63 / 93
63 お仕事って大変ですね!
しおりを挟む「はあ……」
学園にて。
わたしはシャルのボイコットにより絶賛空腹中です。
家にあるものは基本的に調理を前提としている物しかなく、いつも寝坊気味のわたしではそんな時間もなく、こうして何も食べずに来たというわけです。
いえ、いつもシャルに任せている自分が悪いんです。
因果応報なのです。ツケは必ず訪れるのです。
そうとは分かっていても生理現象には勝てないのが人間です。
わたしはお腹を空かせたまま、こうして机に突っ伏しているのです。
「エメ、どうしたの。調子でも悪いの?」
隣にいるセシルさんが変わった物を見るような目でこちらを覗いてきます。
「空腹に耐えかねているところです……」
「ご飯食べてないの?」
「はい、食べれませんでした」
「私にはあんなに食べるのを勧めておいて……?」
セシルさんの目つきが非難めいたものに変わります。
セシルさんはお泊まりの後、なるべくご飯を食べるように意識してくれるようになったんだとか。
“エメがあそこまで言うから、食べないと悪い事をしている気分になってしまった”
と、言っていたこともあります。
なのにその張本人が急にご飯を抜き始めてると思ったら、確かに何事かと思いますよね……。
「いえいえ、違うんですよ!本当は食べたかったんです!……ですが、シャルを怒らせてしまいまして……」
「? なにかしたの?」
「えっと、シャルに秘密事をしたら勘づかれて怒られたと言いますか……」
セシルさんは更に眉をひそめます。
「秘密って持ったらいけないの?」
「え……いや、そうですねぇ……。ものによるかと、わたしのはシャルにとって良くなかったんでしょうね」
「エメのその秘密って?」
「えっと……」
あまり言いたくはないのです。
万が一ですが、働く場所を見られるのは気が進みませんので……。
セシルさんはそんなわたしの態度を見て、察してくれたのかそれ以上は言及しませんでした。
「そう……。でも変な姉妹、秘密の一つや二つ当たり前なのに」
そう言われるとそうなんですけどね。
でもきっと、そうさせたのには理由があるんです。
「シャルはわたしが頼りないから変なことしないか心配してくれたんでしょうけどね。それを突っぱねてしまったので腹を立てたのでしょう、いつも手を焼いているのにそれはないだろうって」
「……本当に、それだけならいいんだけど」
「え?」
「エメは鈍感なところがあるから」
「どういうことですか?」
「……そういう所よ」
「……はて?」
セシルさんは何やら思わせぶりなことを言うのですが、全てを話してはくれません。
何やらセシルさんには分かって、わたしには分かっていない所があるような。そんな含みのある発言なのでした。
◇◇◇
放課後になりました。
わたしは学園からそのまま、お店に足を運びます。
“ jardin des fleurs”
と、看板が掲げられた白塗りの壁に木製の扉が目を惹くお店。
少し年季が入っているのか、白塗りの壁はよく見ると色褪せていて所々に亀裂が走っています。
場所も帝都の商店街から少し外れた、閑静な住宅街に佇んでいます。
「でも、どこかで聞いた名前なんですよねー……?」
ですが違和感の正体を突き止めることは出来ません。
違和感を残しながらも、すぐに頭は初仕事の緊張感に埋め尽くされます。
裏口から入るように言われていたので、正面をぐるりと回って奥まった道を通り裏手にある扉から入ります。
「失礼します……」
「あっ、来た来た。エメちゃん今日からよろしくねー」
「あ、おっ、お願いします!」
迎え入れてくれたのは店主のアレット・フェレールさん。
漆黒のように黒い髪を後ろで無造作に束ねていて、ちょっと近寄りがたい雰囲気のある大人なお姉さん系の方です。
年齢は非公開なそうなんだとか。
「じゃあ、さっそくよろしくね。オーダーを聞いて商品の引き渡し、あとお会計だけやってくれればいいから」
「は、はい!」
「よし、じゃあよろしく」
「えっ……」
びっくりするくらい簡素な説明。
もうちょっと手取り足取りあるのかと思ったら、もう仕事していいよ言わんばかりの雰囲気です。
初めてのお仕事で、この説明だけでお店に立つのはさすがに緊張感が……と思っていると、アレットさんは感づいてくれたのか“ああ、ごめんごめん”と言いながら頭を掻いていました。
で、ですよね……。さすがにこれだけでいきなりお仕事を始めるのは……。
「はい、コレ」
「え、あ、はい……」
制服を手渡されます。
あ、いや。大事ですけど、そういうことじゃなくてですね……。
ですが、そんなことを言う前に、わたしは制服を受け取ってフリーズします。
「あ、あの……アレットさん?」
「ん?なに」
「こ、コレを着るんですか……?」
「? 当たり前じゃん、仕事は制服に決まってるでしょ」
「いや、ですがコレは……」
モンブランのような淡い茶色のシャツとスカート、胸元は赤いリボンで白のエプロンを掛けるようです。
な、なぜかシャツもスカートもエプロンも過剰なまでにフリルがあしらわれていてふわふわ乙女ちっくなデザインです……。
こんなの着た事ないのですっごく恥ずかしいのですが、ま、まあ……これだけなら百歩譲って我慢できなくはありません。
問題はスカートもエプロンも、丈がひざより遥かに上で太ももまで露になるようなデザインになっていることです!
