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第5部 伝説の女騎士

140.見せかけの平穏

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 カッキーン!

 王子様が色んな国を巡る失踪の旅から帰還して、皇城の様子も普段通りの静けさを取り戻した頃。

 皇城にある室内訓練室では、剣の打ち合う音が響いていた。

「どうしたエミリア! 腕がなまってしまっているぞ」

 公務からお離れになって暇を弄ぶがあまり、剣の鍛錬もいつも以上に時間を費やしていたという皇女様の繰り出す剣裁きに、久々のお相手をしている私は完全に押され気味になってしまっていた。

「女騎士の必要がなくなったからといって、せっかくモノにした剣の腕前だ。いつでも扱える状態にしておけば、いざという時に役立つはずだ」

 ローランディスさんから得た情報である、帝国内の要人や帝都のテロといった危険すぎる犯罪計画の中には、やはり原作通り、皇女様の外出時を狙った馬車事故の襲撃といった内容も含まれていた。

 つい先日まで、皇女様がそんな事故に巻き込まれるっていうのは、私しか知らなかった訳で、そこから彼女をお護りするって目的のために女騎士を志願していたのだ。

 しかし今では、そんな計画が立てられていたことが周知されているので、皇女様だけでなく陛下や皇太子様、皇后様には皇族騎士の護衛が必ずつくようになっていた。

 それすらも、計画犯たちが一斉に検挙されたり、王子様が戻ってきたことで三国同盟も再び安定してきたため、ピリピリとした雰囲気も無くなりつつあった。

 すなわち、皇女様に女騎士が付いていなくても、危険は遠のいている。

 そういった状況から、私自身も皇女様の女騎士にこだわる必要も無くなったし、皇女様もまた私のことは友人として接していたい、というご要望だった。

 しかし……確かに、イリスをはじめ、女騎士派遣事務所の現役騎士たちからもお墨付きをいただいたスキルを無駄にしてしまうのは、もったいない。
 それに……

「皇女様。ナディクスへは、いつ頃向かうご予定なのですか……?」

 一通りの鍛錬を終えて、休憩スペースにて一緒にレモネードを堪能していた皇女様に私はお尋ねした。

「そうだな。エルが中途半端になってしまっていたワークショップを区切りのいいところまでやっておきたいそうだが、それほど先にはならないだろう」

 そう。エルラルゴ王子様が戻られたことで、お2人はナディクスで今度こそ婚姻をあげなければならない。

 皇女様と帝国内でお会いできるのも、そう長くはない。だから、できる限りたくさん、手合わせもしたいと思っているのだ。

 お2人が幸せになれるなら、それは私としても願っても止まないことではあるんだけど……正直なところ、もう気軽にはお会いできなくなってしまうなんて、信じられないし、すごく寂しい思いがしてしまうのだった。

 そんな気持ちを、透明な金色をしたレモネードの中で浮いている氷や緑色のミントを眺めてまぎらわしていると、

「エミリア! エミリアがここにいるって聞いたんだけど!」

 何やら甲高い声が耳に入ってきた。
 見ると、相変わらず前だけ膝上まで丸見えになっている紫色のドレスを着ているリリーナ姫が、あんまり彼女には似合わない訓練室の中を通って、高いハイヒールをコツコツ鳴らしながらこっちにやってきた。

 私が立ち上がってお迎えすると、彼女はこんな事を言ってきた。

「今度、ユラリスとの結婚式で着るウェディングドレスを選びに行くことになったから。エミリア、あなたも一緒に来るのよ!」

 え……? なんで私が?

「ど、どういうことでしょう……もしドレス選びのためでしたら、エルラルゴ王子様の方が色々アドバイスをくださると思うのでお誘いしてみては、いかがでしょう?」

 王子様はファッション研究家っていう肩書きを持つ、プロなのである。
 なぜに、私にお声を掛けるのか謎だけど、そっちの方が姫にとっても適した人選だよね?

「わたくしだって、そんな事とっくの昔に思いついてエルラルゴを探したけど、ワークショップだかなんだかで忙しいとかで、全然捕まらないのよ!! だったら、このファッショナブルなフロントオープンドレスを着こなすエミリア、あなたが代わりに付いてきてちょうだい」

 初めて聞いた言葉ではあるけど、フロントオープンドレス。つまり姫がいま身に付けてる、前開きドレスを横文字風に言ってるだけみたい。

 前にアルフリードがアル中になった時に、私へ関心を向けさせるために皇女様がわざわざ用意してくださった、あのドレス。
 姫は私がそれを着ている姿にえらく感心されてしまって、そのおかげで彼女の帝国令嬢のご友人という立ち位置に認識されてしまっているようなのだけど……

 姫は私の意見など全く聞く耳も持たず、明日、いつもの帝都の高級ブティックへ行くというスケジュールを立てて、この訓練室の休憩スペースからハイヒールをコツコツ鳴らしながら出て行ってしまった。

「ナディクスの婚礼式は民族衣装を着用するのが習わしだから、私は向こうで全て手配を頼むことになっているが。姫は大変だな……」

 皇女様は若干、お誘いを受けなかった事に安堵している気配を隠しつつも、素知らぬお顔でレモネードをゴクゴクとお飲みになっていた。


「ウェディングドレスね……」

 その日、皇城から帰宅する馬車の中。
 前に座っているアルフリードは、私の話を聞きながらそんな風に言葉を漏らした。

「エミリアが行くなら……僕も一緒に行こうかな」

 そう自分のアゴに手を掛けながら、彼は何か意味深な様子でそう口にした。

 それを聞いた私は、まさか……という思いが不意によぎってきたのだ。

 もう自分の口からは決して言うことはできなくなってしまった言葉。

 私はチラリと自分の横に置いてあるものを見やった。

 アルフリードに買ってもらった帝国の伝統織のあのバッグだ。

 流石にもう中から出しておウチの焼却炉で燃やされちゃったけど、彼に渡したら握り潰されて、放り投げられてしまった婚約証をこれにはずっと入れていたのだ。

 私の方からあれを再び渡すことなんて出来ないし、そんな資格も持ち合わせていない。

 できる事といえば、ただ彼がする事を待つだけだけど……もしそれが叶わなくっても、彼と一緒にいられるだけで、それ以上のものは望むつもりなんて無い。

 それでも、ウェディングドレスを見に行くのに彼も一緒に行くってことは……
 そういう事なの? もしかして、また彼の方からあの言葉を掛けてくれる……?

 期待しちゃいけないって思いたいのに、頭の中で勝手にグルグルと考えが巡ってしまうのを止められなかった。


「ねぇ、まだやるの? もう50着目だよ?」

 次の日。
 姫とユラリスさん、そして私とアルフリードは帝都のブティックへ朝早くから訪れていた。

 ユラリスさんの疲弊した声がしているように、姫はずーっとドレスの試着に余念がなく、もう午後のティータイムの時間に差し掛かっていた。

「何言ってるのよ、当たり前でしょ!! 一生に一度きりのウェディングなのよ! それにお色直しだって10回以上はやりたいのっ! まだまだ全然、試し足りないんだからっ」

 姫はもう、周りのことなんか全く見えていない様子で、プリプリとしながら、大きな三面鏡にご自身の姿を写しながら、クルッと一回転したり、なんだか色んなポーズを取ったりして、かかさずに入念なチェックを繰り返していた。

「エミリア、どう思う!?」

 始めの頃は、とっても綺麗で豪華なドレスの数々に私までなんだかワクワクしながら、姫のお着替えを楽しく拝見させていただいてたけど、流石に飽きてきてウトウトしてきてしまっていた……

 そんな所に、時々意見を求める姫の怒声が聞こえて来るので、その度にハッとしながら、

「すっごくお似合いです!!」

 ひたすら、同じ言葉を繰り返していた。

 はぁ……この調子じゃあ、アルフリードも疲れちゃってるよね。そう思って、一緒に座って姫の様子を見ている彼の方を見てみると……

 彼はなかなかに真剣な表情をして、焦茶色の瞳を細かく動かしながら注意深くドレスを観察しているようだった。

 あんまり、リリーナ姫とは相入れない彼なので、この場では私語もせずにとても静かにしているけど、この様子は姫の着ているものをちゃんとチェックしているように見える。

 やっぱり、期待しちゃいけないのに、またここに来るつもりでいるのかな……と思ってしまうのだった。

「もぉー! 今日だけじゃ決められなかったわっ 明日もまた行くわよ、ユラリス、エミリア!」

 やっと姫自身も疲れを感じ始めたらしく、それからすぐに試着会はお開きとなったのだった。

 だけど、明日もこれをやるの……? な、なんとか断る口実を見つけ出せないかな。
 私はそう思いながら、ブティックの玄関に通じる廊下を姫とユラリスさんの後ろを、アルフリードと付いて歩いていた。

「では、ま、また明日もお越しをお待ちしております……」

 引きつったお顔のブティックの店長さんにご挨拶をして、お店の前に横付けされた馬車の方へ姫が向かって行った時だった。

 ゴッ!

 私の脇をものすごい勢いで何かがすり抜けて、何かがぶつかるような鈍い音がした。

 何かと思って見てみると、さっきまで私の横にいたアルフリードが誰だか分からない見知らぬ男の人を地面に押さえつけているではないか……

 一体、この一瞬の間に何があったの……!?

 私が訳が分からずにいると、

「エミリア! 姫が危ない!!」

 男の人を押さえ込んだままのアルフリードが、私の方に目線を向けながら叫んだ。

 すると、なんだろう。馬車の前で目を見開いてアルフリードの方を見ている姫の背後から、ナ、ナイフを持った別の男の人が近づいて行くではないか!!

 私はスカート姿だっていうのも構わず、姫の方へ走り寄っていた。

 そして……

「ゔるぁぁーー!!!」

 皇女様との鍛錬でも気合を入れる時にたまに自然と出てしまう雄叫びを発しながら、姫を襲おうとしている男の人に回し蹴りを喰らわせてやった。

 その暴漢はクルクルと回りながら、宙を舞ってナイフを落っこどしながら地面に叩きつけられたのだが、しぶとくも血走った目を姫の方に向けながら叫んだ。

「この悪女がぁ!! キャルンに戻ってくるな、その前に息の根を止めてやる!!!」

 そのセリフに、思わず私の背筋には凍るような悪寒が走った。

 しかし、そんな事も思っていられない。こんな事をされて怯えているだろう姫をお護りしようと、彼女の方を振り向いた。

 すると、姫は長い髪の毛を翻しながら私の横を通り抜けると、地面にヒレ伏して叫んでいた男の人の前に立ちはだかったのだ。

 そのお顔は怯えているどころか、不敵にほくそ笑まれていて……

「このわたくしに刃を向けるなんて、いい度胸じゃない。ご褒美をくれてやらないとね」

 そう言って、膝上まで丸出しになってる足をちょっと持ち上げると、高いハイヒールの細いかかとを、地面の上に置いてある手の甲めがけて振り下ろされた。

 そんな様子を腰を抜かしたユラリスさんはガタガタと震えながら、1人見つめているのだった。


 ……どうやら、エルラルゴ王子様が戻ってきたからって、そうことが上手く運ぶ訳じゃない。

 この事件は、それを物語る契機の1つに過ぎなかった。
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