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覚醒、そして脱出へ。
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異世界からの帰還者、若しくは現代にやってきた異世界人はまず驚くことがあるだろう。
『魔力が回復しない』
これは大きなことだ。
体力だとか攻撃力だとかよくわからないものが、レベルアップで上がるわけではない異世界のシステム。職業レベルのアップは『魔法』だとか『能力』だとかをたくさん覚えることになるだけだ。
しかし、その能力・魔法はより多くの魔力を消費することになる。
つまり、魔力が回復しないことは強くなるために積み重ねてきたことが無意味になることと同じ意味となる。
確かに、基本スキルというものはある。外部から取り入れる魔力ではなく、身体の中で産まれる“自家発電”分の魔力だけで発動できる省エネなものだ。だがそれも強力なだとは言えないのがほとんどだ。
しかし例外も存在する。珍しい職種ほど、基本スキルも強力な傾向がある。
珍しい職種の筆頭である“勇者”はどうだろうか。……もちろん強力なものである。強力なものであるが、その発動には儀式じみた条件が存在する。
◎基本スキル
物語スキル『勇者の決意』
効果 :身体の回復(1番健康な身体に創り変えられる)・魔力の全回復・勇者の職業を取得・聖なる武器の召喚
発動 :『5分間』又は『敵を全滅させる迄』発動し続ける
条件 :
①発動者が“勇者”又は“勇者の資質を持つ者”であり
②『将来を誓い合った愛するもの』が
③目の前で
④『魔族』に
⑤殺されること
誰が言った言葉であろうか……
『勇者とは本質的に復讐劇の主人公である』とは。
★★★
全身の痛みと倦怠感が無くなっていく。身体には魔力が満ち溢れている。
まさか、発動するとは思わなかったな……この忌まわしいスキルが。
俺の目の前で力の抜けていったノダメのことをいつの間にか愛していた。自分の惚れっぽさが嫌になってくる。
15人、15丁の銃口がこちらに向けられている。身体や頭に空いた穴が瞬く間にもとに戻る。
それは霞に映った影に銃撃を与えていることと、何も変わらない。
『暗視』『召喚』
手元に紫色の光が灯る。その光は強くなりながら、腰のナイフと地面に弾き飛ばされたアサルトライフルに向かっていく。
「撤退、撤退しろ。銃撃は両膝に集中させながらだ」
効果時間は5分間……マズイ。逃してたまるか……アクマめ。
「ぐがぁあああぁぁぁ」
声を出しながら走り寄る。だが身体が前のめりに倒れていく。膝がちぎれ飛んだのだ。
地面に顎をぶつけながら、睨みつける。
かつて織田信長の軍隊は三段撃ちを考案したという。同じ日本人の血に、その系譜が残っていたのか。
敵は5人ごとの三段撃ちをしながら後退していく。射撃は薄くならない。
「クソが」
『リモート』
狙いをつけずに引金を引く。天井に向かっていた銃弾は紫色の光に包まれながら、その軌道を変える。
銃弾は、頭頂部から首の後ろを突き抜けて地面を跳ねた。
「全滅はさせない」
想定外である頭上からの射撃。15人のグループは撃たれたことに死ぬまで気がつかなかっただろう。
ただ一人、両肩と両膝を撃ち抜かれたリーダーを除いて。
『麻痺付与』『マップ』
「うん、あとリーダーだけですね。ねぇ、聞こえてる……よね。」
……全滅させると、魔力が回復しなくなるからまだ殺さない。この五分間で、彼女を生き返らせる……出来るか。
ノダメだった物のもとに向かう。両手で血をすくい取るようにしてスキルを発動させる。
『修復』
地面についた血液がペラペラの身体に巻き戻る。それは、海水の向こう側からも飛んできた。
あそこで撃たれたのか。キレイな皮膚に覆われたノダメの死体。その横には、金属製の通信機器も転がっている。
「よし、第一段階だ」
『蘇生』
身体から魔力が抜けて行く感覚がない。失敗しだ。
『蘇生』『蘇生』『蘇生』
やっぱり……失敗した。いや、まだだ。もう一度……。その時、頭の内側に天の声が聞こえてきた。
『システムアラートです。スキルの対象は生贄にされた生命です』
「聞いてないぞ……そんなこと」
スキルの生贄にされた者の蘇生はできない。現世との結びつきのエネルギーをスキルに使われてしまうからだ。
勇者は……悲劇っていう、悲劇のヒロインっていう生贄が必要なんのだろうか。わからないが、異世界の職業ではそう考えられているようだ。
