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70 白銀の夜
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「お疲れ様でした!」
「はい、おつかれー」
夜、仕事を終えてわたしはお店を後にします。
外に出ると昼間より随分と下がっている気温に思わず身震いしました。
「さむいっ……今日はまた一段と冷えますねえ」
帝都の冬は雪が滅多に降らないそうです。
それでも凍てつくような寒さはどこにいても変わりません。
わたしは首をすぼめながら、白い息を吐きます。
「いやあ、今日はまた一段とたくさん貰ってしまいましたねぇ……」
手に持っているのはアレットさんから頂いたケーキが詰まった白箱。
いつもお店で余った分をこうして頂いているのです。
“どーせもうコレ、廃棄処分だから。貰ってくれるなら貰って。食べてくれた方がこの子たちも幸せだよ”
とのことです。
大変申し訳ない気持ちもありますが、ありがたいのもまた事実です。
「なんせ、我が家のコック長はまだヘソを曲げていますからねぇ……」
シャルがお料理を作ってくれないので、こうしてわたしの主食がケーキになっているわけですね。
自分で作ればいいんでしょうけど、仕事終わりにそんな元気も出ないわけです。
そんな家庭と空腹事情に頭を悩ませながら、ポケットに手を忍ばせて歩き出します。
中央公園を経由するのがわたしの帰り道。
街灯がまばらになり、住宅街の喧噪から離れたこの場所は静かで夜空もよく見渡せます。
「……あれ?」
石畳の道の途中、人影が見えてきます。
普段こんな時間に人がいることは滅多にありません。
周りは暗がりですが、街灯の光によってそのベンチは照らされています。
その人はベンチに座って虚空を見つめている様でした。
「……ん?あれ、シャル?」
黄金色の長髪に、鼻筋の通った横顔は良く知る妹のものでした。
見間違いかと思って何度も見直しますが……誰がどう見てもシャルですね。
こんな夜更けに何をしているのでしょうか。
「ぐぐっ、声を掛けたい所ですが……」
最近シャルには完全無視されちゃってますので、微妙な所です。
また要らぬ火種を起こしたくもないですし。
ということで、わたしは遠巻きからコソコソと妹を眺めることに。
「……ほんと、何をしているんですか。あの子は」
こんな凍てつく夜にベンチに座ってじっとしていたら、寒くてしょうがないでしょう。
ほら、白い息を吐いて体を丸くしているじゃないですか。
それでも、どこか遠くを見つめながらシャルは動こうとはしません。
気付けば数分経過……。
「うーん。とにかくシャルには目的があるようですし、わたしはお邪魔したら困るので別の道から帰りますか」
いつものルートから変えて、わたしは明後日の方向に歩き出します。
シャルはしっかり者ですからわたしが心配しなくても用を終えたら帰ってくるでしょう。
◇◇◇
~シャルロッテ視点~
「……ここでいいのよね」
セシルから聞いたのだが、お姉ちゃんは仕事帰りには必ずセントラルパークを経由するとのこと。
その中でもベンチの置かれているこの区画は絶対だと聞かされていた。
『どうせ、家だと話すきっかけがなくて黙り続けてるんでしょ?』
『なんでセシルにそんなことが分かるのよ』
『私、家では居場所なくて基本的にずっと黙ってるから。そういう気持ち分かる』
『……反応しづらいこと言わないでよ』
『とにかく、偶然を装って帰り道に会えばきっとエメから声を掛けてくれる』
『別に、どうだっていいでしょ』
『そんな意地張ってるうちにエメ遠くに行くよ、きっと』
『……』
そんなやり取りを経て、悔しいがセシルの言う通りにわたしは動いたわけだ。
冷静に考えたらどうしてセシルが帰り道まで把握しているのか謎だな、とは思ったが。
かじかむ指を吐息で暖めながら、ヒマすぎてベンチに座って夜空を眺めてみる。
燦然と輝く月と星、綺麗と呼ばれるそんなモノを愛でるような感傷はわたしにはない。
「……思えば、こんなに口を利かないことなんてあったっけ」
わたしたちはいつも一緒に暮らしてきた。
だから、言葉を交わさないことなんて滅多にない。
あるとすれば、いつの頃からか。
「あ、思い出した。まだわたしたちが小さい頃だ」
故郷がまだ無事だった時の、遠い昔の記憶。
下らない喧嘩をして、お互い口を利かなくなったんだ。
「どうやって仲直り、したんだっけ……」
ふわっと、瞼が重たくなってきた。
気付けば数日、何も口にしていない。
自業自得、身から出た錆とは言え、意識がうっすらと闇に吸い込まれていく。
暗い穴に落ちて行くように、眠るように意識が途切れていく。
……。
「――いっ」
深い闇の中で、誰かの声がした。
「――なよ」
それがあまりにうるさくて、わたしは頭を押さえながら無理やり瞼をこじ開ける。
「……なに?」
「おおっ、やっと起きた」
目を開けるべきじゃなかったと後悔する。
そこにいたのは卑しい表情を浮かべている薄汚れた男だったからだ。
「一人でこんな所にいたら危ないよ?お兄さんが暖めてあげようか?」
「……」
話す気にもならない、サイテーな男。
さっきから激しく上下運動を繰り返している眼球も不愉快だ。
どこ見てんのよコイツ。
「あ、ごめんね?怖かったよね、悪いようにはしないから一緒にこれからさ……」
「悪いけど、わたしはあんたみたいな冴えない男は対象外よ。他あたってちょうだい」
「……なっ、せっかく親切で起こしてやったのに」
「余計なお世話よ。それにわたし寝てないから、瞼を閉じてただけだから」
「ガキの言い訳かよ!?ちっ、もういい!いいから来いっての――」
逆上した男は手を伸ばしてきた。
力づくでどこかに連れ込もうとでも思っているのか。
頭が悪すぎて、見ているだけで頭痛がしてくる。
これならわしが手を下しても正当防衛として許されるだろう、魔力を練り上げる。
「――はいはい、ストーップです!」
見覚えのある背中が、不愉快な男の姿を掻き消した。
「……あ?」
男の低い声と、わたしの間に割って入ったのはお姉ちゃんだった。
「シャル、帰るよ」
コソコソと小声で話しかけてくる。
「いや、コイツを先に片付けてから……」
「ダメダメ!学生とは言えわたしたちは魔法士、民間人に手を出すのはご法度。大人しく逃げるよ!」
事なかれ主義のお姉ちゃんは即退散をご希望のようだが……それを向こうが認めるとは思えないのだが。
「ちっ、ガキかよ。てめえに用はねえ、さっさと失せろ!」
「え!?ちょっと、シャルと反応違い過ぎません!?仮にも双子なんですけどっ!!」
「あ……?双子……?あれ、ほんとだ。よく見りゃ似てるな」
男は交互に見比べて納得している。
「それなのに、お前には全く色気がないな。なんでだ?」
「シャル、この人殴っていいですか?」
……おい、民間人に手を出すのはご法度はどうした。
「ちっ、まあいい。こうなったら二人まとめて……!!」
「そうは行きません!わたしの可愛い妹を傷物にするわけにはいかないのですよ!」
男の手が伸びるよりも早く、お姉ちゃんはわたしを抱き上げた。
「いやいや!ていうか、いきなりなにしてんのよ!?」
「飛ぶよ!」
「話聞いてる!?」
――ダンッ!
お姉ちゃんはお得意の魔術で地面を蹴り上げると、遥か上空に舞い上がった。
こちらを呆然と見上げている男の姿は塵のように小さく、さっきまで座っていたベンチはおろか、セントラルパーク全体が見渡せるほどの高さにまで上昇する。
「ていうか、高すぎない!?あんたこんなに飛べたの!?」
もはやこれは飛行と言った方が正しいかもしれない。
「ああ、いやぁ……魔法を使えるようになってからかな?魔力と身体の親和性がもっと良くなって魔術の方が更に威力を増してるんだよね……これでも抑えたんだけど」
「本気ならどれだけ飛べるのよ……」
「さあ……?寒そうだからまだ本気は出したことないんだよね」
どうも下らない理由で出し惜しみしているようだった。
「あれ、これ……?」
空から白く冷たいモノが舞い下り始めていた。
「おおっ、雪だねぇ……!帝都じゃ滅多に降らないって聞いたのに!」
雪がしんしんと舞い降りる。
さっきまで眺めていた月と星はずっと距離が近くなっていた。
そんな光景に、背中を押されたわけではないけれど。
「……ところで、どうしてココに来たわけ?」
意地になって待っていたけれど、時間は明らかに過ぎていた。どこで何をしていたのだろう。
「いやあ、それがね。帰り道シャルを見かけたんだけど、わたしと会いたくないかなぁと思って遠回りして帰ったんだよね」
まあ、そんな事も予想していた。
「じゃあ、どうしてまた来たわけ?」
「いや、お家に帰ったら料理が出来てたからさ。シャル許してくれたんだー!と思って、そしたら何してるのか気になって来ちゃった!」
そう、仲直りしようと思ってご飯も作っておいたのだ。
まさか、それが戻ってきてくれる理由になるとは思ってはいなかったけど。
「でもさ、そういうシャルこそこんな所で何してたの?」
「それは……」
いま大事なのはそんなことじゃなくて。
「それはいいのよ。……それより悪かったわね」
「ん?」
「一方的に怒ったりして、大人気なかったわ。……ごめんなさい」
意地になって、ずっと言えなかった思いをようやく言葉にする。
「ううん、わたしの方こそ勝手に決めてごめんね。シャルにも相談するべきだったよね」
胸の中のモヤモヤしたモノが一気に晴れる。
良かった。仲直り出来た。
お姉ちゃんもそう思ってくれているのか、ぎゅっと力強く抱きしめられる。
……ん?抱きしめ?
「……待って、コレ。これって、お姫様だっこ……?」
「あー、確かに。咄嗟に反応しちゃったけど、言われたらそうだね」
こ、こいつ……!
男に襲われそうになって現れるとか(別にわたしで対処できるけど)、お姫様抱っこで空飛び出すとか、本当は分かっててやってるんじゃないわよね……!?
「まあまあ、いいじゃん。お互い寂しい独り身なんだし。仲良くしようよ」
――それは、わたしを妹としてしか見てくれていない言葉だ。
「あんたはその気になれば、引く手数多だけどね」
「えっ!ウソ!?シャルの話じゃなくて、それ!?」
でも、まあ、いいだろう。
他の者も皆同じように対象外、それがお姉ちゃんの目線だと分かったから。
「くっ……まあいいや!今は恋気よりも食い気!家にはケーキも待ってるよ!」
「……あんた、最近ケーキばっかり食べてるって聞いたけど本当?」
「うん!だから正直飽きてるかも!欲しかったら全部あげようか?」
わたしが欲しい物は今、目の前にあるけれど。
でも、それは言葉にしない。
今はただ、貴女の暖かさに包まれて、雪に染まる白銀の世界を見渡す。
何にも感じなかったはずの夜空ですら、貴女が隣にいると美しいと感じる。
そんな夜に、わたしは心躍らされてしまうのだ。
「はい、おつかれー」
夜、仕事を終えてわたしはお店を後にします。
外に出ると昼間より随分と下がっている気温に思わず身震いしました。
「さむいっ……今日はまた一段と冷えますねえ」
帝都の冬は雪が滅多に降らないそうです。
それでも凍てつくような寒さはどこにいても変わりません。
わたしは首をすぼめながら、白い息を吐きます。
「いやあ、今日はまた一段とたくさん貰ってしまいましたねぇ……」
手に持っているのはアレットさんから頂いたケーキが詰まった白箱。
いつもお店で余った分をこうして頂いているのです。
“どーせもうコレ、廃棄処分だから。貰ってくれるなら貰って。食べてくれた方がこの子たちも幸せだよ”
とのことです。
大変申し訳ない気持ちもありますが、ありがたいのもまた事実です。
「なんせ、我が家のコック長はまだヘソを曲げていますからねぇ……」
シャルがお料理を作ってくれないので、こうしてわたしの主食がケーキになっているわけですね。
自分で作ればいいんでしょうけど、仕事終わりにそんな元気も出ないわけです。
そんな家庭と空腹事情に頭を悩ませながら、ポケットに手を忍ばせて歩き出します。
中央公園を経由するのがわたしの帰り道。
街灯がまばらになり、住宅街の喧噪から離れたこの場所は静かで夜空もよく見渡せます。
「……あれ?」
石畳の道の途中、人影が見えてきます。
普段こんな時間に人がいることは滅多にありません。
周りは暗がりですが、街灯の光によってそのベンチは照らされています。
その人はベンチに座って虚空を見つめている様でした。
「……ん?あれ、シャル?」
黄金色の長髪に、鼻筋の通った横顔は良く知る妹のものでした。
見間違いかと思って何度も見直しますが……誰がどう見てもシャルですね。
こんな夜更けに何をしているのでしょうか。
「ぐぐっ、声を掛けたい所ですが……」
最近シャルには完全無視されちゃってますので、微妙な所です。
また要らぬ火種を起こしたくもないですし。
ということで、わたしは遠巻きからコソコソと妹を眺めることに。
「……ほんと、何をしているんですか。あの子は」
こんな凍てつく夜にベンチに座ってじっとしていたら、寒くてしょうがないでしょう。
ほら、白い息を吐いて体を丸くしているじゃないですか。
それでも、どこか遠くを見つめながらシャルは動こうとはしません。
気付けば数分経過……。
「うーん。とにかくシャルには目的があるようですし、わたしはお邪魔したら困るので別の道から帰りますか」
いつものルートから変えて、わたしは明後日の方向に歩き出します。
シャルはしっかり者ですからわたしが心配しなくても用を終えたら帰ってくるでしょう。
◇◇◇
~シャルロッテ視点~
「……ここでいいのよね」
セシルから聞いたのだが、お姉ちゃんは仕事帰りには必ずセントラルパークを経由するとのこと。
その中でもベンチの置かれているこの区画は絶対だと聞かされていた。
『どうせ、家だと話すきっかけがなくて黙り続けてるんでしょ?』
『なんでセシルにそんなことが分かるのよ』
『私、家では居場所なくて基本的にずっと黙ってるから。そういう気持ち分かる』
『……反応しづらいこと言わないでよ』
『とにかく、偶然を装って帰り道に会えばきっとエメから声を掛けてくれる』
『別に、どうだっていいでしょ』
『そんな意地張ってるうちにエメ遠くに行くよ、きっと』
『……』
そんなやり取りを経て、悔しいがセシルの言う通りにわたしは動いたわけだ。
冷静に考えたらどうしてセシルが帰り道まで把握しているのか謎だな、とは思ったが。
かじかむ指を吐息で暖めながら、ヒマすぎてベンチに座って夜空を眺めてみる。
燦然と輝く月と星、綺麗と呼ばれるそんなモノを愛でるような感傷はわたしにはない。
「……思えば、こんなに口を利かないことなんてあったっけ」
わたしたちはいつも一緒に暮らしてきた。
だから、言葉を交わさないことなんて滅多にない。
あるとすれば、いつの頃からか。
「あ、思い出した。まだわたしたちが小さい頃だ」
故郷がまだ無事だった時の、遠い昔の記憶。
下らない喧嘩をして、お互い口を利かなくなったんだ。
「どうやって仲直り、したんだっけ……」
ふわっと、瞼が重たくなってきた。
気付けば数日、何も口にしていない。
自業自得、身から出た錆とは言え、意識がうっすらと闇に吸い込まれていく。
暗い穴に落ちて行くように、眠るように意識が途切れていく。
……。
「――いっ」
深い闇の中で、誰かの声がした。
「――なよ」
それがあまりにうるさくて、わたしは頭を押さえながら無理やり瞼をこじ開ける。
「……なに?」
「おおっ、やっと起きた」
目を開けるべきじゃなかったと後悔する。
そこにいたのは卑しい表情を浮かべている薄汚れた男だったからだ。
「一人でこんな所にいたら危ないよ?お兄さんが暖めてあげようか?」
「……」
話す気にもならない、サイテーな男。
さっきから激しく上下運動を繰り返している眼球も不愉快だ。
どこ見てんのよコイツ。
「あ、ごめんね?怖かったよね、悪いようにはしないから一緒にこれからさ……」
「悪いけど、わたしはあんたみたいな冴えない男は対象外よ。他あたってちょうだい」
「……なっ、せっかく親切で起こしてやったのに」
「余計なお世話よ。それにわたし寝てないから、瞼を閉じてただけだから」
「ガキの言い訳かよ!?ちっ、もういい!いいから来いっての――」
逆上した男は手を伸ばしてきた。
力づくでどこかに連れ込もうとでも思っているのか。
頭が悪すぎて、見ているだけで頭痛がしてくる。
これならわしが手を下しても正当防衛として許されるだろう、魔力を練り上げる。
「――はいはい、ストーップです!」
見覚えのある背中が、不愉快な男の姿を掻き消した。
「……あ?」
男の低い声と、わたしの間に割って入ったのはお姉ちゃんだった。
「シャル、帰るよ」
コソコソと小声で話しかけてくる。
「いや、コイツを先に片付けてから……」
「ダメダメ!学生とは言えわたしたちは魔法士、民間人に手を出すのはご法度。大人しく逃げるよ!」
事なかれ主義のお姉ちゃんは即退散をご希望のようだが……それを向こうが認めるとは思えないのだが。
「ちっ、ガキかよ。てめえに用はねえ、さっさと失せろ!」
「え!?ちょっと、シャルと反応違い過ぎません!?仮にも双子なんですけどっ!!」
「あ……?双子……?あれ、ほんとだ。よく見りゃ似てるな」
男は交互に見比べて納得している。
「それなのに、お前には全く色気がないな。なんでだ?」
「シャル、この人殴っていいですか?」
……おい、民間人に手を出すのはご法度はどうした。
「ちっ、まあいい。こうなったら二人まとめて……!!」
「そうは行きません!わたしの可愛い妹を傷物にするわけにはいかないのですよ!」
男の手が伸びるよりも早く、お姉ちゃんはわたしを抱き上げた。
「いやいや!ていうか、いきなりなにしてんのよ!?」
「飛ぶよ!」
「話聞いてる!?」
――ダンッ!
お姉ちゃんはお得意の魔術で地面を蹴り上げると、遥か上空に舞い上がった。
こちらを呆然と見上げている男の姿は塵のように小さく、さっきまで座っていたベンチはおろか、セントラルパーク全体が見渡せるほどの高さにまで上昇する。
「ていうか、高すぎない!?あんたこんなに飛べたの!?」
もはやこれは飛行と言った方が正しいかもしれない。
「ああ、いやぁ……魔法を使えるようになってからかな?魔力と身体の親和性がもっと良くなって魔術の方が更に威力を増してるんだよね……これでも抑えたんだけど」
「本気ならどれだけ飛べるのよ……」
「さあ……?寒そうだからまだ本気は出したことないんだよね」
どうも下らない理由で出し惜しみしているようだった。
「あれ、これ……?」
空から白く冷たいモノが舞い下り始めていた。
「おおっ、雪だねぇ……!帝都じゃ滅多に降らないって聞いたのに!」
雪がしんしんと舞い降りる。
さっきまで眺めていた月と星はずっと距離が近くなっていた。
そんな光景に、背中を押されたわけではないけれど。
「……ところで、どうしてココに来たわけ?」
意地になって待っていたけれど、時間は明らかに過ぎていた。どこで何をしていたのだろう。
「いやあ、それがね。帰り道シャルを見かけたんだけど、わたしと会いたくないかなぁと思って遠回りして帰ったんだよね」
まあ、そんな事も予想していた。
「じゃあ、どうしてまた来たわけ?」
「いや、お家に帰ったら料理が出来てたからさ。シャル許してくれたんだー!と思って、そしたら何してるのか気になって来ちゃった!」
そう、仲直りしようと思ってご飯も作っておいたのだ。
まさか、それが戻ってきてくれる理由になるとは思ってはいなかったけど。
「でもさ、そういうシャルこそこんな所で何してたの?」
「それは……」
いま大事なのはそんなことじゃなくて。
「それはいいのよ。……それより悪かったわね」
「ん?」
「一方的に怒ったりして、大人気なかったわ。……ごめんなさい」
意地になって、ずっと言えなかった思いをようやく言葉にする。
「ううん、わたしの方こそ勝手に決めてごめんね。シャルにも相談するべきだったよね」
胸の中のモヤモヤしたモノが一気に晴れる。
良かった。仲直り出来た。
お姉ちゃんもそう思ってくれているのか、ぎゅっと力強く抱きしめられる。
……ん?抱きしめ?
「……待って、コレ。これって、お姫様だっこ……?」
「あー、確かに。咄嗟に反応しちゃったけど、言われたらそうだね」
こ、こいつ……!
男に襲われそうになって現れるとか(別にわたしで対処できるけど)、お姫様抱っこで空飛び出すとか、本当は分かっててやってるんじゃないわよね……!?
「まあまあ、いいじゃん。お互い寂しい独り身なんだし。仲良くしようよ」
――それは、わたしを妹としてしか見てくれていない言葉だ。
「あんたはその気になれば、引く手数多だけどね」
「えっ!ウソ!?シャルの話じゃなくて、それ!?」
でも、まあ、いいだろう。
他の者も皆同じように対象外、それがお姉ちゃんの目線だと分かったから。
「くっ……まあいいや!今は恋気よりも食い気!家にはケーキも待ってるよ!」
「……あんた、最近ケーキばっかり食べてるって聞いたけど本当?」
「うん!だから正直飽きてるかも!欲しかったら全部あげようか?」
わたしが欲しい物は今、目の前にあるけれど。
でも、それは言葉にしない。
今はただ、貴女の暖かさに包まれて、雪に染まる白銀の世界を見渡す。
何にも感じなかったはずの夜空ですら、貴女が隣にいると美しいと感じる。
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