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50 慣れないことってミスしますよね?
しおりを挟む魔王、この方は今その名を口にしましたね。
「あなたは魔王のことを知っているのですか?」
「へっ。なんだ学生のクセに魔王様に興味があるのか?」
男は未だ余裕そうな声を上げます。
更にもう少しだけ踏みつける力を強めます。
「うぎっ……」
「質問しているのはわたしです。答えて下さい」
「ふっ、じゃあ仮にだ。知っていたとしたらどうする?」
「居場所を教えてください」
魔族と人間の戦争が始まって早百年。
ですがこの十年、魔王は忽然と姿をその消し、見た者がいないと言うのです。
それでも魔法士を中心に人間達は襲い掛かる魔族を常に相手にしてきましたが、その中心人物が姿を見せないことに恐怖があったのです。
この戦争に終着点はあるのかと。
「ははっ!そんなこと知ってどうするつもりだ?魔法士にでもチクってぶっ潰してもらうつもりか?」
「それもいいですね」
「てめぇみたいなガキの情報源なんて誰が信じるんだよ!」
まあ……確かに。
いえ、仮にわたしが魔法士になっていたとしても、こんな人の情報を信用して動いてくれるとは思えません。
「それなら、わたし一人で動きます」
その答えが意外だったのでしょうか。
男はうすら笑いを止めたのです。
「それ、マジで言ってる……?」
「わたしはいつでも本気です。あんまり冗談とか言いません」
「あっははははっ!こりゃ傑作だわ!小娘が一人で魔王討伐!?おめでたすぎるなあ、おいっ!!」
……なんだか段々不愉快ですね。この人。
「いいですから。わたしがどれだけ無謀でもあなたには関係ないですよね。居場所を教えてください」
「誰がてめぇみたいなガキに口を割るかよ!」
「そうですか」
それなら仕方ありません。
あまり気は進みませんけど、もう少しだけ痛めつけさせてもらいます。
この距離ならわたしの中途半端な攻撃魔法が逆にちょうどいいダメージかもしれません。
男に向けて手をかざします。
「……え?」
ですが視界は突然暗転していました。
何も見えない漆黒の闇。
足には男を踏みつけている感覚はあるのに。
――スッ
空気を切り裂く音、それ同時に腹部に衝撃が走りました。
「あぐっ!!」
ミシミシッ、と音を立てると体が吹き飛ばされてしまいました。
どれくらい飛んだのでしょうか。背中を地面に打ち付けて、顔を上げると視覚が閉ざされた理由が分かりました。
もう一人、黒いローブで全身を塗りつぶしている長身の人が立っていたのです。
恐ろしいのは、あんな目の前にいたのにその存在をダメージを受けるまで気付けなかった事です。
「へへ、俺が一人だと思ったのが甘かったな。ちょっとばかり能力があるからって調子に乗ってんじゃねえぞ!ガキ!」
わたしが踏みつけていた小柄な男が立ち上がります。
「よし、それじゃあゲオルグを倒したのはあの女だ。処理しろよ」
小柄な男は長身の人に命令します。
けれど、無言のまま動きません。
「は?てめえ何のつもりだ?」
「……」
長身の人は何も答えず闇夜に溶け込むように姿を消したのです。
「ええ!?くそっ、アイツはいつも言う事聞かねえな……覚えてろよクソガキ!」
分かりやすい捨て台詞を吐きながら、小柄な男はその場を去りました。
運が良かったと言うべきなのでしょうか。
あの長身の人には戦って勝てるような雰囲気が感じられませんでしたから……。
ですが、収穫もありました。
ゲヘナは魔王と通じているのかもしれない、ということです。
◇◇◇
しばらくすると痛みは治まったので、家へと帰ることに。
「ただいまー」
あんまり心配を掛けたくないので平静を装います。
いつもはそのままリビングに向かうのですが、今日は先に自分の部屋へ行きましょう。
廊下を突き抜け、階段に足を掛けます。
「あ、おかえり。いつもより遅くない?」
ひいいい!?
どうしてこんな時に限ってシャルから先に顔を出すんですか!?
「た、ただいま……。ま、魔法の練習してたからね?これくらいになる時あるでしょ?」
「いや、学園に入学してから一番遅いわ。最長記録を18分も更新しているもの」
「え……?」
「え?」
お互いにはてなマークの姉妹。
なんでそんなにきっちりと、わたしの帰宅時間を把握しているの?
そんなわたしの疑問が伝わったのかシャルが慌て始めます。
「ちがうから!別に計ったりしてないからね!?料理を作るのに時間を見てただけだから!あんたが帰ってくる時間に合わせていつも作ってるでしょ!?」
「あ、ああ……なるほど」
シャルの心遣いが生んだ偶然の産物ということですね。
ま、確かに姉の帰宅時間を把握する理由なんてありませんものね。
「じゃ、じゃあわたし先に着替えて来るね?すぐご飯食べに行くから……」
「? なんかあんたの制服汚れてない?」
なぜに気付いちゃうのシャルーー!
