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第3部 君は僕を捨てないよね

83.美男が紡ぐ二重奏

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 アルフリードは、しばらくそうして後ろに倒れそうになっている状態の私を抱きしめたまま、静止していた。

「アルフリード様……エミリア様! そろそろ、お時間みたいですっ」

 女の人の声がして、ドキリとしてその方を向くと、今いるテラスから会場に入る出入り口の所から、アリスが顔をひょっこりと出していた。

 アルフリードは抱きしめている腕を緩めて、私をちゃんと立たせると、再び強く抱きしめた。

「それじゃあね、エミリア。次、こんな風に君と過ごせるのは、いつになるかな……」

 少し弱々しい声で彼はそう言うと、名残惜しそうに頬に手を添えて、切ない瞳で私を見つめると、会場の方へと向かって行った。

「アリス、無理を言ってすまなかったね。後の事は頼んだよ」

 アリスとすれ違い様に彼はそう言って、会場の中へと消えて行ってしまった。

 体がフワフワ浮くようなダンスをして、抱きしめられて、優しく口付けをされ……

 こんな風に彼と過ごす時が、また来るんだろうか……?

 放心状態で、アルフリードが去ってしまった会場の入り口をずっと見ていると、

「エミリア様、お邪魔をして申し訳ありませんでした……もうダンスタイムが終わって余興のお時間になってしまうので、お着替えしましょう」

 アリスはとても申し訳なさそうに、オズオズと私の方にやってきた。

「謝らないで、アリス。今度こそ姫に怒られちゃうから、早く女騎士に戻りに行こう!」

 裾が長くてボリュームのある白いドレスなので、転ばないようにスカートをたくし上げ、アリスも後ろから持ち上げるのを手伝いながら、私たちは猛ダッシュでさっき行った個室のパウダールームへと駆け込んだ。

 そして、これまたもんのすごい速さでドレスから騎士服へとお着替えさせられた後、顔に施されたお化粧がみるみる落とされて、もとのスッピン状態になった。

 そして、アップに上げていた髪の毛もどこかに刺さっていたピンを一本抜いただけであっという間にバサッと下に落ちて、最初にしていたみたいに、無造作な感じで後ろで一本に束ねられた。

 よし、どこからどう見ても、さっきまでダンスフロアにいた令嬢と同一人物だとは思えないだろう。

 忘れないように耳にしていたイヤリングをアリスに託すと、私は再び会場へと猛ダッシュした。

 会場に戻ると、ダンスタイムのために落とされていた照明が少し明るくなって、音楽も鳴り止んでいた。

 そして、フロアで踊っていた2人組の男女が皆そうしているように、ちょうど姫もダンス相手とともに脇の方へ歩いている所だった。

 彼女の進行方向の先で私が待っていると、近づいてきた姫は目をつぶってクンクンと鼻先を動かした。

「この匂いは何かしら?」

 姫の仕草に私は何だろうと思って、あたりの匂いに意識を集中してみた。

 すると、鼻が慣れてしまってて全然気づかなかったけど……
 さっき、ご令嬢モードに変身した時に、アリスに振りかけられたアエモギの香水の匂いがあたりに充満しまくっているではないか!

 ま、まずい……これが私から匂ってることが分かったら、姫からの追求を逃れる自信がない……

 すると、音楽が鳴り止んで人のざわざわとした音しかしていなかったのに、どこからともなく、厳かな感じの静かな音色が会場内に響き始めた。

 そして、それに合わせるように、軽やかなポロロンといった音色も合わさって聞こえる。

 姫も香水の匂いよりもそっちが気になり出したみたいで、目を見開いて最初に皇女様が登場した階段の踊り場の下の方を振り返った。

 そこには、以前いた世界のものよりも少し小さくて、茶色をしたピアノが置かれていて、とても姿勢よく優雅にそれを奏でている男性が座っていた。

 そして、その斜め前には、顎と肩の間に挟んだバイオリンの弦を繊細な指で抑えて、別の手で弓を操って音色を奏でる長身の男性が立っていた。

 その、ものすごい美男子コンビは紛れもなく、皇太子様とさっきまで一緒にいてくれたアルフリード!!

 皇太子様、ちゃんとピアノ覚えてたんだ……

 それで、アルフリードも私との約束通り、皇女様のお誕生日会で披露してくれたなんて……!

 もしかして、この日のためにお2人で練習もしてくれたのかな……?

 ダンスが終わった皇女様は、彼らが演奏している近くの特等席でその様子をご覧になっていた。

 そばには陛下と皇后様も並んで座っていて、とっても嬉しそうに片時も目を離さずに、幼少から見知っている男子2人を見つめている。

 今日招待された人々も、こんなサプライズ演出に驚きつつも、皇女様に贈られる、その明るく華やかで奥深い音色に静かに聞き入っているようだった。

 2人の演奏は息ピッタリで、まさに主人と側近という名にふさわしく、阿吽の呼吸のようだった。

 これだったら、私の狙い通り、この演奏を通して2人の意思が通じ合っちゃうんじゃない?

 むしろ、皇太子様が喋ったりなんかしなくても、いつもの口元にたたえている微笑みだけで、アルフリードにこうしろ、ああしろと指示なんかもできるようになっちゃったりして!

 私は1人、妄想に心を湧き立たせていたけど、それが分かるのはこのパーティーが終わって、いつもの日常に戻ったらだ。

 また姫のエステタイムか、私のお休みの日に皇城に行って様子を確かめる、その時まで……


「皇太子殿下のお考えだって? そんなの分かる訳ないって!」

 そして、それが判明する時というのは、息着く間もなくあっという間にやってきたのだった。

 美男2人の演奏パフォーマンスが終わった後は、他にも歌を歌う人がいたり、手品みたいな事をやる人がいたりして、余興の時間は盛り上がっていった。

 そして、皇女様の20歳を祝う一生で一度きりのパーティーは盛大に幕を閉じたのだった。

 次の日、踊りまくって足が痛くなったと騒ぎ出した姫のために、アリスが下半身を重点ケアする6時間コースのエステタイムが始まったので、私はとりあえず皇城へ向かった。

 ちなみに、姫のパートナー選考会が終わった後は、男の人集めのためにエステタイムを使っていいっていうお許しの効力は切れてしまった。
 なので、彼女がエステで気持ち良くなってグーグー眠りについたのを見計らって、私は外出した。

 皇太子様とエリーナ姫は、昨日のパーティーが遅くまであったので午前中はゆっくり畑の手入れをしているということで、執務室にはいなかった。

 アルフリードもいないので、お誕生日プレゼントが山のように積まれているお部屋へ行ったら、彼はまだ出勤してないからと皇女様と一緒にヘイゼル邸に訪問することになった。

 彼は、皇女様と王子様がすっかりお気に入りになってしまった、ヒュッゲにリフォームされた応接室でくつろいでいた。

 それで、皇太子様と一緒に演奏をしたことで、お話ができていた小さい頃を思い出して意思疎通できるようになった? と、彼に尋ねてみたのだが……

 返ってきたのは、さっきの言葉だった。

「だ、だけど、パーティーで演奏するには、お2人で練習もしたんでしょ? その時はどうやってコミュニケーションを取ったの?」

「え? 練習なんかしてないよ。あれが本番の一発勝負。小さい頃にさんざん一緒に練習したし。今更やらなくても何とかなるっていうのは、お互いに確認し合うまでもないよね?」

 昨日は……昨日は、とってもロマンチックな雰囲気で“君とこんな風に過ごせるのは、いつになるかな”なんて、甘い言葉をかけてきたのに!

 今日の彼は、私が寝ぼけた事を言ってる変な子、みたいなひどい態度をしてくる。 

「まったく、エミリアは初めて会った頃と変わらないな。息を合わせて楽器が弾けたからと言って、意思疎通ができるようになるだと? そんな妄想が現実に起こると信じ切っていたとは……本当に可哀想な子だ」

 そして、皇女様は私の事を面白い物でも見るみたいに、からかっている。

 そりゃあ、私だってそんな漫画みたいな展開が都合よく起こるわけないよな~、とは思ってたけど、これをやったのにはちゃんと理由があるんです!

 皇太子様とアルフリードが不仲に陥らないように、今みたいに全然お話できない状況を少しでも改善するっていう。

 その未来が見えているから無駄だと思えることも、少しでも可能性があるなら実行したいけど、彼らには絶対に分かってもらえないんだろうな……

 それはある意味で、私はとっても孤独なんだな、とも思ってしまう。

「エミリア、そんなに悲しそうな顔をしないで。2人とも、昨日気づいたかい? エリーナ姫なんだけど、最近やつれちゃって、疲れてるみたいなんだよね」

 あ! アルフリードも気づいてたんだ。

「ああ、そうだったな。挨拶を受けた時に私もそれは感じたな。慣れない土地に適応するのも大変だろうに、いくらお兄様と仲が良いといっても、そのサポートで気苦労しているんじゃないか?」

 皇女様はアルフリードと私の合作である、このお部屋の雰囲気によく合った座り心地抜群のイスに座り、肘掛けに寄りかかって頬杖をついた。

 ここ最近は、側近の役割をエリーナさんに取られて暇を持て余してたアルフリードだけど、今日からはまた、お2人のそばにちゃんと付いてサポートすることになった。

 また、皇女様は皇太子様の公務が終わった後なんかに、エリーナさんとお茶したり、お話する時間を作って、彼女の精神的ケアをカウンセラーのごとく務めることになった。

 しかし……まさか、エリーナさんにあんな事が起こってしまうなんて、この時の私たちはまだ誰も、予測することなど出来ずにいた。






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エミリア父母の馴れ初めエピソードを「皇女様の女騎士 外伝」の作品集の方に追加しました。
(タイトル:マルヴェナの花嫁修行)
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