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41 セシルさんのお悩み!

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【セシル視点】

 朝は嫌い。

 陰鬱な一日の始まりを告げる合図だから。

「……眠い」

 私は重い体を起こして身支度を整えると、階段を降りる。

 眼下に広がるのは異様に広い空間、壁面は大きな窓から光が差し込み、見上げればガラス細工が施された天窓。床には毛の長い紅色の絨毯が敷かれている。

 豪奢な空間とも言えるが、私はそれに必要性を見いだせない。

 そんな踊り場を抜けてリビングへと向かう。

 長いテーブルの上端、上座に座るのがお父様。

 次いで母と兄が対面に向かい合い、そしてわたしがその隣へ、下座だ。

 一見して分かる家族のヒエラルキー。

 歳の差と思えば、特に何か思うことではないかもしれない。

 けれど、この家は違うのだ。

「遅いぞセシル、いつまで待たせるつもりだ」

「申し訳ありません、お父様」

 ……待ってくれなんて頼んでいないのに。

 この家は家族全員で食事を摂るのが慣例になっている。

 仕事で忙しい父と兄は夜の時間が合わないからだ。

「まあまあお父さん。セシルも夜遅くまで勉強を頑張っているんだろ?ちょっとくらいの寝坊なら許そうじゃないか」

 そうして私をフォローをしてくれたのが兄さん。けれど、それはあまり効果のない一言だ。

「ふん、努力した所で一位でなければ意味がない。あろうことか三位などと……」

 また、その話。

「父さん……そこまで言わなくても良いじゃないか」

「そうよ貴方、3位でも十分すごいじゃない」

 兄も母も二人は庇おうとはしてくれる。

 けれど、それはほとんどポーズのようなものだ。

 この家では誰もお父様の言う事に逆らうことは出来ないのだから。

「2位はあのバルシュミューデだぞ?よりにもよってあの家に遅れをとるなど許せるはずがない」

「これから頑張ってくれるさ」

「そればかりか一位はクリステンセンとかいう、聞いたこともない家柄らしいではないか。怠慢なのだこの娘は」

「……」

 そんなに順位と家柄が大事なのだろうか。

 大事なのだろう……。私を学園の頂点に立たせ、いずれは魔法士協会に入れるつもりなのだから。

 他の家を牽制するためにも、順位は重要なのだ。お父様のような魔法を使えないお金持ちからすれば。

「……ご馳走様」

 私は遅く来て、一番早く席を立つ。

「あら、もういいのセシル?」

 母は私がスープしか手に付けていないのを見て、首を傾げる。

「もうお腹一杯だから」

 こんな会話の中で何を食べろと言うのだろう。

 味なんてしない。

 だから、食事は嫌い。

 陰鬱な朝の始まりを連想させるから。

        ◇◇◇

 学園の生活はまだいい。

 ステラという称号と、アルベールの家柄によって皆が私に気を遣ってそっとしてくれる。

 それは私自身を見てくれていないような気もするけれど、否定されるよりはずっといい。

「セシルさんセシルさん」

「……なに」

 ところが一人、随分と親し気に話掛けてくる人物がいる。

 黄金色のョートカットの女の子、エメ・フラヴィニー。

 彼女は丸々とした大きな瞳を瞬かせ、眉をひそめている。

「次、魔法実技ですよ?移動教室です」

「……それが?」

「行かないのですか?」

「……行くけど」

 何が聞きたいのだろう。

「皆が教室を出て行ってから移動しますか?それとももう先に移動しますか?」

「……考えてない」

「じゃあ決めて下さい!どうします!?」

「そんなに決めなきゃダメなこと?」

 そんなの準備出来て、その気になったら行けばいいだけのこと。

 わざわざ聞く必要ある?

「わたしがあの集団に溶け込めるわけないじゃないですか!セシルさんと一緒に行きたいのでタイミング合わせましょうよ!」

 いつの間にか、エメは私のテーブルに擦り寄ってきた。

「い、いい……私は一人で行けるから」

「そう言わず、さあご一緒に……!」

 有無を言わさぬ気迫。

 学園の時くらい一人静かに……と私は思うのだが、エメは違うらしい。

 断り切れずにわたしは一緒に廊下を歩く。

「それにしても連日実技だなんて……後期は実戦的なんですね」

「昨日の実技は中止になったから。今日のはそれの埋め合わせ」

「そ、そうでしたね……!ダンジョン探索は中止になりましたからね!」

 エメは急にバツの悪そうな表情を浮かべていた。

「あ、聞いてくださいセシルさん!とうとう私、魔法を使えるようになったんです!」

 と思えば今度は嬉しそうに声を弾ませている。

 彼女はコロコロと表情を変える。そこは私と違って面白い。

「やっと……?」

「それは言わない約束です」

「でもアレだけ下手だったのに使えるようになるなんて、逆に驚き」

「喜んででいいのか悪いのか、容赦ない言い方をしますねセシルさん……」

 そんな他愛のないやり取りをしていると、歩いている足に力が入らないことに気付く。

 どこか浮いているような、頭がぼーっとして感覚がはっきりとしない。

 でもこれくらいはいつものこと。黙っていればすぐに治まる。

 自分の体の違和感に蓋をする。



 昨日と同じ、ガーデン。

 二班に分かれて、川の水を増やすか、川の流れを止める実技とのこと。

 いつこんな状況があるかは分からないけれど、魔法のコントロールが要求されることは間違いない。

 各々一斉に取り組み始める。

 私もそれに倣って手をかざす。

 魔法で岩を生成してしまえば川の流れくらい止まるだろう。

 大きな岩を作るために、それ相応の魔力を抽出する。

 その瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

「……あ、れ……?」

 魔力が体から抜けていく。

 視界が真横に倒れたように角度が変わる。

 ――バタン

 ああ、私が倒れただけか。

 暗く狭まる視界の中、私を呼ぶ少女の声が聞こえた気がした。

        ◇◇◇

「――ルさん」

 ……暗い意識の奥底で、誰かの声が聞こえる。

「――シルさん」

 聞き覚えのある声。
 
 体はゆらゆらと揺れていて、揺りかごのよう。

 暖かくて、ふわりと花のような甘い香りがした。

「セシルさーん?」

「うっ……?」

「あっ、セシルさん。ようやく起きましたね!」

 目を覚ます。

 気付けば私は夕暮れに染まる道で、エメの背中で運ばれていた。

「覚えてなさそうなので説明しますが、授業中にセシルさん急に倒れたんですよ?何事かと思ってヒヤヒヤしました」

「……そうだったの」

「先生は低血糖症状だろうって言ってました、食事と睡眠をちゃんととれば問題ないって」

「そう」

 なるほど、どちらもちゃんととれていなかった。

 今後もとれるかは分からないけれど。

「セシルさん、さてはちゃんとご飯を食べていませんね?」

「……」

「ふふっ、沈黙は肯定なのです。それにいつもセシルさんがお昼ご飯を食べていないのはリサーチ済みです」

「それは貴女が食事に誘おうとして、私が食べないと断ったから知ってるだけ」

「そう見せかけたリサーチです」

 ……妙な所で頑固さを見せるエメ。

「それに、私は何でセシルさんがご飯をしっかり食べていないか分かっているんですよ」

「えっ……?」

 ギクリ、と心臓が高鳴った。

 その理由は、誰にも触れて欲しくない場所だから。

 それがバレているのかと思うと怖かった。

「セシルさん、学校だけじゃなく家でも無理をしているんでしょ?」

「そ、それは……」

「隠しても無駄です、わたしには分かっています。セシルさんとは隣同士なのでお見通しです」

 強い眼差し、それは自信の表れだ。

 でも、いつどうやって彼女は知ったのだろうか。それも怖い。

「どうして分か――」

「さては家でも相当過酷なダイエットに挑戦しているんですね!?」

「……」

 一瞬でもエメに見抜かれていると思った自分が恥ずかしい。

「いえいえ!セシルさんの細さと昼休みの態度を見れば察しがつきます!どう考えても家からとてつもないダイエットに挑んでいるに違いありません!」

「……そういうわけじゃ」

「ですがっ!そこまで体を酷使するようなダイエットはいけません!もっと健康的に痩せないと体に良くないです!」

 この人は体重に何かコンプレックスでもあるのだろうか……。

 さっきから話題がダイエットしかない……。

「それより、ここはどこ……?」

 エメのおんぶで運ばれていることに驚いて意識していなかったけれど、見渡せば知らない住宅街。

 どうしてこんな所にいるのだろう。

「あ、わたしの家に向かってます。学園から近いので連れて行くことにしました」

「……なぜ!?」

 流石に驚かずにはいられない。

「ご飯食べさせてあげようと思って。セシルさんの家だとまた我慢しそうなので、我が家でしっかり食べてもらおうと思います!」

「……よ、余計なお世話……」

「あ、ここです。ただいまー!」

 ぜ、全然話聞いてない……。
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