え……あっ。あー、あはは、ごめんごめん。家だからってちょっとだらしなかったね」
あたしはパタッと足を閉じる。
た、多分。見えちゃったってことだよね……?
「いや、わたしの方こそごめん」
涼奈は下を向いたまま、コクコク頷いている。
やっぱり涼奈はあたしの下着を見て慌てたんだ。
「いやいや、あたしこそ変なモノ見せちゃって。そりゃ困るよね」
「ううん、そんなことない」
「あ、そ、そっか……」
いや、でも待って。
女子同士で下着を見られたからって、そんな反応する子はいない。
だいたいは笑って済ますか、気にもしない。
なのに涼奈は恥ずかしそうにうつむいて、あたしと視線すら合わさない。
それは、どういうことなんだろう。
もしかして、友達とはまた違った意味……?
い、いや、まさかね。あの塩対応の涼奈があたしにそこまでの感情があるとは思えないし。
でも、気になる。
涼奈があたしのことをどう思ってるのか、それが知りたくてウズウズする。
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
檸檬色に染まる泉
鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる