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13 魔法に掛けられて
しおりを挟む「ここなに料理を教える?雨月涼奈が?」
放課後、進藤くんを迎えに来たここなちゃんに声をかけてみた。
幸いにも進藤くんは先生に呼び出されて教室を後にしていたので、この会話は聞かれずに済んでいる。
「う、うん。どうかなと思って」
「必要ない」
「……え」
即拒否だった。
それも、明らかに苛立ちを伴いながら。
そんな嫌な顔をされると、わたしの心も折れてしまいそうだ。
「はっきり言って余計なお世話。あんたに教わる理由なんてないから」
「えっと、わたし前までは進藤くんにお弁当作ってたし。ある程度好きな物も教えられるかなと思ったんだけど……」
幸か不幸か、雨月涼奈の記憶は残っているため進藤くんに用意していたオカズのラインナップは覚えている。
味付けや量も把握しているので、ここなちゃんにとっても悪い話ではないはずだ。
「なにそれ?ここなにお兄ちゃんを譲った癖に、まだ口出ししようってわけ?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
こっちは良かれと思ってやってるのに……。
「それとも何?負けを認めようとしたけど本当は諦めきれないから、あんたの料理をここなに教える事で雨月涼奈の存在を少しでもお兄ちゃんに残そうっていうわけ?」
「え、あの……」
そ、想像力豊か過ぎない……?
そんな気持ち一切ないのに、ここなちゃんは大変気分が悪いようで負の妄想を積み重ねていく。
「気持ち悪い。そうまでして自分の存在をお兄ちゃんに残したいわけ?どこまで陰湿なのよあんた」
い、陰湿……自覚はあるけど、今はそんなことないはずなのに……。
「そもそもあんたの料理より、ここなの料理の方が美味しいと思ってくれてるに決まってるじゃない。それをどうして教わる必要があるの?」
「い、いやあ……もしかしたら、料理によっては、わたしの方が進藤くんの好みかもしれないしぃ……」
みるみる内に鬼の形相を浮かべていくここなちゃんを前に、わたしの声は先細りしていった。
「あんたのなんかより、ここなの方が全部お兄ちゃんの好みに決まってるでしょ!変なこと言わないでよッ!!」
「ご、ごめんなさいっ……」
あ、あれ……。
わたし一応先輩だよね……なんでこんなに怒られてるんだろう。
良かれと思っても、本人にとっては余計なことってあるけどさ。
でも、これは幾らなんでもツラいなぁ……。
「だいたいね、今更あんたにお兄ちゃんのことでとやかく口出されたくないのよ!」
「いや、わたしもそんな口出すつもりはないんだけど……」
「それがもう出過ぎだって言うの。ちょっと自分に余裕ができたからって、こっちまで偉そうにしないでよっ!!」
よ、余裕……?
わたしにそんなもの一切ないんだけど。
けれど、そんな反論の余地を与えてはくれない。
「もういい、お兄ちゃん職員室なんでしょ!?ここな迎えに行くから!!」
ふん、と鼻息荒くしてここなちゃんは教室を後にする。
全く取り入ってくれないここなちゃんに、バッドエンディングの未来が見えてしまった。
◇◇◇
「――それで、心を折られてそんなになってるの?」
「……うん」
その後、見事にハートブレイクしたわたしは席から動けなくなった。
帰る気力を失ったわたしは机に突っ伏し、視界を闇の底に沈めていた。
そうして人の雑踏が聞こえなくなった頃に、凛莉ちゃんが声を掛けてきたのだ。
「でも断られたからって、そこまで落ち込む?」
凛莉ちゃんはしゃがみ込んで、机の上で横を向いているわたしの顔を覗き込んでくる。
茶色の髪が夕陽に照らされて紅く染まり、光を反射して艶やかな光沢を放っていた。
「勇気出したからね、それがあんなに嫌な顔されちゃうと……」
「豆腐メンタルだなぁ」
凛莉ちゃんは慰めてくれるわけでもなく辛辣な一言を送ってくる。
「もうそれ以上言わないでよ、死体蹴りだよ……」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
悪気なく言ったのも分かるけれど、それでも傷付けるのがわたしのようなメンタル弱者だ。
分かっていても治しようがない、だって弱いのだから。
「それより凛莉ちゃんは何してるのさ、陽気なお友達と一緒に帰らなくていいの」
「だから、一緒に帰ろうと思って待ってんじゃん」
「……わたしが言ってるのは凛莉ちゃんに負けず劣らずのキラキラした女の子のことだよ。わたしは内気で陰湿な子だからね、一緒にしないでよ」
「す、すご……。涼奈メンタルやられると、こんなになるんだ……」
凛莉ちゃんは困ったように笑いながら、再び立ち上がる。
目の前には凛莉ちゃんのスカートがちょうど翻っていた。
彼女のスカートの丈は短いから、素足の太ももが露になっている。
細すぎない、ちょうどいい肉感の凛莉ちゃんの足は綺麗だなと思う。
こうして近くにあると、その肌の質感までよく見えるから余計にそう思う。
「よしよし」
頭頂部にふわりとあたたかい感触があった。
「え……なにしてるの?」
「だから、よしよししてあげてるの。頑張ったのに報われなくて可哀想だねって」
凛莉ちゃんは、わたしの頭を撫でていた。
ふわふわと、わたしの頭の上を彼女の手が何度も滑っていく。
「同情……?」
それとも進藤くんのような一方的な報酬のつもりだろうか……?
「ただ涼奈が元気でたらいいなって、それだけ」
「それだけ……なんだ」
「うん、人生上手く行かない時はあるからさ。それでもこうやって一緒にいてくれる人がいたら、何となく楽になる気がしない?」
起きた事実は変わらない。
でも、凛莉ちゃんの手は確かにわたしの意識をそこから反らしてくれる。
その手は優しくて心地が良かった。
進藤くんがわたしの頭を撫でようと腕を伸ばした時は反射的に避けた。
彼に触れられるのが嫌だったからだ。
けれど、凛莉ちゃんにその嫌悪感はない。
むしろ、少しずつ心が軽くなっている事に気付いてしまう。
「……楽になるかも」
「ね。涼奈、勇気出したのに。ちょっとくらい報われたって罰当たらないのにね」
その声は寄りそうように、他の誰でもないわたしにだけ向けられたもの。
凛莉ちゃんだけが唯一わたしの痛みを感じてくれている。
たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに和らいでいくのだろう。
「凛莉ちゃんすごいね。心の傷を癒す魔法でも使えるの?」
そんなものはないことは分かっているけれど、それでもそういうものがあったらいいと思えるくらいには凛莉ちゃんの存在を感じていた。
「使えるよ」
「……そうなの?」
冗談で言ったつもりなのに、肯定されるとは思わなかった。
「うん、涼奈限定だけどね」
「わたし限定……」
「そうだよ。他には使えないし、使う気もないから」
「そうなんだ……」
それはきっと、彼女なりにわたしに寄り添ってくれた言葉なのだろう。
でも今はそれがうれしい。
「だからね、涼奈は自分を許してあげな。今日は頑張ったんだし、それでいいじゃん」
「上手く行かなったのに、いいんだ?」
「いいんだよ別に」
「そっか……」
「そう」
放課後の教室で、わたしは凛莉ちゃんに頭を撫でられる。
夕陽に暮れていく景色より、その手のぬくもりの方がずっと鮮明に残る。
すうっと引いていく心の重み、それが彼女が与えてくれた魔法だった。
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