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38 ゲオルグさんにも屈しません!

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「うあっ……!!」

 ――ビキビキ
 
 体を走る魔力の経路が疼きます。

 今まで感じたことのない滞りのない魔力の流れ。

 魔力が円滑すぎるほど駆け巡りるせいなのか、同時に痛みが伴います。

 ですが、この手からは間違いなく黒い閃光、魔法が放たれています。

「グアアアアアアアアア!!」

 フェンリルが叫びます。
 
 それは先程まで轟かせていた咆哮ではなく、自身の終わりを告げる断末魔。

 わたしの魔法によって体に風穴を開けられたフェンリルは、両手脚をバタつかせ虚しく空を搔いています。

 けれど、それが出来たのも数秒。悶える力すら失った狼の魔獣はその場に倒れ伏せます。

 ――バアン!

 巨躯が地面に倒れる音。その背後に隠れるようにして立っていた少年は口をあんぐりと開けたまま、こちらを見ているのです。

「……ラピス、てめぇいま、何をした!?」

 “信じられない”、そう言わずとも分かってしまうのは、その瞳に恐怖の色を宿していたからでしょう。

「何と言われましても……やられそうだったので、やり返しただけです」

「ミミアもビックリ、エメちゃんそんな強力な魔法を使えたの?しかもほとんど詠唱してないよね?」

 魔法は本来強力であればあるほど、長い詠唱を必要とします。

「当たり前だっ!フェンリルの魔法は俺達人間が使う魔法とは別物!魔族だけが使用できる“闇魔法”だぞ!?なんで人間のお前が……それもラピスごときが使えるんだっ!?」

「え、それって……どういうことですか……?」

 そんなことは知りませんでした。

 ただ、フェンリルの魔法を見た時にその経路から構成の全てが視えてしまったのです。

 視えるということは理解したということ、それを再現するのは容易いのです。

 むしろ、今まで使っていた魔法よりずっと体に馴染んだような……。

「俺が知るかよ!この化け物がっ……!」

「えっ……」

 その一言が妙に胸に響いてしまったのは何故でしょうか。

「その雷鳴を轟かせよ――稲妻ライトニング!!」」

 その隙を突くように、ゲオルグさんが魔法を展開します。

「……視えない」

 そこで気付きます。ゲオルグさんの魔法は、わたしの魔眼で魔力を捉えることは出来ても、その構成の把握にまでは至りません。

 わたしはフェンリルの魔法を理解することは出来ても、ゲオルグさんの魔法を理解することは出来ないのです。

 これは、どういうことなのでしょうか。

「エメちゃん、ちょっとボーっとしてない!?」

「……あっ!」

 フェンリルを倒したことですっかり安心し、ライトニングが理解できないことに意識が向きすぎて注意が散漫に!?

 急いで魔力を足に集中させて……!

「アクセラレ……」

「――その必要はありませんよ」

「へ……?」

 突然、目の前には白く輝く髪の後ろ姿。

 その少女の手には剣が握られています。柄の部分は少女の髪のように白く、細かい装飾。刀身は細く銀色に輝いています。

「ゲオルグ、貴方はいつになればその魔力を無駄に放散させるだけの魔法が改善されるのでしょうね?」

 白い髪の少女はその手に持った剣を一度振るうだけで、電撃は霧散してしまいます。

「セリーヌ!?てめぇ、何でこんな所に!?」

「貴方が無茶苦茶な事をするからに決まっているでしょう?噂はすぐに届きました、こうして私自ら粛清に来たのですから覚悟することですね」

 セリーヌと呼ばれた少女はゲオルグさんの剣幕に一切押されず、華麗に流してしまいます。

 むしろ、ゲオルグさんの方がセリーヌさんを恐れているような……。

「ち、ちくしょう……!なめんなよっ!俺はこんな所で……!」

 ゲオルグさんが再び手をかざします。

「遅いですね」

「はあっ!?」

 けれど、それよりも速くセリーヌさんがゲオルグさんの前に。

 そのまま目にも止まらぬ速さで剣を振るいます。

 ――シャシャシャシャッ……!!

 流麗な身のこなしで、ゲオルグさんを何度も斬りつけます。

「うあああっ!?」

 ですが肉体は一切り刻まれていません。

 ……なんと、服だけを切り裂いていたのです。

 いきなり、すっぽんぽんになるゲオルグさん……。

「うおおおっ!!」

 大事な所を手で隠してます……。

「ほら、がら空きですよ」

 コンッ、とブーツ掃いた足でゲオルグさんの胴体部を蹴ると、そのままバランスを崩し仰向けに倒れてしまいます。

 か、かなり間抜けです……。

「てめえっ……!舐めた真似しやがって!!」

 倒れたまま叫ぶ裸の男を、セリーヌさんは見下ろします。

「うふふっ……とってもみすぼらしい姿ですね。こんな姿を後輩の女の子に見られるだなんて……恥ずかしくって私なら耐えられません」

 くくくっ……、と押し殺すように笑うセリーヌさん。

 なんでしょう……すっごく怖いのです。

「ふざけやがって!てめえみたいな女、俺がブッ殺し……」

「誰が誰を殺す、ですって?」

 セリーヌさんから初めて敵意が露になると、四方を囲むように空間に現れたのは氷の刃。

 その全ての矛先がゲオルグさんに向けられています。

「ひっ……」

 そして、セリーヌさんの剣先もゲオルグさんの首筋に当てられています。

「殺すと豪語するのは勝手ですが、相手は考えることですね」

「てめえなんかに……!」

「ああ、それとも実際に味合わなければ理解できませんか?」

「なっ、どういう……!?」

 空間に停止していた氷の刃が一斉にゲオルグさんに向かって動き出します。

「これなら確実にあの世行きですね?」

「うわあああああああ!?」

 青ざめるゲオルグさんは、自分に近づく氷の刃に恐怖し叫び声を上げます。

 ですが、その刃はゲオルグさんに届く寸前で消えてしまいます。

「冗談ですよ。さすがにそこまでしません」

「……」

「あれ、ゲオルグ?……あらあら、気絶してしまいましたか」

 白目を剥いたまま意識を消失してしまったゲオルグさん。

 恐ろしいのはセリーヌさん。傍から見ていても明らかに力を完全に出し切らないまま、2学年で第4位のゲオルグさんを圧倒していることです。

 セリーヌさんは白い髪を掻き上げると、こちらの方を向きます。

「私のクラスメイトがご迷惑をお掛けしましたね。怪我はありませんか?」

「あ、はっ……はい!大丈夫ですけど……」

 真正面からその姿を見ましたが、なんて美しい人なんでしょうか。

 白く滑らかな肌に整った顔立ち、細くしなやかな手足に落ち着いた物腰。

 大人のお姉さん感が溢れ出ています。

「み、ミミアちゃん……?この綺麗な人は一体誰……!?」

「げっ、エメちゃん!それ本気で言ってる!?」

「あ、うん……」

 ミミアちゃんはわたしの質問に心底驚いてるようでした。

「セリーヌ・ベルナールさん。2学年で第1位のステラ、そして我らがアルマン学園、生徒会執行部の会長じゃない……!」

「そんな凄い人なんですか!?」

「なんで知らないの!?」

「なんで知ってるんですか!?」

「いや、確かにこの学園って忙しいからそういった人達の接点ないけどさ……入学式とか挨拶してたよ!?」

「ああ……」

 入学式での壇上挨拶はちゃんと集中できなかった記憶がありますね……。

「お二人とも無事なようですね。安心しました」

「は、はいっ!セリーヌ様のおかげで助かりました、ありがとうございますっ!」

 ゆるふわなミミアちゃんが背を正して敬語を使っています……。

 本当に凄い方なんですね……。

 セリーヌさんはわたしに視線を向けます。綺麗なアーモンド形の瞳は白く透き通っていて、吸い込まれてしまいそうな美しさです。

「貴女の妹さんから連絡を頂いたのです。他の生徒はここまで来ないようヘルマン先生が対応してくれています。彼女と貴女達の迅速な対応のおかげで大事にならずに済みました、感謝致します」

 すっ、と頭を下げるセリーヌさん。

「あわわわっ!会長!頭を上げてください!助けてもらったのはミミアたちの方ですからっ!」

「いえ、彼を御しきれなかった私の責任でもありますから」

 なんでしょう……。

 さっきまでゲオルグさんを丸裸にして笑みを浮かべていた人と同一人物とは思えません……。

「それにしても、ゲオルグは魔獣まで連れ込んで……何のつもりだったんでしょうね!?」

「彼は【ゲヘナ】の一員です」

「ゲヘナって、あの反魔法士組織ですよね!?」

 ……あれ、またわたしの知らない単語が出てきてますね……。

「ええ、その証拠がアレです。左胸に刻印が刻まれているでしょう?」

「ほんとだ……」

 わたしも一緒に見てみると、裸で倒れているゲオルグさんの左胸には揺らめく炎のような紋様が刻み込まれていました。

「セリーヌさんは、それを確かめるためにゲオルグさんを裸にしたんですか?」

 わたしの質問にセリーヌさんは首を傾げます。

「当たり前でしょう?それ以外に何の目的があって彼を丸裸にする必要がありますか?」

 ……その割には、すごい楽しそうでしたよ?セリーヌさん……。
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