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63 お仕事って大変ですね!

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「はあ……」

 学園にて。

 わたしはシャルのボイコットにより絶賛空腹中です。

 家にあるものは基本的に調理を前提としている物しかなく、いつも寝坊気味のわたしではそんな時間もなく、こうして何も食べずに来たというわけです。

 いえ、いつもシャルに任せている自分が悪いんです。

 因果応報なのです。ツケは必ず訪れるのです。

 そうとは分かっていても生理現象には勝てないのが人間です。

 わたしはお腹を空かせたまま、こうして机に突っ伏しているのです。

「エメ、どうしたの。調子でも悪いの?」

 隣にいるセシルさんが変わった物を見るような目でこちらを覗いてきます。

「空腹に耐えかねているところです……」

「ご飯食べてないの?」

「はい、食べれませんでした」

「私にはあんなに食べるのを勧めておいて……?」

 セシルさんの目つきが非難めいたものに変わります。

 セシルさんはお泊まりの後、なるべくご飯を食べるように意識してくれるようになったんだとか。

 “エメがあそこまで言うから、食べないと悪い事をしている気分になってしまった”

 と、言っていたこともあります。

 なのにその張本人が急にご飯を抜き始めてると思ったら、確かに何事かと思いますよね……。

「いえいえ、違うんですよ!本当は食べたかったんです!……ですが、シャルを怒らせてしまいまして……」

「? なにかしたの?」

「えっと、シャルに秘密事をしたら勘づかれて怒られたと言いますか……」

 セシルさんは更に眉をひそめます。

「秘密って持ったらいけないの?」

「え……いや、そうですねぇ……。ものによるかと、わたしのはシャルにとって良くなかったんでしょうね」

「エメのその秘密って?」

「えっと……」

 あまり言いたくはないのです。

 万が一ですが、働く場所を見られるのは気が進みませんので……。

 セシルさんはそんなわたしの態度を見て、察してくれたのかそれ以上は言及しませんでした。

「そう……。でも変な姉妹、秘密の一つや二つ当たり前なのに」

 そう言われるとそうなんですけどね。

 でもきっと、そうさせたのには理由があるんです。

「シャルはわたしが頼りないから変なことしないか心配してくれたんでしょうけどね。それを突っぱねてしまったので腹を立てたのでしょう、いつも手を焼いているのにそれはないだろうって」

「……本当に、それだけならいいんだけど」

「え?」

「エメは鈍感なところがあるから」

「どういうことですか?」

「……そういう所よ」

「……はて?」

 セシルさんは何やら思わせぶりなことを言うのですが、全てを話してはくれません。

 何やらセシルさんには分かって、わたしには分かっていない所があるような。そんな含みのある発言なのでした。

        ◇◇◇

 放課後になりました。

 わたしは学園からそのまま、お店に足を運びます。

 “ jardin des fleursジャルダン・デ・フルール

 と、看板が掲げられた白塗りの壁に木製の扉が目を惹くお店。

 少し年季が入っているのか、白塗りの壁はよく見ると色褪せていて所々に亀裂が走っています。

 場所も帝都の商店街から少し外れた、閑静な住宅街に佇んでいます。

「でも、どこかで聞いた名前なんですよねー……?」

 ですが違和感の正体を突き止めることは出来ません。

 違和感を残しながらも、すぐに頭は初仕事の緊張感に埋め尽くされます。

 裏口から入るように言われていたので、正面をぐるりと回って奥まった道を通り裏手にある扉から入ります。

「失礼します……」

「あっ、来た来た。エメちゃん今日からよろしくねー」

「あ、おっ、お願いします!」

 迎え入れてくれたのは店主のアレット・フェレールさん。

 漆黒のように黒い髪を後ろで無造作に束ねていて、ちょっと近寄りがたい雰囲気のある大人なお姉さん系の方です。

 年齢は非公開なそうなんだとか。

「じゃあ、さっそくよろしくね。オーダーを聞いて商品の引き渡し、あとお会計だけやってくれればいいから」

「は、はい!」

「よし、じゃあよろしく」

「えっ……」

 びっくりするくらい簡素な説明。

 もうちょっと手取り足取りあるのかと思ったら、もう仕事していいよ言わんばかりの雰囲気です。

 初めてのお仕事で、この説明だけでお店に立つのはさすがに緊張感が……と思っていると、アレットさんは感づいてくれたのか“ああ、ごめんごめん”と言いながら頭を掻いていました。