……なんだ。この世界の魔王は中東にいたわけではなかったんだ。この悲劇の黒幕……そいつこそが、俺に取っての魔王だ。
そして、俺は、俺こそが勇者なんだ。
『降霊』
目の前の死体が青い光に包まれる。風が吹き込んだのか、その光はチリのように崩れていく。天の河のように数えきれない光の粒は海に溶け込んでいった。
それは死が安らかな眠りを意味すると信じてしまうような光景だった。
もしかしたら俺は、その眠りを妨げてしまうかもしれない。
「あれっ……。アサシンじゃない。私は殺されたはずだけど……、貴方の不思議能力かしら、ね」
そこには青い光の粒出てきたノダメの姿があった。ただ、光の粒の量は、海に溶けていった量とは比較にならないほど少ない。身体を通り抜けて奥の光景が見えるほどだ。
「ええ、不思議能力です」
「じゃあ、死んじゃったのかしらね……私。契約……果たせなかったわね」
「ええ、まだです」
「そんな……。いえ、そうよね」
「私が。私が……貰いすぎてしまったようです。貴方は文字通り魂を懸けて私の生きる道を切り拓いて下さいました」
「それって、どういうこと」
「この島から脱出させる方法を教えてください。それと、妹さんの居場所と事情を。貴方の変わりに護ります、一生かけて」
「アサシン、ありがとう、ありがとうございます」
「もちろん、俺が生きて帰れないと駄目ですがね。あ、こうやって話せるのは、あと3分くらいです」
「わかった。まずは逃げる先ね。マレーシアだったわ」
「ま、マレーシアですか」
「そう、裏社会の組織での関係とか……理由はたくさんあるけれど時間がないから省くわね。分かりやすく言うなら、この武器が使われているのはマレーシアの特殊部隊だけなの。それを自衛隊が使ってるってことは……ね。安直だけど、マレーシアに黒幕につながる鍵があるはずよ」
「そこで黒幕を見つけたら、話をつけるんですよね」
「いえ、だったよ」
「えっと……ではどこに行けば」
「好きにしていいと思うわ。能力かしらね。今のあなた、日本人とは思えない顔立ちなのよ。髪色も金色だしね」
「ほ、本当ですか」
「ええ、本当は何もしなくても脱出さえできれば生き残れるわ。ただ、黒幕への手がかりはマレーシア。それだけは覚えておくといいわ」
「そ、それで妹さんは」
「場所は分からないわ。それと事情に関しては……」
「事情に関しては、なんですか」
「ねえ、アサシン。私の魂で今の貴方があるのよね」
「そうです。本当は……貴女と」
「それなら、妹に貴方の2年間を貰えるのよね」
「もちろんです」
「そう、それは良かった。何だか安心したら眠くなってきたわ」
「待ってください。妹さんとの事情を」
彼女は、口元に笑みを浮かべると青い光へと戻っていった。その笑みに込められた意味はしっかり伝わったと思う。
『秘密は女を女性にするのよ』
妹の秘密は、貴女の秘密じゃないと思うんだけど……。何だかノダメらしいですね。
おっと……もう少しで5分間か。魔力が回復するうちに、やって置かないといけないことがあったな。
効果が継続し、魔力の消費が初めだけのもの。それを重要なものから使っていく。ただ、涙腺を締める魔法は存在しない。
できることは、やるべきことを見つけること。そしてそれに意識をすべて向ける事。それだけで、彼女の事を少し忘れられるような気がする。
5分、経ったんだな。
身体に満ちていた哀しい全能感……復讐心が湧いてこなくなっている。
しかし、復讐心が、怒りが無くなっているわけでわない。溜まり澱んだものが残っている。
今やるべきことに意識をすべて向けている。その黒く濁った感情は敵のリーダーへと向かっていった。
「この、魔王の手先め。俺が勇者だ」
★★★
『次のニュースです。本日未明、海上自衛隊の訓練中に死亡事故が発生しました。防衛省の発表によると民間人の死傷者は0であるとのことです……』
駅の近くに造られている商業施設。そのモニターから見下ろすようなアナウンサーの報道は、道行く人の間を抜けていく。誰の耳にも届かない。
しかし突然、競馬の新聞を握りしめたサラリーマンの一人が振り返る。
『魔王の手先め、次はお前だ』
それは、風に混ざって誰かの声が聞こえたようだった。聞き流さなかったのは、危機に対する人間の本能だろうか。欲望を剥き出しにしていた彼の耳は、増悪に塗れた危険な響きを聞き逃さなかったのだ。
「気のせいかな。いや、魔王……デビルインパクト。大穴狙いも面白いな」
勇者の乗るオスプレイが墜落してから、わずか3日。日本のとある街は魔王討伐以来、平和な空の下にあった。だがそこに勇者の影が確かに差し込んだのだ。
勇者の討伐する魔王の正体は、勇者その人にしか分からない。
『魔力が回復しない』
これは大きなことだ。
体力だとか攻撃力だとかよくわからないものが、レベルアップで上がるわけではない異世界のシステム。職業レベルのアップは『魔法』だとか『能力』だとかをたくさん覚えることになるだけだ。
しかし、その能力・魔法はより多くの魔力を消費することになる。
つまり、魔力が回復しないことは強くなるために積み重ねてきたことが無意味になることと同じ意味となる。
確かに、基本スキルというものはある。外部から取り入れる魔力ではなく、身体の中で産まれる“自家発電”分の魔力だけで発動できる省エネなものだ。だがそれも強力なだとは言えないのがほとんどだ。
しかし例外も存在する。珍しい職種ほど、基本スキルも強力な傾向がある。
珍しい職種の筆頭である“勇者”はどうだろうか。……もちろん強力なものである。強力なものであるが、その発動には儀式じみた条件が存在する。
◎基本スキル
物語スキル『勇者の決意』
効果 :身体の回復(1番健康な身体に創り変えられる)・魔力の全回復・勇者の職業を取得・聖なる武器の召喚
発動 :『5分間』又は『敵を全滅させる迄』発動し続ける
条件 :
①発動者が“勇者”又は“勇者の資質を持つ者”であり
②『将来を誓い合った愛するもの』が
③目の前で
④『魔族』に
⑤殺されること
誰が言った言葉であろうか……
『勇者とは本質的に復讐劇の主人公である』とは。
★★★
全身の痛みと倦怠感が無くなっていく。身体には魔力が満ち溢れている。
まさか、発動するとは思わなかったな……この忌まわしいスキルが。
俺の目の前で力の抜けていったノダメのことをいつの間にか愛していた。自分の惚れっぽさが嫌になってくる。
15人、15丁の銃口がこちらに向けられている。身体や頭に空いた穴が瞬く間にもとに戻る。
それは霞に映った影に銃撃を与えていることと、何も変わらない。
『暗視』『召喚』
手元に紫色の光が灯る。その光は強くなりながら、腰のナイフと地面に弾き飛ばされたアサルトライフルに向かっていく。
「撤退、撤退しろ。銃撃は両膝に集中させながらだ」
効果時間は5分間……マズイ。逃してたまるか……アクマめ。
「ぐがぁあああぁぁぁ」
声を出しながら走り寄る。だが身体が前のめりに倒れていく。膝がちぎれ飛んだのだ。
地面に顎をぶつけながら、睨みつける。
かつて織田信長の軍隊は三段撃ちを考案したという。同じ日本人の血に、その系譜が残っていたのか。
敵は5人ごとの三段撃ちをしながら後退していく。射撃は薄くならない。
「クソが」
『リモート』
狙いをつけずに引金を引く。天井に向かっていた銃弾は紫色の光に包まれながら、その軌道を変える。
銃弾は、頭頂部から首の後ろを突き抜けて地面を跳ねた。
「全滅はさせない」
想定外である頭上からの射撃。15人のグループは撃たれたことに死ぬまで気がつかなかっただろう。
ただ一人、両肩と両膝を撃ち抜かれたリーダーを除いて。
『麻痺付与』『マップ』
「うん、あとリーダーだけですね。ねぇ、聞こえてる……よね。」
……全滅させると、魔力が回復しなくなるからまだ殺さない。この五分間で、彼女を生き返らせる……出来るか。
ノダメだった物のもとに向かう。両手で血をすくい取るようにしてスキルを発動させる。
『修復』
地面についた血液がペラペラの身体に巻き戻る。それは、海水の向こう側からも飛んできた。
あそこで撃たれたのか。キレイな皮膚に覆われたノダメの死体。その横には、金属製の通信機器も転がっている。
「よし、第一段階だ」
『蘇生』
身体から魔力が抜けて行く感覚がない。失敗しだ。
『蘇生』『蘇生』『蘇生』
やっぱり……失敗した。いや、まだだ。もう一度……。その時、頭の内側に天の声が聞こえてきた。
『システムアラートです。スキルの対象は生贄にされた生命です』
「聞いてないぞ……そんなこと」
スキルの生贄にされた者の蘇生はできない。現世との結びつきのエネルギーをスキルに使われてしまうからだ。
勇者は……悲劇っていう、悲劇のヒロインっていう生贄が必要なんのだろうか。わからないが、異世界の職業ではそう考えられているようだ。
……なんだ。この世界の魔王は中東にいたわけではなかったんだ。この悲劇の黒幕……そいつこそが、俺に取っての魔王だ。
そして、俺は、俺こそが勇者なんだ。
『降霊』
目の前の死体が青い光に包まれる。風が吹き込んだのか、その光はチリのように崩れていく。天の河のように数えきれない光の粒は海に溶け込んでいった。
それは死が安らかな眠りを意味すると信じてしまうような光景だった。
もしかしたら俺は、その眠りを妨げてしまうかもしれない。
「あれっ……。アサシンじゃない。私は殺されたはずだけど……、貴方の不思議能力かしら、ね」
そこには青い光の粒出てきたノダメの姿があった。ただ、光の粒の量は、海に溶けていった量とは比較にならないほど少ない。身体を通り抜けて奥の光景が見えるほどだ。
「ええ、不思議能力です」
「じゃあ、死んじゃったのかしらね……私。契約……果たせなかったわね」
「ええ、まだです」
「そんな……。いえ、そうよね」
「私が。私が……貰いすぎてしまったようです。貴方は文字通り魂を懸けて私の生きる道を切り拓いて下さいました」
「それって、どういうこと」
「この島から脱出させる方法を教えてください。それと、妹さんの居場所と事情を。貴方の変わりに護ります、一生かけて」
「アサシン、ありがとう、ありがとうございます」
「もちろん、俺が生きて帰れないと駄目ですがね。あ、こうやって話せるのは、あと3分くらいです」
「わかった。まずは逃げる先ね。マレーシアだったわ」
「ま、マレーシアですか」
「そう、裏社会の組織での関係とか……理由はたくさんあるけれど時間がないから省くわね。分かりやすく言うなら、この武器が使われているのはマレーシアの特殊部隊だけなの。それを自衛隊が使ってるってことは……ね。安直だけど、マレーシアに黒幕につながる鍵があるはずよ」
「そこで黒幕を見つけたら、話をつけるんですよね」
「いえ、だったよ」
「えっと……ではどこに行けば」
「好きにしていいと思うわ。能力かしらね。今のあなた、日本人とは思えない顔立ちなのよ。髪色も金色だしね」
「ほ、本当ですか」
「ええ、本当は何もしなくても脱出さえできれば生き残れるわ。ただ、黒幕への手がかりはマレーシア。それだけは覚えておくといいわ」
「そ、それで妹さんは」
「場所は分からないわ。それと事情に関しては……」
「事情に関しては、なんですか」
「ねえ、アサシン。私の魂で今の貴方があるのよね」
「そうです。本当は……貴女と」
「それなら、妹に貴方の2年間を貰えるのよね」
「もちろんです」
「そう、それは良かった。何だか安心したら眠くなってきたわ」
「待ってください。妹さんとの事情を」
彼女は、口元に笑みを浮かべると青い光へと戻っていった。その笑みに込められた意味はしっかり伝わったと思う。
『秘密は女を女性にするのよ』
妹の秘密は、貴女の秘密じゃないと思うんだけど……。何だかノダメらしいですね。
おっと……もう少しで5分間か。魔力が回復するうちに、やって置かないといけないことがあったな。
効果が継続し、魔力の消費が初めだけのもの。それを重要なものから使っていく。ただ、涙腺を締める魔法は存在しない。
できることは、やるべきことを見つけること。そしてそれに意識をすべて向ける事。それだけで、彼女の事を少し忘れられるような気がする。
5分、経ったんだな。
身体に満ちていた哀しい全能感……復讐心が湧いてこなくなっている。
しかし、復讐心が、怒りが無くなっているわけでわない。溜まり澱んだものが残っている。
今やるべきことに意識をすべて向けている。その黒く濁った感情は敵のリーダーへと向かっていった。
「この、魔王の手先め。俺が勇者だ」
★★★
『次のニュースです。本日未明、海上自衛隊の訓練中に死亡事故が発生しました。防衛省の発表によると民間人の死傷者は0であるとのことです……』
駅の近くに造られている商業施設。そのモニターから見下ろすようなアナウンサーの報道は、道行く人の間を抜けていく。誰の耳にも届かない。
しかし突然、競馬の新聞を握りしめたサラリーマンの一人が振り返る。
『魔王の手先め、次はお前だ』
それは、風に混ざって誰かの声が聞こえたようだった。聞き流さなかったのは、危機に対する人間の本能だろうか。欲望を剥き出しにしていた彼の耳は、増悪に塗れた危険な響きを聞き逃さなかったのだ。
「気のせいかな。いや、魔王……デビルインパクト。大穴狙いも面白いな」
勇者の乗るオスプレイが墜落してから、わずか3日。日本のとある街は魔王討伐以来、平和な空の下にあった。だがそこに勇者の影が確かに差し込んだのだ。
勇者の討伐する魔王の正体は、勇者その人にしか分からない。
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