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第3部 君は僕を捨てないよね
75.ツボ押しの名手
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帝都のスパに到着するとまず最初に、フローリアをホテルマンさんに預けた。
その際に忘れずに、自宅邸から持ってきたギュウギュウに下着を詰めた袋と、ポテトのチップスの入った大きい袋を持って、階段を駆け上がった。
「た、ただいま戻りました……姫はまだ眠ってますか……?」
高級スイートのでっかい両開きの扉の前には白騎士トリオがたむろしていて、扉を開けてくれた。
中に入ると、エステルームの前で見張っていたはずの白騎士のアンバーさんの姿は見当たらず、扉が少し開いている。
何かあったんじゃないか……恐る恐る、静かに部屋の中を歩いて、白い暖炉の上に置いてある時計にチラリと視線を移してみた。
やばい……姫が目覚める時間より5分オーバーしちゃってる。
私は持ってたポテトのチップス袋と、下着をクローゼットの奥の方に投げ入れて、エステルームをそーっと覗いた。
「ふあぁ~、よく寝ましたわ……」
「今です! 首の後ろのツボを押して下さい!」
ベッドに横たわっている姫が声を上げながら、起き上がろうとした所、なぜかアンバーさんの声が響いた。
アリスが姫の首の後ろの所に指を当てて、グッと力を押すと、起き上がろうとしていた姫は白目を剥いてまたパタッとベッドに倒れてしまった。
こ、これは……目覚めようとするのを阻止してくれたの……?
「エミリア様? お戻りになられたのですね!」
扉をもっと開いて中に入ると、アリスが気づいて歓喜の声をあげた。
彼女の少し後ろにはアンバーさんがいて、やっと戻ってきましたか……と言わんばかりの、困り顔をされている。
「遅くなって、ごめんなさい! さっきのは姫が目覚めるのを止めてくれていたんですか?」
私は頭を下げながら、2人に聞いてみた。
「エミリア様、焦りましたよ~! アンバー様が一時的に眠らせるツボをご存知なかったら、危ない所でしたっ」
アリスは安堵の表情と共に、そう教えてくれた。
ヘぇー! こう見えてもさすが騎士さんだ。敵を気絶させるための急所のツボは心得ている、という訳だ。いや、でもそれを彼のご主人でもあり、今は私のご主人様でもある姫を”敵”とみなして実践しまうのは、常識的に考えて問題ないんだろうか?
「いえいえ、我々の一族は幼い頃から美容と健康のために、様々な技術を伝承されますから。寝付けない時にすぐ眠りに入るためのこのツボは、ナディクスでは誰でも知るものの1つです」
アンバーさんは、大したことないと言った感じで、両手を前に突き出して手を振っている。
敵のためではなくて、美容と健康のためなの?
若干、毒殺が横行していて閉鎖的という、ナディクスのマイナスイメージが向上した所で、
「姫が眠っている間に、アンバー様に少しお話を伺いましたが、その美容知識もすごいんですよ! 色々勉強になりました」
アリスは、満面の笑みでアンバーさんを振り返って、ありがとうございました、とお辞儀をした。
プロのエステティシャンとして活躍するアリスが感服してるくらいだから、相当な知識レベルのようだ。
眠りのツボを押された姫が目覚めるのは1時間後だという。
2人にはお土産であるポテトのチップスをお礼に渡そうとしたんだけど、
「これは油分が多すぎて、肌に非常に悪いですよ。私は結構です」
アンバーさんには、速攻で断られてしまった。
「まあ、これはジャンキーな一般庶民のおやつではありませんか! 私もこれは大好きですが……アンバー様がそうおっしゃるなら、私も戴かないでおきますね」
アリスにも断られてしまった。
仕方ないので、疲れとこれまでのストレスを癒すため、お肌に非常に悪いというポテトのチップスを1人で貪り食った。
そして、大急ぎでスパ内の温泉大浴場に行って体を洗ったりして、戻ってきたら姫のお部屋のソファで仮眠を取った。
「ふあぁ~、よく寝ましたわ……」
そして、姫が再度起き出した頃には、私は何事もなかったようにエステルームの中で、休めのポーズの無表情で突っ立っていた。
アンバーさんは、最初と同じようにドアの外の所でずっと見張ってた体を取っている。
「さすが、ナディクスと同レベルの内容と謳っているだけあるわね。お肌のツルツルさがノーマルとスーパーでは格段に違いますわ」
姫はご自身のお顔に手をやって、もう大満足といったご様子だ。
ちなみに……エステを受けられているリリーナ姫は、長くてバサバサしたつけまつ毛を外していて、大きな猫目のバリバリに濃いメイクも丁寧に落としてあり、完全なスッピンである。
そのお顔はメイク前とは比べ物にならないほど素朴ではあるものの、エリーナ姫とよく似た、とても可愛らしい顔立ちだった。
……私は断然こちらの方がいいと思うんだけど、お部屋着に着替えた姫は、みるみるアリスの手によってお好みのバリバリメイクのお顔に戻っていった。
「おほほ、久々に故郷の味を堪能しますわよ!」
夕飯になって、お部屋にはルームサービスでアンバーさんが頼んでおいたディナーが運ばれてきた。
皇城では、キャルン国からの貢ぎ物である”アレ”を邪険にする訳にもいかないので、陛下や皇女様の食卓からしばらく消える事はないだろう。
ここのホテルにも姫の嫌いな”アレ”は大量に配布されているはずだけど、高級スイートに泊まる超VIP客なら要望を反映したお食事を用意してくれる。
ダイニング専用ルームのでっかいテーブルの席に着いてる姫の前には、キャルン国出身の姫の故郷になってしまっているナディクスの高級お料理が次々に運ばれてきた。
「ん~~、この味! 懐かしいですわ!」
姫は昨夜の晩餐のお食事も、朝ごはんも、そういえばお昼もちゃんと食べてなかったはずだから、とっても美味しそうに、ひたすら綺麗に盛られた見慣れないお料理たちを、ご満悦の表情で食されていた。
まだナディクスを離れてから1週間も経っていないのに、その味がもう恋しくなってしまったらしい。
私も忘れずに、常に持ち歩いてる固いビスケットを食しておいた。
こうして、長い長い1日は、やっとこさ終わりを迎えることができたのだった。
戦争が終わった後にできたこのホテルには騎士部屋はないので、姫がベッドルームで寝ている間、私はメインルームのソファベッドで眠ることができた。
皇城の騎士部屋の狭いベッドより断然、寝心地がいいので、スパに移ってもらって良かったのかも……なんて思いながら、もう半覚醒状態で眠ることを諦めていた私は、姫がイビキをかき始める前に早めに就寝することにした。
ドンドンッ! ドンドンッ!
早めに起きるつもりでいたのに、けたたましく何かを叩く音によって私は目を覚ました。
姫に怒られる…… 彼女のそばで迎える3回目の朝に、頭に染み付いてしまったその感覚に体がビクビクし出すものの、生活感のない綺麗に整った部屋を見渡しても、姫の姿はどこにもない。
その代わり、
ドンドンッ! ドンドンッ!
という、何かを叩いている音と、
「グガ~!……グガ~!……」
という、隣りの部屋から規則的な轟音だけが、混じって聞こえてくる。
アンバーさんと白騎士トリオは、別の階の部屋を取っていて就寝時はここにおらず、彼らがいないという事は、まだ起きるような時間ではないという事みたいだ。
私はソワソワしつつも、このままにしておく訳にもいかないので、そっとソファベッドを抜け出してドアの方へ向かった。
「どちら様ですかー……?」
両開きのドアが合わさっている所に向かって、声を掛けてみるけど、ドアの音は止まない。
仕方ないので、ドアノブをすこーしだけ捻って、覗いてみると……
「クロリラさんに……皇女様!?」
髪の長い女性が2人、扉の前に立っていたのだった。
廊下に備え付けられている窓から見える空は、やっと白み始めた頃で、朝日はまだ昇っていない。
「エミリア様、おはようございます。お約束通り朝、来ましたのよ。姫はお目覚めですか?」
あ、確かに今日の朝、お2人でここに来るとおっしゃってた!
だけど、まさかこんな早朝だとは思わなかったよ……
「すまぬな、エミリア。お兄様との引き継ぎで、なかなか時間が取れぬから、このような早い時間になってしまった」
そ、そりゃそうか。皇女様はとってもお忙しいのだ。
それなのに、わざわざ私のために時間を作ってくださったのだから、感謝しないと。
「では、皇女様。姫の足裏の、その部分を押してください!」
「こうか?」
姫の寝てる所へ3人で押しかけたけど、何度呼びかけてもイビキと寝言を繰り返す姫を起こすことは困難だった。
そんな時に、思い出して連れてきたのは、別室にいる白騎士のアンバーさん。
皇女様が言われた通りにツボを押すと、
「ふあぁ~……なんですの? わたくし、まだ眠いのよ」
姫はムクっと起き上がって、伸びをした。
白くてヒラヒラしたネグリジェを着てる姫がベッドの背もたれに背を預けて寝てる状態で、私たちはイスをベッドの周りに持ってきて、ついに王女様の女騎士としての、正式な労働条件の見直し会が始まったのだった。
「女騎士の労働条件ですって? そんなのどうだっていいわよ~。ただカッコいいから、側に付いてればそれでいいわよ」
幸いなことに、姫は3日間、要望通りに動いた事で満足したらしく、当初のように典型的な女騎士のイメージに対するこだわりは、持ち合わせていないようだった。
クロリラさんや皇女様の言い回しが上手い事もあって、今後の働き方はこんな風に変わった。
・眠る時は半覚醒状態を維持し、決して熟睡しないこと。
→昼の業務に支障をきたすので、夜はちゃんと寝ること。
・食事は携帯食を持参し、10分以内で食すこと。
→姫と一緒に同じお食事を取ってOK。
・トイレ、お風呂は毎回決められた時間に済ませること
→もしものことがあったら大変なので、トイレは好きな時に行く。
お風呂はちゃんと洗わないと汚いので、30分はゆとりを持って入る。
・姫から片時も離れないこと
→ちゃんと休養しないと護衛に集中できなくなるので、週に1度は休日を設ける。
(お休みの時は白騎士たちで対応)
・親兄弟とは絶縁したつもりで、わたくしに尽くすこと
→家族にもしもの事があったら、そちらを優先してOK。
・わたくしから何を言われても、されても耐えること
→要望に応えるよう努めるが、上記に反することはちゃんと断って良い。
・私語厳禁
→人目のある所では、カッコいいので喋らない。それ以外は喋ってOK。
こうして決まった契約書に、姫のご自慢の印鑑で捺印ももらい、無事に話し合いは終わりを迎えたのだった。
「姫、それにエミリアも。これを渡そう」
帰り際に、皇女様は1通の封筒を手渡された。
中を見るとそこには……
来月、皇女様が20歳になるってことが書かれた便箋が入っていた。
つまり……
20歳はこの世界でも節目となる大事な歳。
その盛大なる皇女様のお誕生日パーティーに、ご招待を頂いてしまった! という事だった。
その際に忘れずに、自宅邸から持ってきたギュウギュウに下着を詰めた袋と、ポテトのチップスの入った大きい袋を持って、階段を駆け上がった。
「た、ただいま戻りました……姫はまだ眠ってますか……?」
高級スイートのでっかい両開きの扉の前には白騎士トリオがたむろしていて、扉を開けてくれた。
中に入ると、エステルームの前で見張っていたはずの白騎士のアンバーさんの姿は見当たらず、扉が少し開いている。
何かあったんじゃないか……恐る恐る、静かに部屋の中を歩いて、白い暖炉の上に置いてある時計にチラリと視線を移してみた。
やばい……姫が目覚める時間より5分オーバーしちゃってる。
私は持ってたポテトのチップス袋と、下着をクローゼットの奥の方に投げ入れて、エステルームをそーっと覗いた。
「ふあぁ~、よく寝ましたわ……」
「今です! 首の後ろのツボを押して下さい!」
ベッドに横たわっている姫が声を上げながら、起き上がろうとした所、なぜかアンバーさんの声が響いた。
アリスが姫の首の後ろの所に指を当てて、グッと力を押すと、起き上がろうとしていた姫は白目を剥いてまたパタッとベッドに倒れてしまった。
こ、これは……目覚めようとするのを阻止してくれたの……?
「エミリア様? お戻りになられたのですね!」
扉をもっと開いて中に入ると、アリスが気づいて歓喜の声をあげた。
彼女の少し後ろにはアンバーさんがいて、やっと戻ってきましたか……と言わんばかりの、困り顔をされている。
「遅くなって、ごめんなさい! さっきのは姫が目覚めるのを止めてくれていたんですか?」
私は頭を下げながら、2人に聞いてみた。
「エミリア様、焦りましたよ~! アンバー様が一時的に眠らせるツボをご存知なかったら、危ない所でしたっ」
アリスは安堵の表情と共に、そう教えてくれた。
ヘぇー! こう見えてもさすが騎士さんだ。敵を気絶させるための急所のツボは心得ている、という訳だ。いや、でもそれを彼のご主人でもあり、今は私のご主人様でもある姫を”敵”とみなして実践しまうのは、常識的に考えて問題ないんだろうか?
「いえいえ、我々の一族は幼い頃から美容と健康のために、様々な技術を伝承されますから。寝付けない時にすぐ眠りに入るためのこのツボは、ナディクスでは誰でも知るものの1つです」
アンバーさんは、大したことないと言った感じで、両手を前に突き出して手を振っている。
敵のためではなくて、美容と健康のためなの?
若干、毒殺が横行していて閉鎖的という、ナディクスのマイナスイメージが向上した所で、
「姫が眠っている間に、アンバー様に少しお話を伺いましたが、その美容知識もすごいんですよ! 色々勉強になりました」
アリスは、満面の笑みでアンバーさんを振り返って、ありがとうございました、とお辞儀をした。
プロのエステティシャンとして活躍するアリスが感服してるくらいだから、相当な知識レベルのようだ。
眠りのツボを押された姫が目覚めるのは1時間後だという。
2人にはお土産であるポテトのチップスをお礼に渡そうとしたんだけど、
「これは油分が多すぎて、肌に非常に悪いですよ。私は結構です」
アンバーさんには、速攻で断られてしまった。
「まあ、これはジャンキーな一般庶民のおやつではありませんか! 私もこれは大好きですが……アンバー様がそうおっしゃるなら、私も戴かないでおきますね」
アリスにも断られてしまった。
仕方ないので、疲れとこれまでのストレスを癒すため、お肌に非常に悪いというポテトのチップスを1人で貪り食った。
そして、大急ぎでスパ内の温泉大浴場に行って体を洗ったりして、戻ってきたら姫のお部屋のソファで仮眠を取った。
「ふあぁ~、よく寝ましたわ……」
そして、姫が再度起き出した頃には、私は何事もなかったようにエステルームの中で、休めのポーズの無表情で突っ立っていた。
アンバーさんは、最初と同じようにドアの外の所でずっと見張ってた体を取っている。
「さすが、ナディクスと同レベルの内容と謳っているだけあるわね。お肌のツルツルさがノーマルとスーパーでは格段に違いますわ」
姫はご自身のお顔に手をやって、もう大満足といったご様子だ。
ちなみに……エステを受けられているリリーナ姫は、長くてバサバサしたつけまつ毛を外していて、大きな猫目のバリバリに濃いメイクも丁寧に落としてあり、完全なスッピンである。
そのお顔はメイク前とは比べ物にならないほど素朴ではあるものの、エリーナ姫とよく似た、とても可愛らしい顔立ちだった。
……私は断然こちらの方がいいと思うんだけど、お部屋着に着替えた姫は、みるみるアリスの手によってお好みのバリバリメイクのお顔に戻っていった。
「おほほ、久々に故郷の味を堪能しますわよ!」
夕飯になって、お部屋にはルームサービスでアンバーさんが頼んでおいたディナーが運ばれてきた。
皇城では、キャルン国からの貢ぎ物である”アレ”を邪険にする訳にもいかないので、陛下や皇女様の食卓からしばらく消える事はないだろう。
ここのホテルにも姫の嫌いな”アレ”は大量に配布されているはずだけど、高級スイートに泊まる超VIP客なら要望を反映したお食事を用意してくれる。
ダイニング専用ルームのでっかいテーブルの席に着いてる姫の前には、キャルン国出身の姫の故郷になってしまっているナディクスの高級お料理が次々に運ばれてきた。
「ん~~、この味! 懐かしいですわ!」
姫は昨夜の晩餐のお食事も、朝ごはんも、そういえばお昼もちゃんと食べてなかったはずだから、とっても美味しそうに、ひたすら綺麗に盛られた見慣れないお料理たちを、ご満悦の表情で食されていた。
まだナディクスを離れてから1週間も経っていないのに、その味がもう恋しくなってしまったらしい。
私も忘れずに、常に持ち歩いてる固いビスケットを食しておいた。
こうして、長い長い1日は、やっとこさ終わりを迎えることができたのだった。
戦争が終わった後にできたこのホテルには騎士部屋はないので、姫がベッドルームで寝ている間、私はメインルームのソファベッドで眠ることができた。
皇城の騎士部屋の狭いベッドより断然、寝心地がいいので、スパに移ってもらって良かったのかも……なんて思いながら、もう半覚醒状態で眠ることを諦めていた私は、姫がイビキをかき始める前に早めに就寝することにした。
ドンドンッ! ドンドンッ!
早めに起きるつもりでいたのに、けたたましく何かを叩く音によって私は目を覚ました。
姫に怒られる…… 彼女のそばで迎える3回目の朝に、頭に染み付いてしまったその感覚に体がビクビクし出すものの、生活感のない綺麗に整った部屋を見渡しても、姫の姿はどこにもない。
その代わり、
ドンドンッ! ドンドンッ!
という、何かを叩いている音と、
「グガ~!……グガ~!……」
という、隣りの部屋から規則的な轟音だけが、混じって聞こえてくる。
アンバーさんと白騎士トリオは、別の階の部屋を取っていて就寝時はここにおらず、彼らがいないという事は、まだ起きるような時間ではないという事みたいだ。
私はソワソワしつつも、このままにしておく訳にもいかないので、そっとソファベッドを抜け出してドアの方へ向かった。
「どちら様ですかー……?」
両開きのドアが合わさっている所に向かって、声を掛けてみるけど、ドアの音は止まない。
仕方ないので、ドアノブをすこーしだけ捻って、覗いてみると……
「クロリラさんに……皇女様!?」
髪の長い女性が2人、扉の前に立っていたのだった。
廊下に備え付けられている窓から見える空は、やっと白み始めた頃で、朝日はまだ昇っていない。
「エミリア様、おはようございます。お約束通り朝、来ましたのよ。姫はお目覚めですか?」
あ、確かに今日の朝、お2人でここに来るとおっしゃってた!
だけど、まさかこんな早朝だとは思わなかったよ……
「すまぬな、エミリア。お兄様との引き継ぎで、なかなか時間が取れぬから、このような早い時間になってしまった」
そ、そりゃそうか。皇女様はとってもお忙しいのだ。
それなのに、わざわざ私のために時間を作ってくださったのだから、感謝しないと。
「では、皇女様。姫の足裏の、その部分を押してください!」
「こうか?」
姫の寝てる所へ3人で押しかけたけど、何度呼びかけてもイビキと寝言を繰り返す姫を起こすことは困難だった。
そんな時に、思い出して連れてきたのは、別室にいる白騎士のアンバーさん。
皇女様が言われた通りにツボを押すと、
「ふあぁ~……なんですの? わたくし、まだ眠いのよ」
姫はムクっと起き上がって、伸びをした。
白くてヒラヒラしたネグリジェを着てる姫がベッドの背もたれに背を預けて寝てる状態で、私たちはイスをベッドの周りに持ってきて、ついに王女様の女騎士としての、正式な労働条件の見直し会が始まったのだった。
「女騎士の労働条件ですって? そんなのどうだっていいわよ~。ただカッコいいから、側に付いてればそれでいいわよ」
幸いなことに、姫は3日間、要望通りに動いた事で満足したらしく、当初のように典型的な女騎士のイメージに対するこだわりは、持ち合わせていないようだった。
クロリラさんや皇女様の言い回しが上手い事もあって、今後の働き方はこんな風に変わった。
・眠る時は半覚醒状態を維持し、決して熟睡しないこと。
→昼の業務に支障をきたすので、夜はちゃんと寝ること。
・食事は携帯食を持参し、10分以内で食すこと。
→姫と一緒に同じお食事を取ってOK。
・トイレ、お風呂は毎回決められた時間に済ませること
→もしものことがあったら大変なので、トイレは好きな時に行く。
お風呂はちゃんと洗わないと汚いので、30分はゆとりを持って入る。
・姫から片時も離れないこと
→ちゃんと休養しないと護衛に集中できなくなるので、週に1度は休日を設ける。
(お休みの時は白騎士たちで対応)
・親兄弟とは絶縁したつもりで、わたくしに尽くすこと
→家族にもしもの事があったら、そちらを優先してOK。
・わたくしから何を言われても、されても耐えること
→要望に応えるよう努めるが、上記に反することはちゃんと断って良い。
・私語厳禁
→人目のある所では、カッコいいので喋らない。それ以外は喋ってOK。
こうして決まった契約書に、姫のご自慢の印鑑で捺印ももらい、無事に話し合いは終わりを迎えたのだった。
「姫、それにエミリアも。これを渡そう」
帰り際に、皇女様は1通の封筒を手渡された。
中を見るとそこには……
来月、皇女様が20歳になるってことが書かれた便箋が入っていた。
つまり……
20歳はこの世界でも節目となる大事な歳。
その盛大なる皇女様のお誕生日パーティーに、ご招待を頂いてしまった! という事だった。
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