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20 いつかどこかで

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 朝の教室は静かであるべきだと思うわたしだが、集団生活においてその思いが成就することは少ない。

 大人しく過ごしている生徒もいるが、周りの子と談笑している生徒が大半だ。

 だから、教室は朝でも喧噪に包まれている。

 わたしはその物音に隠れるように息を潜めて自分の席へと流れ着く。

 その前には仲睦まじい進藤しんどう兄妹がいるわけだが、朝からどうして二人でいるのかはよく分からない。
 
「いや、だからお昼ごはんが欲しいなら購買で買ってくればいいじゃん」

「俺があんな人混みの中に入って行けると思うのか?せめて何か買っといてくれてもいいとは思わんかね!?」

「思わない!自分で買え!」

「毎朝!?」

「そう!みんなそうしてるのっ!」

「よそはよそ!うちはうち!」

「だからうちは今後そうするって言ってんのよ!!」

 ……ああ。

 どうやらお昼ご飯問題で揉めているらしい。

 進藤くんも自分で買いなよと思うのだが。

 それでもちゃんと話し合ってくれる、ここなちゃんの何と優しいことか。

 普通に無視されてもおかしくない会話。

 進藤くんはもっとここなちゃんに感謝していい。

 と、思うだけで黙って席につく。

「おおい、聞いてくれよ涼奈すずな!ここなのやつ、毎日自分で飯を用意しろって言うんだ……ぜ」

雨月涼奈あまつきすずなも言ってやってよ!そんなの当たり前だし、むしろそれで文句言うお兄ちゃんがおかしい……て」

 ああ、やっぱり放っておいてくれないか。

 この二人の仲裁なんて出来ると思わないんだけど……。

「進藤くんご飯の用意くらい当たり前だよ。どうしても出来ないって言うなら兄妹で交代制とかにしたら?一人分も二人分も大して変わらないんだし、準備する労力は単純に半分になるわけだし」

 どうでしょう。

 まあまあな妥協案だと思うんですけど。

「……」

「……」

 二人ともぽかーん、と無言でわたしを見ている。

「あの、聞いといて無視されるのは傷つくんですけど……」

 そんなおかしなことを言った覚えもないし。

「す、涼奈……それっ」

「あ、雨月涼奈……それっ」

 進藤兄妹が似たような声を上げた。

 二人ともわたしの顔を見ている……。

 それで、何となく察してしまった。

「……なに、なんか文句ある」

 わたしはその間に耐えられず、声を上げる。

 反応しないならしない、するならする。はっきりして欲しい。

 本音で言えば、見てみぬふりしてくれるのが一番だけど。

 この二人に限ってはムリな話だろう。

「お前、アレだけ頑なに三つ編みメガネだったのに……なぜっ!?」

「そ、そうよ!小さい頃からバカの一つ覚えみたいに三つ編みメガネにしてたじゃない!?」

 昔からの顔馴染みであるこの二人が、その変化を見逃さないわけがなかった。

 まさかこんな大きなリアクションをしてくるとは思わなかったけど……。

「い、いいじゃん別に……」

「いやいや、涼奈がそんな大胆なことするなんて何か理由があるに決まってる!何だ、何があった!?」

 生まれ変わったんだよ、と言えば信じてくれるだろうか。

 そして隣にいるここなちゃんはハッと息を呑んでいる。何かを察したようだ。

「お兄ちゃんのバカ!それくらい分かりなさいよ!!」

「ええっ!?……はっ!そうか。失恋か、失恋をしたんだな涼奈っ!?」

「……いや、してない」

 そもそも恋なんてしてない。

「ほんっとお兄ちゃんってデリカシーない!そんなこと言えるわけないでしょ!もっと察してあげなさいよ!!」

「なっ、いや、でも涼奈が俺に隠し事をするわけが……」

「お兄ちゃんだからこそ言えないことだってあるのよ!!」

「え、俺だから言えないの?なにそれ?」

「ほんと、女心が分かってない!しかも幼馴染のくせに気持ちを分かってあげられないなんてっ……クズッ、鈍感ッ!!」

「そんな言う!?」

 しかし、ここなちゃんはそうは言いながらグズッと涙を浮かべていた。

「雨月涼奈はねっ、必死で平気なフリをしてるけど本当は心を痛めていたのよっ」

 ……なんか、ここなちゃんも変な勘違いしている気がする。

 “何だかんだ言って、お兄ちゃんのことを諦めるのにはそれくらいの変化が必要だったのよね?あんたにとって初めての失恋だったんだから”

 みたいな空気感をビンビン感じる。

「だっ、誰だ、そいつ!?おい涼奈、誰にやられたんだっ!?」

「お兄ちゃんでしょうがっ!!」

 ビタンッ、とここなちゃんが進藤くんの頭頂部をビンタする。

「俺なのっ!?」

 ああ……やっぱり勘違いされてるなぁ……。

 でも“何となくイメチェンしたかったんだ”では通用しないだろうし。

 かと言って本当のことを話すわけにもいかないし。

 なにより……。

「ここな見損なった!お兄ちゃんでも、もうちょっと雨月涼奈のこと分かってあげてると思ってたのに!」

「へっ!?分かってるつもりだけど!?ていうか、何でここなは泣いてんの!?」

 この二人のテンションについて行けない……。

 こんなにHRを待ち望んだのは、生まれて初めてだった。


        ◇◇◇


「あっ……お昼買い忘れた」

 朝、慣れないことをしたせいだ。

 一個新しいことをすると、何か忘れてしまう。

「めんどくさいけど、購買に行くかな……」

 重い腰を立たせる。

 すると進藤くんが振り返る。

「しかし、見れば見るほど別人のようだな」

 進藤くんが改めてわたしの姿を眺めていた。

 値踏みされてるみたいで不快だけど、雨月涼奈にとっては望んでいた展開かもしれないから彼女のために視線に耐える。

「……ダメ?」

「いや、いいんじゃないか?その方がずっと女の子っぽいぞ」

「へえ……」

「なんだよその反応、もうちょっと喜べよ」

「発言が上からだからムリ」

「……マジかよ」

 進藤くんはもうちょっと言葉遣いに気を遣った方がいい。

 そんな言い方では届く物も届かない。

 この世界のヒロインは、進藤くんに対する意訳機能がハンパじゃないから伝わるけど。

 そんな進藤くんにも聞いておきたいことがある。

「でもさ、わたしがこうやって変わっていくの進藤くんにとってはどうなの。幼馴染として嫌じゃないの?」

「別に?涼奈がいいならいいんじゃないか。俺もいいと思ってるし」

 最後の余計なセリフがなければ、もうちょっと聞きやすいんだけど……。

 でも、この変化を進藤くんは悪くは思わないらしい。

「そう、ならきっと喜ぶかもしれないね」

「……だれが?」

「進藤くんを想ってる人」

「だから、だれっ!?」

 雨月涼奈。

 この世界線ではあなたの想いは遂げられないけれど。

 もし、違う世界がどこかにあるのなら。そのあなたは変わって欲しい。

 きっと、あなたの思い描く理想に近づけるだろうから。
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