勘が良いと言うのか、目ざとい言うべきか。
今はその観察眼が恨めしいです。
「ちょ、ちょっと転んじゃってね?」
「あんたが転ぶ……?あんたマヌケだけど、運動神経だけはいいじゃない。それがどうして転ぶの?」
「いや、たまたま……足を引っ掛けて……」
じーーっとわたしを見つめてくるシャル。
明らかに疑いの眼差しです。
「なに隠してんのよ」
「かかっ、隠してないけど!?」
「怪しいわね、何があったか言いなさい」
シャルが近づいてきちゃうのです。
「だから転んだ、だけだって……」
「うわっ、これ砂?土?めっちゃ汚れてんじゃん」
「盛大に転んだの……」
「まだ言うか」
ジト目のシャル。
完全にわたしの言うことなんて信じていません。
「だってほんとだもん……」
「ふうん。ならいいわ」
お……?
これ以上はわたしが口が割らないと判断したのでしょうか。
シャルが珍しく折れてくれたみたいですね……。
「じゃあ脱ぎなさいよ。その制服、洗わなきゃダメでしょ?」
折れてなかった!
だ、ダメです……!
ここで脱いでしまうとお腹の傷を見られる可能性があります。
シャルのことですから、それを見逃すはずがありません。
「ほら、脱ぎなさいよ」
「は、はずかしー」
「セシルと一緒に風呂入ろうって言うヤツがそんなので恥ずかしがるか!!」
「はわわ!シャル力づくはダメだよ!」
シャルが無理矢理、わたしの身ぐるみを剥がそうしてきます!
普段ならわたしがシャルに力負けすることなどありませんが、さっきの戦闘で魔力はすっからかん。体もダメージが少し残ってて力が入りません。
「ほら!あんたがこんなに弱いなんて何か変だわ!」
「だからって脱がさなくても!?」
するすると制服を脱がされてしまいます。
残されたのは下着のみになっちゃいましたが……。
せめてこのお腹の傷は手でカバーして……!
「その手は何よ!どけて見せなさいよ!」
どけちゃうとお腹の傷で何かあったのだがバレちゃうので見せられません!
「お、お腹のお肉は見せたくないの!」
「あ、ごめん……そうだよね、最近太ったもんね」
あ、なんかそれをすんなりと受け入れられるのはショックです!!
ていうか太ってません!!
「――とでも言うと思ったか!?」
「ひえっ!?」
不意打ちをつかれ、腕を掴まれます。
――ピンポーン
しかも、このタイミングでチャイム!!
「しゃ、シャル……!お客さんだよ……!」
「後でもいいでしょ!!」
拮抗した力関係はすぐにシャルに軍配が上がり、腕が徐々に剥がされて行きます。
わたしはそれから逃れるべく、反射的に体をかなりよじってしまいました。
「あんたそんなトリッキーな動き……きゃあっ!!」
「あららっ!?」
――バタンッ!!
二人ともにバランスを崩し、床に転倒してしまいました。
「あたた……あんた大丈夫?」
「う……な、何とか……」
シャルがわたしの上に覆いかぶさっています。
目を開けたシャルはそれに気づいて目を丸くします。
「ご、ごめん!今起きるからっ!」
シャルは慌ててその身を起こします。
――ふにゃ
「……ヱッ?」
聞いたことのない声を発したシャル。
急いで起きようとしたせいでしょう。シャルの手がわたしのおっぱいを鷲掴みにしていたのです。
「あ、シャルのエッチ」
まあ、わたしの慎ましいおっぱいですからね。
妹ですし、事故ですし。何とも思わないんですけど。
「あわわわわわわ……!わわっ!わたしったら何てことを……!?」
と思ったら、シャルの様子がおかしいです!?
「いやいや、そんな大したことじゃ……」
「ええ、エッチじゃないから!!そんな目的じゃないからっ!!」
「分かってる、分かってるよ!?冗談だよ!?」
というかシャル、顔真っ赤なんですけど!?
――ガチャ
え、あれ……玄関の扉が開く音。そう言えばさっきチャイム鳴ってましたよね。
……って鍵空いてる!?
わたしが部屋に逃走すべく二階に上がるのに意識しすぎて忘れてました!
「エメ?勝手に入ってごめんなさい、でも人が倒れた音がしたから何かと思って……」
玄関に現れたのは両手で紙袋を持ったセシルさんの姿!
そして廊下には下着姿で倒れているわたしと、そのおっぱいを掴んでいるシャル!
――バサッ
セシルさんが持っていた紙袋が床に落ちました。
「ご……ごめんなさい……!私、そんな関係だって、し、知らなくて……!」
両目に涙を浮かべているセシルさん。
いえ、状況の理解が追い付かないのは分かりますがなぜ涙!?
「違うのセシル!!これは全然そういうことじゃなくて……!!」
「ごゆっくり!!」
ああ!セシルさん!家から出ないで!話を最後まで聞いてください!!
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