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第三部【前編】
ex6 異能頂上決戦
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翌日の早朝、完全に陽が昇りきっていない空はまだ白く少し肌寒い。
厚労省庁舎屋上で関西ロリ娘とアイアンメイドが互いに距離を取って対峙していた。加えて、始業前にも関わらず異能管理室の全職員が彼女たちを取り囲んでいる。
「やはり、全力でぶつかり合ってこそ真の姫! さあ、いくで咲ッ!」
「そ、そうですね……」
不敵に笑う志津に対し咲は引きつった笑みで返した。
これからランクSとランクAの二人の少女による異能対決が始まろうとしている。
なぜこんなことになってしまったのか、それは昨晩に遡る。
ファミレスで恋話ではなく物騒にも異能力談義に花を咲かせていた現役女子高生の二人は、いつの間にかトークに熱が入り、仕事の疲れからナチュラルハイになっていたことも相まってレイドではなく直接対決でどちらの異能が優れているかケリをつけようと口約束をしたのだ。
深夜のファミレスで展開される良くありがちな青春の一コマでもある。
後から「やってしまった……」と我に返り、二日酔いのサラリーマンみたいに頭を抱えた咲だったが時すでに遅く、志津を止める術なく今に至る。
「んじゃ、定刻になったから始めっぞー……。いいかお前ら、さっき説明したとおり勝敗はどちらかが降参するか意識を失うかに限る。どんだけ憎たらしくても殺すのは絶対にダメだからなぁ。ふわぁぁぁあ、ネみぃ……、んじゃあ行きますか」
怠惰に大欠伸を掻いた直人は緩慢に右手を上げた。
「ほい、戦闘開始~」
腕が振り降ろされると同時に半身に構えた咲がホルスターからトンファーを引き抜く。だが一瞬にして濃霧が辺りに立ち込め咲の視界を奪い、志津は霧の中へ消えていった。
「くっ、なんて展開速度なの……」
瞬く間に濃い霧が屋上全体を包み込んだ。既に咲は自分の足元さえ見えなくなっている。
志津の異能《クリティカル・ブルー》は攻撃力はもとよりその応用性や操作性、広範囲の異能領域に加えて《ハイランカー反比例の法則》に当てはまらないという特質を持っており、全異能力者の中で最もランクSに近いAランカーだと言われている。
つまり、この対決は図らずも冗談抜きで『異能頂上決戦』になってしまったのである。
「ほな、そろそろいくで」
濃霧の中からくぐもった志津の声が聞こえてきた。声は多方向から反響している。
咲は一直線に志津がいた方向に走り出した。距離を詰めなければ、視界が効かないこの状況では自分が不利なことは明白である。
直後、後方から水の弾丸が咲の背中にヒット。骨が軋むほどの衝撃が体を貫き、倒れそうになった体を咲は手を付いて支えた。
「ぐっ……」
今の一撃は志津の持つ銃から放たれた攻撃だ。だが、貫通力はなく衝撃を与えるだけに抑えてある。試合形式のルールに救われた。これが実戦なら今の一撃で敗北していただろう。
咲は不甲斐ない自分を鼓舞するように歯を噛み締め、すぐに立ち上がると円を描くように走り出した。とにかく足を止めてはいけない。既に後方からの攻撃してきた志津も同じように動き続けているはずだ。
次の刹那、咲の頬を弾丸が掠めた。さらに後方から、そして真横から、間断なく前方斜め下から突き上げるように衝撃波が咲の体を貫いた。
「がはっ!」
腹部を突き上げらえた衝撃にうずくまった咲はなんとか意識を集中させ、最後に弾丸が飛んできた方向にトンファーを薙ぐ。
《特異打撃》を放った方向のみ霧が晴れる。だがその先に志津の姿はなかった。
なぜこの濃霧の中で彼女は私の位置を正確に把握できるのか?
無様にも蹲るまで視界が効かない状況下は互いに不利であると思い込んでいた咲は、すぐにその誤った考えを訂正させた。
これは全て志津の異能から生み出された霧である。つまり彼女の一部のような物、例え視界がゼロだろうと志津には手に取るように敵の一挙一動を捉えることができるのだ。
異能者でありながら固定概念に囚われていた自分に苛立ちを覚えたそのとき、
「平崎咲、敗れたり……」
背後から志津の声、咄嗟に反転させた咲の身体を渦巻く水が呑み込んだ。
首から下の全てが水膜拘束衣によって束縛されてしまう。まるで厚手の布で体全体をグルグル巻きに締め上げられるような強力な水圧が咲に襲い掛かる。開かれていた手足は強制的に閉じられ直立の姿勢となり指一本すら動かせない状態だ。
咲の前に立った志津の口元は確信した勝利の笑みを形作っていた。
「《特異打撃》は攻撃特化しとるが応用が効かへんのが難点や、対してウチの《クリティカル・ブルー》は縦横無尽臨機応変、死角はない。さあ、ギブアップしなはれはれ」
「い、嫌です」
さらに水圧が上昇しギリギリと咲の体を締め付けていく。
咲は苦痛に顔を歪めた。
「くっ、ぐぅ……」
「このままいけば臓器が潰れてまうで……、その前にギブアップするんや」
肺と心臓が圧迫され咲の呼吸は乱れ、浅くなっていく。
呼吸すらままならない状態で歯を食いしばるも、
「わ、私を甘く見ないでください……」
咲の視界は徐々に狭くなり意識が薄れ始めていた。
「文字通り手も足も出えへん状態で何ができる言うんや……。いくら神に近い力を持つと云われるランクSでもどうにもできへんやろ」
咲の身体を覆う水が徐々に上がっていく。このままでは臓器を潰してしまうと判断した志津が溺れさせて咲の意識を失わせる作戦に移行させたのだ。
水に浸かりそうな顎を必死に上げ、キッと志津を見つめた咲の瞳は輝きを失ってはいなかった。
「い、いえ……、この勝負、私が勝ちます……」
「ほう、ほんなら見せてもうらお―――、ぎゃいん!」
突然、志津の身体が真横に吹っ飛び屋上を囲む鉄柵に激しく衝突した。
「ぐはっ!」
不可視の打撃によって三メートル以上弾かれた自らの体を、鉄柵に掴まりながらなんとか起こそうとする志津だったが、
「くそぅ……」
体を支えきれず崩れるようにうつ伏せに倒れ、そのまま意識を失った。
術者が意識を失ったことで《クリティカル・ブルー》が解除される。水膜拘束から解放された途端、ガクリと黒ずんだ屋上の床に膝を付けた咲は胸に手を当てて、乾燥した空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「はい、そこまで。勝者はアイアンメイドに決定~!」
そして直人が咥えていた煙草を掲げて咲の勝利を宣言した。
厚労省庁舎屋上で関西ロリ娘とアイアンメイドが互いに距離を取って対峙していた。加えて、始業前にも関わらず異能管理室の全職員が彼女たちを取り囲んでいる。
「やはり、全力でぶつかり合ってこそ真の姫! さあ、いくで咲ッ!」
「そ、そうですね……」
不敵に笑う志津に対し咲は引きつった笑みで返した。
これからランクSとランクAの二人の少女による異能対決が始まろうとしている。
なぜこんなことになってしまったのか、それは昨晩に遡る。
ファミレスで恋話ではなく物騒にも異能力談義に花を咲かせていた現役女子高生の二人は、いつの間にかトークに熱が入り、仕事の疲れからナチュラルハイになっていたことも相まってレイドではなく直接対決でどちらの異能が優れているかケリをつけようと口約束をしたのだ。
深夜のファミレスで展開される良くありがちな青春の一コマでもある。
後から「やってしまった……」と我に返り、二日酔いのサラリーマンみたいに頭を抱えた咲だったが時すでに遅く、志津を止める術なく今に至る。
「んじゃ、定刻になったから始めっぞー……。いいかお前ら、さっき説明したとおり勝敗はどちらかが降参するか意識を失うかに限る。どんだけ憎たらしくても殺すのは絶対にダメだからなぁ。ふわぁぁぁあ、ネみぃ……、んじゃあ行きますか」
怠惰に大欠伸を掻いた直人は緩慢に右手を上げた。
「ほい、戦闘開始~」
腕が振り降ろされると同時に半身に構えた咲がホルスターからトンファーを引き抜く。だが一瞬にして濃霧が辺りに立ち込め咲の視界を奪い、志津は霧の中へ消えていった。
「くっ、なんて展開速度なの……」
瞬く間に濃い霧が屋上全体を包み込んだ。既に咲は自分の足元さえ見えなくなっている。
志津の異能《クリティカル・ブルー》は攻撃力はもとよりその応用性や操作性、広範囲の異能領域に加えて《ハイランカー反比例の法則》に当てはまらないという特質を持っており、全異能力者の中で最もランクSに近いAランカーだと言われている。
つまり、この対決は図らずも冗談抜きで『異能頂上決戦』になってしまったのである。
「ほな、そろそろいくで」
濃霧の中からくぐもった志津の声が聞こえてきた。声は多方向から反響している。
咲は一直線に志津がいた方向に走り出した。距離を詰めなければ、視界が効かないこの状況では自分が不利なことは明白である。
直後、後方から水の弾丸が咲の背中にヒット。骨が軋むほどの衝撃が体を貫き、倒れそうになった体を咲は手を付いて支えた。
「ぐっ……」
今の一撃は志津の持つ銃から放たれた攻撃だ。だが、貫通力はなく衝撃を与えるだけに抑えてある。試合形式のルールに救われた。これが実戦なら今の一撃で敗北していただろう。
咲は不甲斐ない自分を鼓舞するように歯を噛み締め、すぐに立ち上がると円を描くように走り出した。とにかく足を止めてはいけない。既に後方からの攻撃してきた志津も同じように動き続けているはずだ。
次の刹那、咲の頬を弾丸が掠めた。さらに後方から、そして真横から、間断なく前方斜め下から突き上げるように衝撃波が咲の体を貫いた。
「がはっ!」
腹部を突き上げらえた衝撃にうずくまった咲はなんとか意識を集中させ、最後に弾丸が飛んできた方向にトンファーを薙ぐ。
《特異打撃》を放った方向のみ霧が晴れる。だがその先に志津の姿はなかった。
なぜこの濃霧の中で彼女は私の位置を正確に把握できるのか?
無様にも蹲るまで視界が効かない状況下は互いに不利であると思い込んでいた咲は、すぐにその誤った考えを訂正させた。
これは全て志津の異能から生み出された霧である。つまり彼女の一部のような物、例え視界がゼロだろうと志津には手に取るように敵の一挙一動を捉えることができるのだ。
異能者でありながら固定概念に囚われていた自分に苛立ちを覚えたそのとき、
「平崎咲、敗れたり……」
背後から志津の声、咄嗟に反転させた咲の身体を渦巻く水が呑み込んだ。
首から下の全てが水膜拘束衣によって束縛されてしまう。まるで厚手の布で体全体をグルグル巻きに締め上げられるような強力な水圧が咲に襲い掛かる。開かれていた手足は強制的に閉じられ直立の姿勢となり指一本すら動かせない状態だ。
咲の前に立った志津の口元は確信した勝利の笑みを形作っていた。
「《特異打撃》は攻撃特化しとるが応用が効かへんのが難点や、対してウチの《クリティカル・ブルー》は縦横無尽臨機応変、死角はない。さあ、ギブアップしなはれはれ」
「い、嫌です」
さらに水圧が上昇しギリギリと咲の体を締め付けていく。
咲は苦痛に顔を歪めた。
「くっ、ぐぅ……」
「このままいけば臓器が潰れてまうで……、その前にギブアップするんや」
肺と心臓が圧迫され咲の呼吸は乱れ、浅くなっていく。
呼吸すらままならない状態で歯を食いしばるも、
「わ、私を甘く見ないでください……」
咲の視界は徐々に狭くなり意識が薄れ始めていた。
「文字通り手も足も出えへん状態で何ができる言うんや……。いくら神に近い力を持つと云われるランクSでもどうにもできへんやろ」
咲の身体を覆う水が徐々に上がっていく。このままでは臓器を潰してしまうと判断した志津が溺れさせて咲の意識を失わせる作戦に移行させたのだ。
水に浸かりそうな顎を必死に上げ、キッと志津を見つめた咲の瞳は輝きを失ってはいなかった。
「い、いえ……、この勝負、私が勝ちます……」
「ほう、ほんなら見せてもうらお―――、ぎゃいん!」
突然、志津の身体が真横に吹っ飛び屋上を囲む鉄柵に激しく衝突した。
「ぐはっ!」
不可視の打撃によって三メートル以上弾かれた自らの体を、鉄柵に掴まりながらなんとか起こそうとする志津だったが、
「くそぅ……」
体を支えきれず崩れるようにうつ伏せに倒れ、そのまま意識を失った。
術者が意識を失ったことで《クリティカル・ブルー》が解除される。水膜拘束から解放された途端、ガクリと黒ずんだ屋上の床に膝を付けた咲は胸に手を当てて、乾燥した空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「はい、そこまで。勝者はアイアンメイドに決定~!」
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