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第3部 君は僕を捨てないよね

84.彼を目覚めさせる晩餐会

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 帝都にあるアーティスト系の人々が集まっている住宅エリアに私はフローリアに乗って、訪れていた。

 独特で個性的なお家が並んでいるうちの1つにお邪魔すると、今日は緑色のベレー帽に、茶色い長い髪をした画家さん自らが、初めて応対をしてくれた。

「こちらがご依頼の皇女様のスケッチになります」

 渡されたのは、20枚ほどのB5サイズくらいの白い厚紙だ。

 そこには、先日のパーティーで白銀のダイヤが散りばめられたドレスを身に纏った、素晴らしく美しい皇女様が、生き生きと描かれていた。

「うわー! やっぱりお願いして、よかった。ありがとうございました!」

 私は、懐からお財布を取り出して、用意していた謝礼を画家さんにお渡しした。

 皇女様に騎士の宣誓をしてもらってから1ヶ月あまり。
 私はなんと、所属している女騎士・派遣事務所より、お給料をもらうことができていた。

 しかも、リリーナ姫という一国の王女である要人を護衛しているので、通常の帝国にいるご婦人を護衛するより割高な金額らしい。

 早速、エスニョーラ邸へそれらのスケッチを持ち帰ると、お手紙と一緒にエルラルゴ王子様の元へと送った。

 それから数日して、彼からの返事が届いた。

『エミリアちゃんへ

 ソフィのスケッチ、ありがとう! 
 これを描いたのって、私のファンクラブでお世話になってるアーティストさんだよね? さすが、帝国一の画家さんなだけあるね。カラーにもなってるし、結構高くついたんじゃない?』

 そんな内容から始まったこともあって、お手紙にはスケッチ代としてお金も同封されていた!

 だけど……ナディクス国の貨幣なので、そのまま使えないし、一体いくら分なのかもよく分からない。

 一応、お気持ちとしてありがたく受け取りつつ、続きを読み進めた。

『ファンクラブからも1ヶ月に一度の通常郵便の方で、今月の広報誌が届いたよ。
 リリーナ姫の自分軸を持つためのインタビューとか、うちの騎士達のスキンケアワークショップとか、私がいなくても企画にこと欠いていないみたいで、安心したよ。

 ところで、お父様だけど、だいぶ体調も良くなって、そろそろ公務にも復帰できそうになってきたよ。
 という訳で、もしかしたら近いうちに、ユラリスと一緒に、ソフィとリリーナ姫を迎えに帝国に行けるかもしれないね。』

 わわわ!! 王子様、ついに皇女様を迎えに帝国まで来れそうになったんだ!

 それに、私の生活を一変させることにもなってしまった、あの王女様も今度こそはナディクスへ帰ってくれるに違いない。

 と、すれば……

 王子様と皇女様がそのままナディクスへ発ってしまったら、私とアルフリードもそのまま結婚してしまっても問題ない。

 そういうことだろうか……?


 そして、1ヶ月が過ぎた頃だった。

 皇女様が仕立て屋さんにお願いしてた、私のXSサイズの皇族騎士団の制服は、まだ仕上がってこなかった。

 そのため、今着てるエスニョーラの制服の洗濯を使用人のロージーちゃんに頼んだり、替えを取りに行くために、数日おきにヘイゼル邸に通い続けていた。

 この日も、姫のエステタイムにお屋敷の前まで来た時だった。

 ホロを被った1台の荷馬車が玄関前に停車していた。

 私がフローリアに乗ったまま、そちらに近づくと、荷馬車の御者席から、スカート姿につばの広い帽子を被った女性が、軽やかに地面に飛び降りた。

「あら、可愛い騎士様。ヘイゼル公爵邸に何か御用かしら?」

 私の方に気づいたその女性は、荷物に掛けてあるロープを解きながら、にこやかに話しかけた。

 あれ……? この方は、まさか久々にご登場のあの方では!?

「も、もしかして、ルランシア様ですか?」

 私が恐る恐る聞いてみると、その女性は一瞬、目をぱちくりさせて、キョトンとしていたけど、だんだんその目をさらに見開き始めた。

「やだ、もしかして……エミリアちゃん、エミリアちゃんなの!? どうして、そんな格好をしちゃってるの!? 帝国のご令嬢の間では、そういう趣味が流行ってるのかしら」

 やっぱりアルフリードのお母様の妹さん、ルランシア様で間違いないようだ。

 しかも、彼女は私のこの騎士服姿を一度見ているはずなのに、全くその時の記憶を無くしてしまっているらしい。

 旅と酒を愛する彼女が帝都を去って、1年半になるだろうか。

 キャルン国に滞在中の彼女からは定期的に公爵邸に絵ハガキが届けられていて、アルフリードが毎回お返事を出していた。

 だけど、皇太子様のご帰還から彼は忙しくって、私が普通の令嬢から、女騎士になったっていう近況を出すヒマはなかったと思うから、彼女が驚くのも無理ないのかもしれない。

「いえ、趣味ではないんですけど……諸事情がありまして、外国のご要人の女騎士をやってるんです。それよりルランシア様、どうしてこちらに!?」

 荷馬車の周りには、ヘイゼル邸の男の使用人さん達が数名ほど近づいてきて、中から木箱を取り出して、邸宅の中に運び入れている。

「ふふふ、エミリアちゃん。今日が何の日か、分かってないのかしら」

 ルランシア様は、口元に白い手袋で覆った手を当てて、意味深に笑った。


「アルフリード、20歳のお誕生日おめでとう!」

 ルランシア様が帝都に到着した2日後、私のお休みの日。

 ヘイゼル邸の立派な食堂には、公爵様、ルランシア様、そしてアルフリードと私の4人だけが、豪勢なお食事を前にして座っていた。

 アルフリードは皇女様より1ヶ月遅れで生まれた。
 20歳という節目のお誕生日は、公爵家のような大貴族は盛大なパーティーを催すのだけど、アルフリードの場合は私との婚礼と合わせて開催する予定になっていた。

 だから、実際のお誕生日は内輪だけでひっそりと集まって、お祝いすることになったのだ。

「ご、ごめんね、アルフリード。私のお休みに合わせたから、本当のお誕生日にお祝いの晩餐が出来なくて……」

「いいって、いいって。どうせ誕生パーティーは別にやるんだから、数日ずれたって構わないさ」

 20歳になった彼はアルコールを飲めるようになったので、豪華なステーキを前に、なんだか持っているだけでさまになる赤ワインが注がれたグラスを、手のひらを上に向けた指の間に挟んでいた。

「さあ、アル! これが私からのお祝いよ」

 そんな彼のテーブルの前に、ルランシア様は突然、ドンッと黒っぽい瓶を上から置いた。

「叔母上、これはもしや……」

 アルフリードがワイングラスを置いて、自分のアゴに手を当てて、その瓶に貼られているラベルをマジマジと見つめた。

「キャルン産のナガジャガイモを使った焼酎よ! 実は、今これの営業活動をしていてね、アルのお誕生日に寄ったついでに、帝都でも取り扱い店をバンバン開拓する予定なのよ!」

 と、すでに帝国産のワインをたんまり飲んで、すっかり酔い気味のルランシア様は意気揚々と語った。

 そう、彼女がキャルン国に滞在していたのは、この焼酎にすっかりハマってしまって、事業まで立ち上げてしまったからだった。

 しかし……やっとつい最近、ここの住民は、食卓を埋め尽くしていたこのお酒の原材料から解放されたばかりなのに、またそれに手を出すお店なんかあるんだろうか?

 そんな自然と湧き出ててきた疑問は封印しつつ、「上手くいくといいですね!」と私は無責任に笑いながら、まだアルコールは飲めないので、ワインと同じ原材料でできたブドウジュースを1人堪能していた。

「うむ、なかなかいい味ではないか」

 給仕さんにアルフリードの分と、グラスにその焼酎を分けてもらって一口飲んだ公爵様は、またコイツか……という空気を醸し出すかと思ったけど、案外、いけるようだ。

「へー、お酒は今日初めて飲んだけど、なかなか悪くないかな。もう一杯お願いするよ」

 アルフリードはお気に召したようで、焼酎を楽しげに堪能している。

「一杯とは言わず、たーっくさん、この家に持ってきたから、遠慮しないでバンバン飲むのよ! もうアルはお酒だって飲めちゃう、大人の仲間入りなんだからねーー!!」

 この間、お会いした時にホロ馬車に乗っかっていた木箱は、全部この焼酎の瓶が入っていて、使用人さんたちは、これまでにルランシア様がこの邸宅に持ってきた他のお酒が大量に保管されてる部屋に、エッコラセと運んでいた。

「まあ、ローランディスに会ったの? そお、もう領地に帰っちゃったのね。今度、そっちの方にも営業ついでに寄ってこようと思うわ」

 姫のパートナー選考会でアルフリードが、はとこと再会した話とかに花を咲かして、お食事が終わった後の晩餐の時間は過ぎて行った。

「そういえば来週にな。陛下と、リルリルがうまいと評判の海岸沿いの店へ行くことになったんだよ」

 そんなお話の合間に、公爵様が口を開いた。

 リルリルとは。
 以前、アルフリードが帝都の高台にあるレストランに初めて連れて行ってくれた時に、私がメニュー表を見て興味を持った、ウニみたいにトゲトゲとした海産物のことだ。

 その時、アルフリードは確か、

『毒性が強くてあたりやすいから、初心者には向いてないんだよ』

 そういった事を教えてくれて、観光ツアー中に食あたりにでもなったら大変! と思って、私は食べるのを遠慮したんだった。

 ちょっと待って……すっかり忘れていたけど、皇女様が馬車事故に遭う前に、原作では公爵様はなんと、病で亡くなってしまうという設定になっていた。

 それに、今はとっても元気だけど、皇帝陛下も病に臥せってしまうのだ。

 それってもしかして……今度食べに行く、リルリルが原因じゃないよね!!?

 原作の時期的にも、合ってるような感じがするし……

「あ、あのう、リルリルを食べるのは危険なのではありませんか……?」

 聞く声が少し震えてしまう。

「なに、そういう度胸のない事を言う者もいるがな。陛下も私も若い頃からリルリルが大好物で、これまで何度も食したが、一度も恐ろしい目になど遭ったことはないぞ」

 これは……他人からの忠告はがんとして受け付けません! という、ちょっとばかし厄介なパターンだ……

 こういう状態では、もう何を言っても聞く耳を持ってもらえなさそうだ。

「それなら、お兄様。この焼酎も持っていくといいわ! シーフード系にも、よく合うんだから!」

 ルランシア様は、今度は公爵様の前にドンッと酒瓶を勢いよく置いた。

 うーむ……アルフリードと二重奏したからといって、皇太子様とコミュニケーションが取れなかったのと同じように、リルリルを食べたからってお2人が瀕死状態になってしまう、とは限らない。

 だとしても、他の人からどう思われたとしても、念には念を入れて、あたっちゃったりした時の特効薬でも探しておこう。

 これも全て、アルフリードが闇に堕ちてしまう可能性を最小限にとどめるためなんだから……!






・リルリルの登場話「32.匂いと匂い」
・ルランシア様前回の登場話「52.伝統的サバイバルのその間に」
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