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17 気持ちが隠し味
しおりを挟む「いや、さすがに凛莉ちゃんが食べるのはどうかと思うよ」
お弁当箱を取り上げようとする凛莉ちゃんの手を、わたしはするりと躱す。
「いや、涼奈が他の女の料理を食べるとかありえないから」
「……彼女かっ」
全くなんだそのセリフは。
ここなちゃんと馬が合わないとは思っていたけれど、そこまで目くじらをたてる必要はない。
グイグイと自分の意見を通そうとする積極性はさすが日奈星凛莉だ。
本来であればこのアグレッシブさを進藤くんに向けていたと言うのに……。
なにを間違ったらこんなことになってしまうのか。
……あ、わたしのせいだった。
「彼女、あたしが?」
そんなわたしの苦悩が分かるわけもなく、目をぱちくりさせる凛莉ちゃん。
うん、自分でもありえないとは分かってるけどさ。
そんな匂わせ発言する凛莉ちゃんが悪いんだよ。
「冗談だけどさ、そんな他人のお弁当食べるのにムキになるなんてまるで彼女みたいじゃん」
それも女の嫉妬に心を焦がす乙女のようだ。
凛莉ちゃんがそういう意味で言っていないことは分かるが、何となくそんな雰囲気に聞こえてしまった。
「え、じゃあ涼奈が彼氏?」
「冗談だって言ってんじゃん」
「だから冗談の話だって」
女同士で何言ってんだって話だけど、どちらかが彼氏彼女の立場を選ぶとするのなら……。
「……まあ、それだと逆な気がするね」
「なんで?」
「凛莉ちゃんの方がリードしてくれるし」
「え、えへへ……そうかなあ?」
なぜか嬉しそうな凛莉ちゃん。
「じゃあ、涼奈が彼女かぁ……」
「……まあ、わたしは彼女というよりペットじゃない?」
そして、わたし自ら話の前提を壊す。
わたしは彼女なんて上等なものじゃない、ペットのような扱いがお似合いだ。
ご飯をもらって喜んで寝る。
そんな生活も悪くない。
「涼奈がペット……!?」
そしてなぜか鼻息を荒くする凛莉ちゃん。
「いいよね、憧れるよ。ペットの生活」
「なにそれ、そういう癖!?」
「……ちがうよ。もっと単純な話だよ」
なにやら歪んだ性癖を持っていると思われてしまった。
「す、涼奈は誰かに飼われたいってこと……?」
まぁ……単純にその質問に答えるのならば。
「そうだね、それもアリかも。だからね、わたしの餌を取らないでよ」
わたしは、お弁当を両手で抱いて体で隠す。
「よ、喜んで……」
凛莉ちゃんは意味不明な答えを返してきた。
◇◇◇
「あ、おかえり雨月涼奈」
教室に戻ると、ここなちゃんが待っていた。
……わたしの席で。
なぜかはもう聞くまい。
「た、ただいま……」
「それでどうだったの、お弁当の味は?」
ここなちゃんが期待の眼差しを向けている。
それなりに自信があったんだろうと思う。
確かに味はすごく美味しくなっていた。
「まあまあね」
そして、隣の凛莉ちゃんが即答していた。
(一緒に来ないでと懇願したが、この一言だけは譲れないと聞き入れてくれなかった)
「日奈星凛莉……、あんたには聞いてないんだけど」
「あたしも食べさせてもらったから」
「は……?あんたに用意したものじゃないんだけどっ」
「味の感想を聞くのが目的なんでしょ?じゃあたくさん意見を聞けた方がいいじゃない。それとも涼奈にしか食べさせちゃいけない理由でもあるわけ?」
え、なにこの二人……。
なんでこんなバチバチし合ってるの。
「寝ぼけてんのあんた……?だからってあんたが食べていい理由にはなんないのよ」
「あたしが涼奈に食べるのを許してあげた温情も理解できないの?こっちは全部取り上げてもよかったのよ……?」
とは言っているが、実際のところ凛莉ちゃんはお弁当の中身をほとんど口にしていない。
ただ“この卵焼きだけはどうしても許せない”と、それを口にしただけだ。
そこまでこだわる理由は分からなかったけれど。
「ていうか雨月涼奈、あんた何こいつに食べさせてんのよ」
「ご、ごめん……」
怒りの矛先はわたしの方へ。
不機嫌そうなここなちゃんに頭を下げる。
「……つーかさ。前から思ってたんだけど、あんたなんでタメ語なの?」
……そして、お隣にそれ以上の不機嫌オーラを散布しているギャルがいる。
「敬語使えって言いたいわけ?」
「それが礼儀でしょ」
ま、まあ……ここなちゃんの先輩に対する態度はお世辞にも良いとは言えない。
兄がいるから年齢差を感じないのは分かるし、幼い頃から知り合いの雨月涼奈にフレンドリーに接するのも分かるけど。
それでも、カーストトップの日奈星凛莉にはよろしくない。
「へえ……。校則破りのメイクと制服の着こなしをしている日奈星凛莉が礼儀?学校のルールすら守れない人でも礼儀って語れるのね?初めて知ったわ」
「……ぐっ」
あ、凛莉ちゃんがあまりに見事なカウンター喰らって言葉を失ってる……。
「いるのよね、自分の狭い了見だけで常識とか礼儀とか押し付けてくる人。もっと俯瞰して物事みなさいよ」
「別に、あたしは見た目をちょっとだけ気にしてるだけだし。それに比べてそっちは何よ。上級生のクラスに乗り込んできて兄にお弁当わざわざ持ってくるとか……家で渡せば良くない!?」
いや、それを言ったらおしまいだよ凛莉ちゃん。
それやっちゃうと、ここなちゃんとのイベント全スルーになるんだから。
大人の事情なんだよ。察してあげて……って無理か。
「た、たしかに……」
ハッ、とここなちゃんも気付いた様に驚く。
う、うん……いや、あるよね。
自分では当たり前のようにやっていたけど、不思議と理に適ってない行動って。
「というわけで、もう涼奈に弁当渡さなくていいから。涼奈も要らないって言ってるから!」
何が“というわけ”なのかさっぱり分からなかったけど、凛莉ちゃんが力技に入る。
「なにそれ……別に日奈星凛莉の許可なんて要らないんだけど」
「で、でもね。ここなちゃん、わたしもさすがにお弁当をもらうのは申し訳ないから。味も美味しくなってたし、このままなら大丈夫だよ」
というか、もはや進藤くんのお弁当イベントはなくなったのだから、もうどうでもいい。
とにかく全ての歯車が狂い始めているから、これ以上ややこしい設定は付け足さないで欲しいのだ。
「……そう。美味しかったなら、まあいいわ」
ここなちゃんは思いのほかすぐに納得してくれた。
「というわけで、ここなちゃんは自分のクラス、凛莉ちゃんは自分の席に戻ったらどうだろう?」
この二人がわたしを中心に集まるのはおかしい。
本当はわたしの前の席、進藤湊にこうしてヒロインが集まるはずだったのに。
それが叶わないのなら、せめて離れよう。
離れて一度、考えを練り直そう。
「いや、雨月涼奈に何がどう美味しかったを具体的に聞くまでは戻れないわ」
「は?そんなの聞かなくていいし」
……お願いします。
お願いですから戻ってください二人とも。
幼馴染の妹とカースト上位のギャルに囲まれる地味メガネ。
こんなの構図的におかしいからっ。
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