13 / 80
第3章 日和
13 心遣い
しおりを挟む日が沈みかけ、夜を迎えようとしてい狭間の時間。
そんな薄暗い路地を、わたしたちは歩く。
「この時間帯になると、やはり冷え込んできますねぇ」
はー、と両手を重ねて息を吐き掛けるのは日和さんだ。
冷たくなっていく空気を感じながら、その肩をすくめている。
「ええ、春なのでまだ寒さが残ってますね」
ていうか、日和さんと二人きりでお出掛けだよねぇ、これぇ……!?
わたしだけ日和さんを独占して、誰かに恨まれたりしないよねぇ……!?
作戦の為とは言え、こんなことをしていいのでしょうか……?
「昼は制服だけでも問題ないですのに、難しい季節です」
「分かります」
日和さんはオーバーサイズのナイロンパーカーを制服の上から羽織っている。
定番で安定なカジュアルコーデなのに、日和さんが着ると品が加味されるのはどうしてでしょう。
とにかく、格が違う。
「そういう花野さんの恰好は寒くないのですか……?」
こんな会話をしながら、わたしは制服のまま何も羽織っていない。
アウターなしで外を出歩いている。
「大丈夫です、日和さんがいれば寒くないです」
「わたしは何もしてませんよ……?」
いえ、なぜか見てるだけで体が熱くなってくるんです。
こんな変態発言さすがに言えませんけど。
◇◇◇
歩いて10分ほどで最寄りのスーパーへと到着する。
日和さんは先を歩きながら、買い物かごに手を伸ばします。
「待ってください、日和さんっ」
「はい?」
その手を制止させて、わたしが先に買い物かごを持つ。
「今日はわたしが荷物運びですから、これは任せて下さい」
「ですが、お店の中くらいは……」
出ましたね。
他人に遠慮してしまう日和さん。
だけど今日のわたしにはそうはいきません。
「重たい物を持ってその繊細な手が傷ついたら大変です。ここはわたしに任せて下さい」
「何だか心苦しいですが」
「いえいえ、これくらいお安い御用です」
ふっふっふ……。
さっそく日和さんに頼ってもらってしまった。
これはなかなか順調なのではなかろうか……?
「わたしに遠慮する必要なんてないですからね。下僕だと思ってください」
「そんな趣味はありませんが……」
あれ、余計なことをちょっと引かれたかもしれない。
「じゃあ、執事だと思ってください」
「……そこまで頼りがいはないような」
うぐっ……。
モブとしての基本スペックの低さが仇になってしまった。
「とにかく、わたしは何でもしますから。困ったら言って下さいね?」
「はあ……」
気のない返事ですが、とりあえずここは良しとしましょう。
天ぷらに必要な食材を揃えると、全体で結構なボリュームになった。
比例して重量もなかなかで、両手じゃないと持ち運べないくらいの重さになっている。
「大丈夫ですか?」
「これくらいへっちゃらです」
「腕が震えてるような……」
完全に失念していたけど。
そもそも、わたしも非力なのだった。
もしかしたら日和さんより力が弱い可能性もあったりして……いや、それはあってはならない。
「武者震い、ですかね」
「……何かと戦っているんですか?」
すいません。
わたしも何を言ってるのかよく分からないです。
とにかく、必要な材料は揃ったのでレジへと向かう。
「お会計は済ませておきますから、花野さんは食材を詰めて頂いててもいいですか?」
「わかりました!」
日和さんから預かったエコバックを持っていく。
ナチュラルカラーの特別主張のないデザインだけど、日和さんが持つと品が……(以下略)
「あれ?」
荷物を一通りを詰め終わる。
けれど、すぐに来ると思っていた日和さんの姿がなかった。
どこにいるのかと視線を散らすと――
「え、あれ?」
なぜか日和さんはスーパーの入り口付近にいた。
それも、なぜか知らない人と。
「……知り合い、かな?」
日和さんはニコニコと笑顔を振りまいている。
振りまいているが……。
「なんか、ぎこちない?」
明らかに愛想笑いというか、見ようによっては困っているようにも見える。
それに所々、手を振るようなジェスチャーも垣間見える。
何かを断っている所作、だろうか。
「……これ、まずいんじゃない?」
危険を察知したわたしはすぐさま日和さんの元へと駆け寄った。
「ねえねえ、いいでしょ?ちょっとだけ」
「えっと、ですから――」
二人の会話は断片的にしか聞こえない。
でも、悠長に事情を把握しているような暇もない。
「はいはーい、わたしが通りますよぉ」
「うわっ、なにお前っ」
「花野、さん……?」
わたしが間に割って入り込む。
荷物も持っていることもあって、かなりの圧迫感を生んだことだろう。
「日和さん、買い物は終わりましたから帰りましょう」
「え、あ、その……」
口ごもる日和さん。
その視線は話し掛けてきた他人に対して注がれています。
「ちょっと待ってよ。今その子をこっちが誘ってたところで……」
「ダメです」
「は……?」
「わたしは今、この子と買い物デート中なんです!邪魔しないでもらえますかぁ!!」
なんか素直に言う事を聞いてくれなさそうなので、こっちも思いをぶちまける事に。
「げっ……」
「え……?」
おかげで二人ともきょとんですよ。
「じゃ、そういうわけですから。ほら行きますよ日和さん」
「え、あのっ……」
わたしは日和さんの手を引いて足早にスーパーを後にしました。
「それで、あれは何なんですか?」
人通りの少ない路地まで戻ってきたところで、歩調を緩め日和さんの話を聞くことにします。
「いえ、これから暇ならお茶でもどうかと誘われまして……」
なんてテンプレートなナンパなんだ……。
「それで、日和さんは何と?」
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが家に帰って料理を作らなければならないと……」
うあー……。
日和さんの優しさがよくない方向に発揮されていますね。これ。
「ダメですよ日和さん。その気がないならちゃんと断らないと」
「? 断ってはいましたが」
「“お気持ちは嬉しいのですが”とか言ったらダメです。向こうは脈ありだと勘違いしますよ」
「ですが、お声を掛けるのにも勇気が必要でしょうから……」
あー……もう、日和さん。
「日和さん、気を遣う相手を間違ってはいけませんよ」
「……と、言いますよ?」
「日和さんは誰にでも優しいですけど、でも全然興味のない人にも時間を与える必要はないと思います。だって、そうなったら千夜さんや華凛さんのご飯はどうなるんですか?」
「それは……」
わたしは日和さんが料理を作れと言いたいわけじゃない。
ただ、日和さんは優先順位があるにも関わらず、突然それを曖昧にしてしまう。
その優しさゆえの歪みは、良くない結果を生んでしまうと思う。
「断りづらかったなら、わたしを呼んで下さいよ」
「ですが、それだとわたしが花野さんを利用するような形になってしまいますから……」
……なるほど。
そこも遠慮なんですね、日和さん。
でも、それは違うと思うんです。
「日和さん、わたしに出来る事なら頼ってくれていいんです」
「そういうわけには……」
わたしは月森三姉妹にしか興味がないから、他人に気を遣うリソースは極端に少ない。
だから、究極的には日和さんの悩みを理解してあげることは出来ないと思う。
「日和さんが、どうしてそんなに全員に気を配るかは正直分かりません」
でも、そんなわたしでも出来ることがあるとするなら――。
「他人にも、姉妹にも気を遣ってしまうのなら。義妹のわたしはどうですか?」
家族でも友人でも他人でもない、そんな曖昧なわたしなら。
「どうして、そこまで――」
「日和さんと仲良くなりたいからです」
「……はあ」
呆気にとられたような表情の日和さん。
「何でもいいんです。助け合って、お互いの事を知っていきたいんです」
「そんな事をして、いいのでしょうか?」
「いいんです。さすがの日和さんもああいう場面では困るでしょう?わたしでもたまには役立ちますよ?」
「……」
「それに、そんなに気を遣うのでしたら、“日和さんと仲良くなりたい”っていうわたしの気持ちも汲み取ってくださいよ」
きょとんと日和さんは目を丸くする。
「……なるほど、そうきましたか」
くすりと日和さんは奥ゆかしく笑う。
「そういう気の遣い方は考えた事もありませんでしたが……いいですね、興味が湧いてきました」
わたしの思いを初めて真正面から受け止めてくれた気がしました。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。
白藍まこと
恋愛
百合ゲー【Fleur de lis】
舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。
まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。
少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。
ただの一人を除いて。
――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)
彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。
あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。
最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。
そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。
うん、学院追放だけはマジで無理。
これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
わけあって美少女達の恋を手伝うことになった隠キャボッチの僕、知らぬ間にヒロイン全員オトしてた件
果 一
恋愛
僕こと、境楓は陰の者だ。
クラスの誰もがお付き合いを夢見る美少女達を遠巻きに眺め、しかし決して僕のような者とは交わらないことを知っている。
それが証拠に、クラスカーストトップの美少女、朝比奈梨子には思い人がいる。サッカー部でイケメンでとにかくイケメンな飯島海人だ。
しかし、ひょんなことから僕は朝比奈と関わりを持つようになり、その場でとんでもないお願いをされる。
「私と、海人くんの恋のキューピッドになってください!」
彼女いない歴=年齢の恋愛マスター(大爆笑)は、美少女の恋を応援するようになって――ってちょっと待て。恋愛の矢印が向く方向おかしい。なんか僕とフラグ立ってない?
――これは、学校の美少女達の恋を応援していたら、なぜか僕がモテていたお話。
※本作はカクヨムでも公開しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる