77 / 80
最終章 決断
77 日和さんに甘やかされています
しおりを挟むううむ……。
華凛さんには結局、慰められたまま時間を過ごしてしまうのでした。
せっかく時間を作って頂いたのに申し訳ないと思っていたのですが、
『いいのいいの、こういう明莉と接するのも好きだから』
と、笑顔で返してくれるのでした。
優しすぎます……。
いつまでもこんな一方的な優しさに頼っていていいのかと、不安になってきます。
わたしはどうするべきなのか……答えは見えてきません。
そうして華凛さんと別れ、わたしは廊下を歩いていると……。
「あら、明ちゃん。見つけましたよぉ?」
日和さんが柔和な笑顔で迎えてくれました。
ふわふわな雰囲気で、わたしの隣に立ちます。
「うふふ、次はわたしの時間ですねぇ?」
「え、あ、はい。よろしくお願いします」
「ささっ、それでは行きましょうか」
「あの、どちらへ……?」
日和さんは窓から覗ける校門前の通りを指差します。
そこには屋根だけのテントが立ち、人が行き交っています。
「屋台に行きましょう」
なかなかの人混みですが、わたしは覚悟を決めて日和さんと一緒に歩き出すのでした。
空は快晴で、お日様が燦々と照り付けています。
外に出るのには絶好の日なのかもしれませんが……。
「さあ、明ちゃんは何か食べたい物はありますか?」
「あ、私ですか……?」
屋根だけのテントを張り、その下で各クラスが屋台として多種多様な出し物をしています。
生徒も多ければ、文化祭に参加してる人も多いわけでして。
その状況に困惑しているわけですが……。
「お昼前なので、まだお腹はそこまで空いてないのですが……」
「あら、そうですか。それでしたらお食事というよりはお菓子のような物がいいですかね?」
顎に手を当てて、首を傾げて考え込む日和さん。
その仕草だけでもとても可愛らしいです。
「では、あちらにしましょうか」
わたしは日和さんに連れられるがまま、その後をついて行きます。
「クレープ屋さん……?」
「はい、ちょうどよくありませんか?」
確かにお肉とか料理を食べるよりはずっといいとは思います。
「明ちゃんは、どれがお好みですか?」
メニューにはクレープの種類が書き出されています。
生クリームに、チョコチップ、バナナや苺などのフルーツが追加されたものなど。
定番のものが揃っています。
「えと、じゃあ……わたしは苺のやつが好みですね」
「あら、苺が好きなんですか?」
「え、まあ……そうですが」
「可愛いですね?」
な、なにがでしょう……。
よく分かりませんでしたが、気付けば日和さんは注文していました。
それを頂いて、離れた飲食スペースに移動します。
気を遣ってくれたのでしょうか、人気はほとんどありません。
白い椅子とテーブルが置いてあったので、そこに座ります。
「あの、日和さんの分は要らないんですか?」
「ん~? ああ、うふふ、大丈夫ですよ」
日和さんは要らないのなら、わたし一人で食べることに……?
「はい、どうぞ明ちゃん」
「……あ、はい」
すっ、とクレープを口元に運んできてくれました。
やはりわたし一人で食べるんだと理解し、クレープを受け取ろうと手で掴もうとしたのですが……。
「めっ」
ぺしっ、と日和さんはクレープを持つ反対の手でわたしの手を叩かれました。
全然痛くはなかったのですが……どういうことでしょう。
「あの、日和さん……?」
「このまま食べて下さいね?」
「……え」
「このまま、あーんして下さいね?」
日和さんのお得意のやつでした……!
ですが、そのあーんは今まで阻止してきた最後の壁でして……!
「いえ、それはちょっと……」
「ダメですか?」
「えっと、はい、それはさすがに……」
「そうですか……」
しょぼんと肩を落とす日和さん。
罪悪感は残りますが、これを受け入れられる度胸をわたしは持っていなくてですね……。
「はあ……そんなつれない明ちゃんなので、これでも見て癒されますかね……」
おもむろにスマホを取り出して何かを見始めています。
「あの、日和さん?」
「……見たい、ですか?」
「え、あの……」
「傷ついた心を何で癒しているのか、興味ありますか?」
その心を傷付けてしまったのはわたしであるという事実が気になって仕方ありませんが、日和さんが癒されるものには大変興味がありました。
「はい、知りたいです」
「そうですか、では特別ですよ」
スマホをわたしの方に向けてくれます。
そこに映し出されていたのは、浮かない表情でメイド服に身を包み、ハートなんだか握りこぶしを作っているのかよく分からない姿勢をとっている人物……ってえぇ!?
「わたしじゃないですかぁっ!?」
「はい、よく撮れてますよね♪」
「盗撮じゃないですかっ!」
「はあ、可愛らしい……」
スマホの画面を改めて見つめ直し、うっとりしている日和さん。
大事な所を無視されたような気もしますが、今はそれどころではありません。
「けけっ、消してくださいっ!」
「あらあら、明ちゃんはわたしから癒しまで奪うんですか?」
「そんなので癒されませんっ」
「ひどいです……明ちゃん。わたしを傷つけておいて、癒しまで奪おうだなんて……しくしく」
いつもの涙が流れない泣き姿を見せる日和さん。
「わたしに傷付けられているのに、わたしで癒されてるって変ですよっ」
「明ちゃんからしか摂取できない栄養があるんです」
真顔で変なこと言ってます!
しかし、その奇行は未だ止まらず……。
「はあはあ……この癒しをわたしだけ保有しているのは罪深いのかもしれません」
スマホを見つめて息切れを起こし出す日和さん……どんどんおかしな事を口走っていきます。
「拡散して、世界中の皆さんにお届けしないと独占禁止法に引っかかってしまうかもしれません」
滅茶苦茶なことを言い続ける日和さんです……がっ。
拡散って何ですか、SNSにその画像を上げるってことですか!?
「だ、ダメですよっ日和さんっ。そんなことしちゃっ!」
「善行を積むことで、わたしの心は究極に癒されるんですよ?」
もうどこからツッコめばいいかのか、全然わかりかせんっ。
ですが……。
「傷つかないといいんですよねっ、そうしたら許してくれるんですよねっ!?」
「あら……と、言いますと?」
日和さんが暴走を始めた元々の原因はと言えば……。
「食べたいですっ、日和さんのあーんでクレープ食べたいですっ」
「あらあら……とうとう明ちゃん、理解してくれたんですね?」
もうほとんど脅されたような気がしてならないのですが……。
今のわたしにはこうするしか方法が見つかりませんでした。
「それでは、はいどうぞ」
差し出されるクレープ。
わたしはそのまま頬張って……。
柔らかい生地の食感、ホイップクリームのなめらかな口溶けと甘さ、そこに苺の酸味が口の中をさっぱりさせてくれます。
「どうですか?」
「……美味しいです」
恥ずかしすぎますけど、クレープはとっても美味しいです。
とにかく、これでひとまず事なきを得て――
「あら明ちゃん? ほっぺたにクリームがついていますよ?」
「ちょ、ちょちょっ、日和さん!?」
そう言いながら身を乗り出して急接近してきます。
気付けば、頬を伝うしなやかな感触とわずかな湿り気が残っていました。
日和さんは椅子に座り直すと、ぺろりと舌を出します。
「甘いですね♡」
「……ひえええっ」
こ、この方は一体何を……。
「はあ……、これでわたしは胸いっぱいです。もうクレープは十分堪能しました」
なんだかご満悦な日和さん……。
最初からこれ目的だったから、クレープは一つだけしか買わなかったのでしょうか……。
いやいや、まさかですよね……。
その後はクレープを手渡され、わたしはもしゃもしゃと食べるのでした。
終始、日和さんに見つめ続けられているのが気になって仕方ありませんでしたが……。
◇◇◇
「……食べ終わりました」
「はい、ちょうどいい時間ですねぇ。そろそろ戻りましょうか」
わたしたちは立ち上がり、隣り合って教室に向かって歩き出します。
「うふふ、いつまでこうしていられるか分かりませんからね」
「あ、えと……はい?」
急に話を振られ、その内容が掴めなくて聞き返します。
「もし明ちゃんが誰かを選ばれたなら、もうこんなことも出来ませんからね。いつ最後になるかも分かりませんし、今のうちにと」
「あ……あの……」
笑顔でいながら、そこにはどこか悲哀が漂う空気が感じられて。
その言葉に、答えを窮するのでした。
「ごめんなさい、明ちゃんを困らせたいわけじゃないんです。ただ……わたしにも強引になる理由があるんですよってことを、お伝えしたくて」
「あ、はい……」
そうですよね。
日和さんにとっては、自分以外のライバルが他にもいる状況なのです。
それもわたしがはっきりしないせいで……。
そんな難しい気持ちのまま、こんなに笑顔でわたしに接してくれいるのですから。
わたしはもっと感謝すべきなのです。
「うふふ、いいんですよ。明ちゃんは望むがままに自分の心に従ってください、わたしはそれを尊重します。例えそれが、わたしでなくても。いつまでも明ちゃんとは仲良しでありたいですから」
「あの……はい、ちゃんと答えは、出しますので」
それが今のわたしの精一杯で。
どうにか答えられる最大限の誠意なのでした。
それでも足りないことは分かっていますけど。
「でも当然、わたしを選んでくれるのなら大歓迎ですから。遠慮なんてしないで、いつでもお待ちしていますよ明ちゃん?」
そう微笑みながら隣を歩く日和さんの迷いのなさに、わたしは胸が焦げ付くような感覚を覚えるのでした。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。
白藍まこと
恋愛
百合ゲー【Fleur de lis】
舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。
まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。
少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。
ただの一人を除いて。
――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)
彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。
あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。
最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。
そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。
うん、学院追放だけはマジで無理。
これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
わけあって美少女達の恋を手伝うことになった隠キャボッチの僕、知らぬ間にヒロイン全員オトしてた件
果 一
恋愛
僕こと、境楓は陰の者だ。
クラスの誰もがお付き合いを夢見る美少女達を遠巻きに眺め、しかし決して僕のような者とは交わらないことを知っている。
それが証拠に、クラスカーストトップの美少女、朝比奈梨子には思い人がいる。サッカー部でイケメンでとにかくイケメンな飯島海人だ。
しかし、ひょんなことから僕は朝比奈と関わりを持つようになり、その場でとんでもないお願いをされる。
「私と、海人くんの恋のキューピッドになってください!」
彼女いない歴=年齢の恋愛マスター(大爆笑)は、美少女の恋を応援するようになって――ってちょっと待て。恋愛の矢印が向く方向おかしい。なんか僕とフラグ立ってない?
――これは、学校の美少女達の恋を応援していたら、なぜか僕がモテていたお話。
※本作はカクヨムでも公開しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる