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第5部 伝説の女騎士

136.エミリアの黒歴史

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 次の日。
 目覚めると開いた瞳に映ったのは、天井にぶら下がっている白い天蓋だった。

 クロウディア様がかくまわれていた、あの奇妙なお屋敷で目覚めた時に見た黒い天蓋でなかったことに、私はひとまず胸を撫で下ろしたのだが……

 1階の食堂に降りて行って、久々に見たような気になる帝国風の朝食が並べられているテーブルについたのだけど、私の食は一向に進まなかった。

 お父様とお兄様はいつものように朝食を食べ終わると皇城へと向かっていき、お母様は居間スペースでくつろいでいるし、イリスは3階のマニュアル部屋でリカルドの自主的な英才教育に付き合っている。

 私が連れ去られる前と変わらない、エスニョーラ家の日常だ。

 はぁ……一体、どこに行っちゃったんだろう。

 昨日もアルフリードが帰った後、屋探しのごとく、原作小説を探し回ったのだが見つかる気配はなく、今日もまたその続きをしようと思っているけど……

 具体的に何が無くなったと家族にも詳しく話せない以上、もはやそれも半分は諦め状態だ。

 それでも、おそらく夕方アルフリードの仕事が終わってここに来るまでまだ時間がある。

 警護が強化されたことで邸宅内でも見廻りしてる騎士さんや、使用人さんの目を何とかかいくぐって、昨日は部屋の持ち主がいたので探せなかったお父様とお兄様の書斎に潜り込んでみたりもしてみたけど、やっぱり見つからない。

 こうなったら次は、ヤエリゼ君に協力を仰いで、エスニョーラ騎士団の敷地の方を探しに行こうか。
 そう考えながら、玄関前を歩いていた時だった。

「エミリア、皇城から呼び出しがかかった。今から一緒に来るんだ」

 声を掛けられて振り返ると、そこには朝出て行ったはずのお兄様がいた。

 呼び出し……?
 皇城といえば、ブチ切れた皇太子様により完全追放された半年前の事件が思い起こされる。

 一応、世間では再び私は隠された令嬢として周知されてしまっているので、ウチにある黒っぽいローブを頭からかぶって姿を隠し、何のために呼び出されたのか全く教えてくれずに黙り込んでいるお兄様と一緒に、久々の皇城の裏門まで馬車に乗って行った。

 そして、またまた久々の抜け道を通って向かった先は、前は皇女様のだったけど、今では皇太子様の執務室となっている、あの部屋だった。

 という事は、私の苦手パーソンと化してしまったジョナスン皇太子様が呼び出した張本人……?

 胸がドクドクと脈打つのを感じながら、扉を開いたお兄様の後に続いた。

 そこには誰の姿もなくって、さらに向かった先は執務室の左奥にあるミーティング室だった。

 そして、そこに足を踏み入れると、4名ほどがテーブルを囲んで座っていた。

 お誕生日席にいる皇太子殿下。
 左側の列には皇女様が。反対側にはユラリスさんと、リリーナ姫までいる。

 皆さん、半年前とお変わりない姿に懐かしい思いが込み上げてきたけど、彼らの顔は無表情で、私がそこに入っていったのに絶対気づいてるはずなのに、全然微動だにしない。

 見慣れた人々のはずなのに、ものすごい居心地の悪さを感じる。

 そして私の目には、彼らが囲んでいるテーブルの上に置いてある、あるものに釘付けになった。

「公爵子息は叔母と一緒に焼酎の謝罪回りに行っていて、ここには今いない。その間にエミリア、この件について片付けさせてもらう」

 そうお兄様の声が私の横っちょから聞こえてきたけど……

 もうその声も途中からほとんど耳に入ってこなかった。

 彼らの目の前には……私が昨日からずっと探し求めていた、紙の束が……あの、半年間をかけて書いていた原作小説らしき原稿用紙が置かれているんだよ!!!

 へ、へえぇ?

「あ、あの……どうして、それがそこに……」

 もはや顔面蒼白になりながら、震える声をやっとの事で搾り出していた。

「アルフとの婚約などというものがおおやけになっていたことを知り、私は急遽、公爵殿になんとしても取り下げるようヘイゼル邸に出向きに行っていたのだ」

 相変わらず無表情のまま、皇女様が声を出された。

「そうしたらば、そこいる侯爵子息殿がエミリアがいなくなったと探しにきてな。公爵殿は心当たりがあると出ていかれ、私は侯爵子息殿とエスニョーラ邸へ赴いた。そして……そなたの部屋に入り、それを発見したのだ」

 わ、私がさらわれてしまってた間にそんな事があったのか……

 って、皇女様? 
 これを持ち出した犯人っていうのは……あなただって事ですか!!?

 私は思わず、アゴがはずれるか、というくらいの信じられなさに、口をでっかく開けて固まってしまっていた。

「しかし、この内容は……いくらアルフに振られた腹いせとはいえ、救いようのない女好きにおとしめ、最後にはこの世から亡き者にしてしまうとは……お兄様の言った通り、そなたは悪女と言っても過言でない性悪しょうわる娘であったということだな」

 皇女様は若干、お顔を左右に振りながら、眉間にシワを寄せて、まさか……まさかの発言を私に向けておっしゃったのだ。

 そんな……!!
 半年前の別れ際、私のことを妹みたいに思っていると言ってハグをして下さり、私のことを信じるとも言って下さっていたのに……!

 私は大好きで尊敬している皇女様からの言葉に、ただただ打ちのめされる他なかった。

 すると、以前と同じように、目の前に白黒の鍵盤のついたキーボードが置いてある皇太子様がポロロンとメロディを奏でた。

 そして、すぐに訳を開始したのはユラリスさんだった。

「今朝方アルフリードは君を取り戻したから、ソフィアナとの婚約を解消したいと言っていたが……相手がこのような醜聞にまみれた創作物を本人の知らぬところで書いていたとすれば、ただただ彼が可哀想で仕方がないな。

 あとこれは僕自身の意見ですが……僕だったら好きな人にこんな事を書かれたら、自分の存在価値を失って今すぐ消えて無くなりたいって思ってしまいます。こんな酷い事を書く人、今まで見たこともありません」

 “可哀想”に”存在価値を失う”か……
 一体、こんなに私の評判はガタ落ちになってしまって、ここに呼び出されたってことは、どんな処罰が下されるんだろう……?

 まさか、私もローランディスさんやグレイリーさんみたいにしょっ引かれて監獄に入れられてしまうんじゃないか……

「わたくし、このような破廉恥なものは生まれて初めて見ましてよ!!」

 次に声を上げたのはリリーナ姫だった。

 破廉恥か……そう、この小説っていうのは前の世界ではRが付いてしまうくらい、実は結構きわどい内容だったりするのだ。

 私は何もかもをアルフリードに洗いざらい伝えるつもりだったから、すべてを忠実にしないとって執念に駆られて書いてたんだけど。姫にはちょっと刺激が強すぎたかな……

「エミリア、はっきり言うけどね。あなた、実在の人物を登場させてこんなもの書くなんて気持ち悪いわよ!!」

 ついに姫からは、強烈な一発をお見舞いされてしまった……

「俺もこれを発見した時は目を疑うしかなかったな。こんなもの……父上や母上には断じて見せる訳にはいかないし、兄さんは失望したよ……」

 横目でそう言ってきた人を見やると、彼は今にも吐いてしまいそうな青白い顔をしている。

 ……昨日家族が出迎えてくれた時、1人だけ玄関の階段のところで頭を抱えて座ってたのは、シスコンにより私を心配し過ぎてというより、こっちのショックの方が上回ってたからなのかもしれない。

 どうしよう……どうしよう……!!
 アルフリード以外の目にこれが晒されてしまうなんて……最低最悪の事態だ。

 数々の批判を聞かされてしまった今、完全に私は不利な状況に追い詰められてるけど……
 ここで黙って引き下がる訳にはいかない……!

「ち、違うんです……お願いです、私の話を聞いてくださ……」

「というふうに最初、これを見たとき我々は思ったのだ」

 例え言い訳に聞こえたとしても、これが皇女様の女騎士を志願して、アルフリードと婚約破棄した理由なんだと、彼らに伝えようとしたところで、それを遮ったのは皇女様だった。

「しかし、侯爵子息殿からの見解を聞き、そうでもないという事が分かった」

 ??

「エミリア、お前にもエスニョーラの血が色濃く流れていたのだな」

 そんな事を言っているお兄様はさっきの青白い顔が演技だったのか? と思ってしまうくらい、なぜか微笑を浮かべて私のことを見ている。

 どっちかっていうと、こっちの態度の方が気持ちが悪いんだけど、どういう事なのか続けてお話を聞いた。

「皇女殿下の馬車事故から始まるここに書かれている数々の出来事に登場人物。まさかとは思ったが一応、お前が約3年前、ウチを脱出する前の帝国の状況から遡って、実際に起こるものなのかどうか俺の頭の中で検証してみた」

 そ、そっか。この原作小説の世界線っていうのは、約3年前、私がエミリアに宿らず、ずっと隠されたままになってた場合の状況が描かれている訳なのだ。

 エスニョーラ家の秘宝である貴族家マニュアルには、その当時の記録も残ってるし、彼の頭の中にはそれらがインプットされてるそうなので、それを使ってシミュレーションしてみたという事みたいだ。

「公爵子息がローランディスからかっぱらってきた犯罪リストから、馬車事故が起こるかどうかも含めて検証した結果、信じられない事だが……完全にお前が書いていたこの話の内容と一致したんだ」

 え……??

「婚約披露会の前、お前に貴族家の事を覚えさせようとした時、あまりにも出来が悪すぎて驚いたものだが、本当は前々からマスターしていたのを俺や父上に隠すためにワザとそうしていたのだな。いやしかし……見事だ」

 私がエミリアに宿る前、彼らは彼女を外に一生出さないつもりだったから、貴族家マニュアルの事も教えてなかった。それを隠れて見ていたから、こんな未来を私は予見できたのだと、お兄様は感心しているらしい。

「私が死ぬ事でアルフがそのような振る舞いをするのは意外であったし、気持ち悪くて仕方ないのだが、エミリアと出会っていなければ、ヤツの性格や生育環境、行動履歴から計算すると、どうしてもそうなってしまうのだそうだ」

 皇女様はリリーナ姫が私に向かって気持ち悪い発言をしていた時以上に本当に気持ちの悪そうなお顔をしながら、そう告げられた。

 すると、今度はポロロンとピアノの音が奏でられて、ユラリスさんの声がした。

「君は半年前、ソフィアナの馬車事故を防ぐために女騎士を志願したと言い続けていたが、それは本当の事だったのだな。それなのに、君を罰するような真似をして、完全に私の落ち度であった」

 そして、皇太子様は私に向かってなんと、頭を下げられたのだ……

 ここに来る前に私がいた別世界があったこと。
 そこで、この小説を読んだこと。

 っていう、ここの世界の人達にとったら訳の分からない真実を伝える必要が無くなったのは、マジで大変助かった……

 恐れ多くも頭を下げ続ける皇太子様を慌ててお止めしながら、私は皇城への出禁のめいを無事に取り下げてもらえたのだった。

「しかしエミリア。この内容は絶っっっっ対にアルフに見せてはならないぞ。もし、このような過激なものを見せれば今度こそヤツはどうなってしまうか……完全に気が触れるか、この話の最後と同じ末路を辿ることになるだろう」

 そっか……
 こんな風に自分が正しいと思ってたことも、実は大間違いだったって事もあるんだな。

 アルフリードがまた婚約破棄した時みたいになってしまったら、その時は私も彼と一緒に果てる他ない……

 皇女様がおっしゃった恐ろしい発言から濃ゆい教訓を得た私だったけど、この400枚に及ぶエミリアの黒歴史は、皇女様の手によって厳重に封印されることになったのだった。
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