なんじゃこりゃ!?短すぎます!!
「あ、アレットさん、ちょっ、ちょっとわたしにコレはキツいと思うですが……?」
「え?なんで可愛いじゃん」
「いえ、可愛すぎると言いますか……わたしもアレットさんのような恰好がいいような……」
アレットさんはコックコートと呼ばれる白のシャツに黒のパンツ、そして黒のエプロンをしていました。
品がある大人なデザインです。
何よりパンツ!足を出してません!!
「はあ……?10代がこんな地味なの着てどうすんの?仕事舐めてんの?」
え、これ……わたしがおかしいんですか……?
なんでアレットさん、そんな目つき険しくなるんですか……?
「で、ですが……これだと足がほら、丸見えじゃないですか……」
わたしの足なんて誰が見たいんですか?
“不快な物を見せるな!”って訴えられたら負けますよ。
「あ、ごめん。ははっ、私としたことが……確かにそれじゃ恥ずかしいよね」
険しい表情を崩して柔和な雰囲気に戻ります。
あ、良かった……。分かってくれたんですね。
「はい、コレ」
アレットさんからもう一つ白くて長細い衣類を手渡されます。
「……アレットさん、コレは?」
「ん?ソックス。さすがに生足は恥ずかしいよね、コンプレックスとかあるかもしれないし」
みょーんと伸ばしてみます。
膝より少し上くらいまでありそうなソックスでした。
「いやいや!スカートは短いんですから、太ももは見えちゃいますよね!?」
「え、いいじゃん。可愛いよ」
さっきからアレットさん、それでゴリ押ししてきますね!?
「む、むむっ、ムリですよ……!お客さんがわたしの太ももなんか見て、食事中に嘔吐したらどうする気ですか!?」
そう、ここジャルダン・デ・フルールはケーキを主とした洋菓子店。
小さな店舗ですが、店内には飲食が出来る小スペースもあります。
ここでケーキを運ぶ時ににわたしのみっともない足なんて見せたらどうなることか……!?
「はあ?そんなハリのあるピチピチな肌して何言ってんの?見せなきゃ損だよ、生足見せて犯罪にならないのは10代までの特権なんだぞ」
え?おじさん?アレットさんおじさんなんですか?
「それは可愛い人限定の話ですよ!!」
「ん?エメちゃん可愛いよ?」
「えっ……」
「顔採用だからね」
嬉しい……!!
で、ですが、どことなく不謹慎です。普通そういうこと言いませんよね……!?
「ですが、ニーハイはやっぱり厳しいです!これじゃ仕事に集中できません!!」
こんは恥ずかしい制服着られません!!
「おい……ちょっと待て、それは聞き捨てならないな」
ですが、それを聞いた途端アレットさんの雰囲気がピリつきます。
怒りを感じているのが空気で伝わってきます。
た、たしかに……こちらはお賃金を貰う身ですし。自分からお仕事をしたいと頼んでおいて、制服を見て文句を言うのはおかしいですよね……。
は、反省しないと。謝って……。
「これはオーバーニーだ!!ニーハイじゃない!!そんなにわか知識で私の制服へのこだわりを貶めないでくれないかエメちゃん!!」
「え、はい?おーばー……?」
「オーバーニー!ニーハイより更に長いの!これだとより太ももだけ強調されるでしょ?やっぱり絶対領域って狭ければ狭いほど神々しいと思うんだよね!」
え、この人、鼻息を荒立てて何言ってるんですか……?
「ああ、まあ確かに!?オーバーニーとニーハイをごっちゃにしているお店もあるよ!?それを分かってて言ってたらごめんね!?」
「いや、知りませんでしたけど……」
まだお仕事が始まってすらいないことに頭を抱えそうになるわたしでした。
0
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる