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89 妹の怒りが暴発してます!
しおりを挟む~シャルロッテ視点~
わたしは怒りに身を任せて、たぎった魔力をぶつける。
氷の弾丸、グラキエスバレットをギルバートに叩き込む。
「ちょっとシャル!?まだギルバード君が完全に悪だと決まったわけじゃ……」
この期に及んでお姉ちゃんは甘い。
相手がその隙を突いて攻撃を仕掛けてきたら、どうするつもりなんだ。
本当に魔法士に向いていない、だからわたしはお姉ちゃんを見ていないといけない。
――ガンッガンッ!!
放たれたグラキエスバレットは音を立てて洋館の壁だけを破壊する。
当の本人、ギルバートは身のこなし一つでするりと魔法を避けてしまった。
あんな動きする奴、お姉ちゃん以外で初めて見るんだけど……。
「ひどいなぁ。同じ学び舎に通う学友だって言うのに、話しすら最後まで聞いてくれないなんて」
「こいつに変なことを吹き込もうとするからよ。すぐ真に受けるんだから、おかしなこと言わないで」
「おかしなこと……?僕は真実しか話していないよ?」
またその話を繰り返すつもりか。
こいつ、お姉ちゃんを勧誘しようとしてるくせに、その本人の気持ちをまるで理解していない。
それでいて浮ついた笑顔でそれっぽいことを言う、こいつの態度が前からわたしは気に入らなかった。
「こいつは正真正銘、人間の両親から生まれてんのよ!」
「魔眼は人間には持ちえない異能。魔族の力を少しでも保有しているのなら、それは魔人だよ」
「はっ、なによその曖昧な定義。ちょっとでも魔族の力があれば魔人?そんなの自分が特別だと思い込みたい人間側の主張にしか聞こえないけど?」
だいたい、魔族の要素が少しでもあれば魔人だなんて言葉遊びもいいとこだ。
そのほとんどが人間であるにも関わらず、そこを無視して魔族だなんて言い張る方こそ疑問だ。
「聡明なシャルロッテ君がそんな苦し紛れなことを言ってくるとは思わなかったけど……これ以上僕にも説明のしようが」
「ていうか、その“魔人”って言葉からして曖昧なのよ。魔族なのか人なのかはっきりしなさいよね。そもそも魔族から見たら、あんたなんてただの人間にしか映ってないんじゃないの?」
「……滅多なことを言うものではないよ、シャルロッテ君」
初めて、ギルバードの浮ついた笑顔が消える。
すっと、見せたその表情には感情の色を感じさせなかった。
これがこいつの素なのだろう。中身のない上っ面な感じがしっくりくる。
「ははっ、痛い所を突かれて怒っちゃった?いつもヘラヘラしてるあんたにもプライドみたいなものはあったんだ?」
「ただの人間が魔族のことを知ったふうに聞くからだよ」
「なんかお高くとまってるけどさ、想像するに魔族からすれば魔人なんて“ほとんど人間のくせに魔族を名乗ってる何か”にしか、見てないと思うんだけど、そこの所どうなのよ?」
「……ッ!!」
ああ、やっぱりコレがこいつの感情のキーか。
その瞳には怒りの感情が込められていた。
それくらいは苛立て。わたしのお姉ちゃんを傷付けた罪は重い。
「おおい!その女をブチ殺すぞギルバードォ!!」
背後から知らない男の声。
驚いて振り帰ると、奥の部屋から小柄な男がわたしを睨みつけて腕をかざしていた。
魔法でも打ち込むつもりらしい。
「えっ、他にもいたの!?存在感なさすぎっ!!」
心の底から湧き出た感想に、小柄な男の眉間に皺が寄る。
「このクソガキ!揃いもそろって俺様のことバカにしやがって、ぜってぇころ……ぶびゃっ!?」
「わたしの妹にそんな危ないモノ向けないで下さい!!」
「ぶがっ、がはっ……それ以上にアブねえ拳を俺の顔面にぶち込んどいて、それ言う?」
「相手は女の子なんですよ!?」
「……なんか釈然としねえ……がふっ」
お姉ちゃんが一発で組み伏せていた。
さすがの身のこなしだ。
「ありがとねっ!これでそいつに邪魔されずにギルバードをブッ飛ばせるわ!」
「ちがっ、わたしはそんなつもりじゃなくて……!シャル、お願いだからやめてっ!!」
未だに煮え切らない態度を取り続けるお姉ちゃん。
この状況でギルバートが白であるわけがないのに。本当に身内に甘すぎる。
そんなんじゃいくら命があっても足りやしない。
「それじゃ、半端者のあんたはわたしが片付けてやるわ」
「……君の腕で僕を倒すことは不可能なのは学園の成績が証明していると思うけど」
いいや、そうでもない。
何のためにこんなにつまらない問答を繰り返して時間を稼いだと思っている。
わたしはこの大広間の床の底、その地面にアクアで大量の水分を含ませた。
この水分は地面が蓄える臨界点のちょうど際。
後はそのまま水分を暴発し、氷結させれば床の底から氷の刃が飛び出してくる。
身のこなしに自信があるようだが、この広さ全てに展開される氷の刃から逃げ切れるわけがない。
「自分が強者だと思い込みたいなら、勝手にそうしていれば?」
「……それは君の方だよ」
――ガンッ!!
ギルバードはあろうことか、そのまま地面に向けて拳を打ち抜いた。
穿たれた氷の刃はその腕一本で粉砕されてしまう。
自分の身一つ守れるスペースをそれだけで確保されてしまう。
「ウソ……でしょ」
「魔法はその領域を拡大すればするほど、その質の担保が難しくなる。そんな脆弱な魔法じゃ、僕には届かないよ」
いや、それにしたっておかしい。
水分は肉眼では捉えられないはずなのに、ギルバードの反応はフリーズさせる前から生じていた。
「まあ、それにこんなお粗末な魔法じゃ通せんぼにもならないかな……」
そのままギルバードは拳一つで氷の刃を吹き飛ばし、前進してくる。
あまりに脆い、わたしの魔法。
「くそっ、くそっ……!」
何度も繰り返し、氷の刃を展開するが結果も同じこと。
全てを見切られ粉砕される。
初めからこの領域に渡った魔法を展開させるために、わたしは魔力を使い過ぎていた。
「弾切れだね」
だが、おかしい。わたしの魔法はそこまで弱くはないはずだ。
それでも、魔法の脆弱性を的確に見抜いてしまうような技ならよく知っている。
「じゃあ、人間に用はないからね。心苦しいけども、ご退場願おうかな?」
いつもの上辺だけの笑顔を張り尽かせ、ギルバードは腕を引く。
ふと、その笑顔の向こうにある眼を見た。
「あんた、その眼……!?」
その眼の光も、やはりよく知っていた。
「うん、可視の魔眼。だから君は魔法を上手く隠しているつもりだったんだろうけど、最初から筒抜けだったよ?」
「それは魔王だけが持つはずじゃ」
なら、こいつもお姉ちゃんのように魔王を見たことがあるのか……?
「僕は魔王様の子供だからね、遺伝だよ」
なんだ、それ。
“お母様は人間だけどね”
と、興味もない説明を付け足された。
――グシュッ
肉が千切れる音の後に、ポタポタと水が滴る。
妙に暖かくてねっとりとしているのは、わたしから零れていく血液だった。
「シャル!!」
お姉ちゃんの言葉が遠ざかる。
いや、わたしの耳が聞き取れなくなっているのかもしれない。
だって視界がこんなにも暗い。
……ああ。
わたしは、お姉ちゃんを守りたいだけなのに。
こんなにもあっけなく意識を閉ざそうとしている自分が信じられない。
何の因果か、またわたしたちの前に立ち塞がったのは、“魔王”の血脈。
今度こそ贖罪の機会を得たというのに、こんな中身のない男に下る自分がひどく憎い。
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