 で、ですよね……。さすがにこれだけでいきなりお仕事を始めるのは……。

「はい、コレ」

「え、あ、はい……」

 制服を手渡されます。

 あ、いや。大事ですけど、そういうことじゃなくてですね……。

 ですが、そんなことを言う前に、わたしは制服を受け取ってフリーズします。

「あ、あの……アレットさん?」

「ん?なに」

「こ、コレを着るんですか……?」

「? 当たり前じゃん、仕事は制服に決まってるでしょ」

「いや、ですがコレは……」

 モンブランのような淡い茶色のシャツとスカート、胸元は赤いリボンで白のエプロンを掛けるようです。

 な、なぜかシャツもスカートもエプロンも過剰なまでにフリルがあしらわれていてふわふわ乙女ちっくなデザインです……。

 こんなの着た事ないのですっごく恥ずかしいのですが、ま、まあ……これだけなら百歩譲って我慢できなくはありません。

 問題はスカートもエプロンも、丈がひざより遥かに上で太ももまで露になるようなデザインになっていることです!

 なんじゃこりゃ!?短すぎます!!

「あ、アレットさん、ちょっ、ちょっとわたしにコレはキツいと思うですが……?」

「え?なんで可愛いじゃん」

「いえ、可愛すぎると言いますか……わたしもアレットさんのような恰好がいいような……」

 アレットさんはコックコートと呼ばれる白のシャツに黒のパンツ、そして黒のエプロンをしていました。

 品がある大人なデザインです。

 何よりパンツ!足を出してません!!

「はあ……?10代がこんな地味なの着てどうすんの?仕事舐めてんの?」

 え、これ……わたしがおかしいんですか……?

 なんでアレットさん、そんな目つき険しくなるんですか……?

「で、ですが……これだと足がほら、丸見えじゃないですか……」

 わたしの足なんて誰が見たいんですか?

 “不快な物を見せるな!”って訴えられたら負けますよ。

「あ、ごめん。ははっ、私としたことが……確かにそれじゃ恥ずかしいよね」

 険しい表情を崩して柔和な雰囲気に戻ります。
 
 あ、良かった……。分かってくれたんですね。

「はい、コレ」

 アレットさんからもう一つ白くて長細い衣類を手渡されます。

「……アレットさん、コレは?」

「ん?ソックス。さすがに生足は恥ずかしいよね、コンプレックスとかあるかもしれないし」

 みょーんと伸ばしてみます。

 膝より少し上くらいまでありそうなソックスでした。

「いやいや!スカートは短いんですから、太ももは見えちゃいますよね!?」

「え、いいじゃん。可愛いよ」

 さっきからアレットさん、それでゴリ押ししてきますね!?

「む、むむっ、ムリですよ……!お客さんがわたしの太ももなんか見て、食事中に嘔吐したらどうする気ですか!?」

 そう、ここジャルダン・デ・フルールはケーキを主とした洋菓子店。

 小さな店舗ですが、店内には飲食が出来る小スペースもあります。

 ここでケーキを運ぶ時ににわたしのみっともない足なんて見せたらどうなることか……!?

「はあ?そんなハリのあるピチピチな肌して何言ってんの?見せなきゃ損だよ、生足見せて犯罪にならないのは10代までの特権なんだぞ」

 え?おじさん?アレットさんおじさんなんですか?

「それは可愛い人限定の話ですよ!!」

「ん?エメちゃん可愛いよ?」

「えっ……」

「顔採用だからね」

 嬉しい……!!

 で、ですが、どことなく不謹慎です。普通そういうこと言いませんよね……!?

「ですが、ニーハイはやっぱり厳しいです!これじゃ仕事に集中できません!!」

 こんは恥ずかしい制服着られません!!

「おい……ちょっと待て、それは聞き捨てならないな」

 ですが、それを聞いた途端アレットさんの雰囲気がピリつきます。

 怒りを感じているのが空気で伝わってきます。

 た、たしかに……こちらはお賃金を貰う身ですし。自分からお仕事をしたいと頼んでおいて、制服を見て文句を言うのはおかしいですよね……。

 は、反省しないと。謝って……。

「これはオーバーニーだ!!ニーハイじゃない!!そんなにわか知識で私の制服へのこだわりを貶めないでくれないかエメちゃん!!」

「え、はい?おーばー……?」

「オーバーニー!ニーハイより更に長いの!これだとより太ももだけ強調されるでしょ?やっぱり絶対領域って狭ければ狭いほど神々しいと思うんだよね!」

 え、この人、鼻息を荒立てて何言ってるんですか……?

「ああ、まあ確かに!?オーバーニーとニーハイをごっちゃにしているお店もあるよ!?それを分かってて言ってたらごめんね!?」

「いや、知りませんでしたけど……」

 まだお仕事が始まってすらいないことに頭を抱えそうになるわたしでした。
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