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第3部 君は僕を捨てないよね

74.彼の歴史の絵画たち

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アルフリードのご両親のこの絵は、きっといつもプライベートエリアの廊下のどこかに飾られてたのだと思う。

けど、薄暗くて1枚1枚の絵をゆっくり鑑賞することすら恐怖でできなかった以前の雰囲気では、この絵を見つけ出すことは困難だった。

公爵様は、今も面影があるワシのような鋭い目をした精悍な顔つきで、とても堂々とした立ち姿をしている。
片方の手は、横に置いてある椅子の背もたれに掛けられていて、そこにクロウディア様が座っている。

肩より少し下まで伸びたフンワリとした黒に近い茶色い髪をしていて、膝の上にあるその手には……オレンジ色の花がたくさん乗せられている。

このハイビスカスに形が似ているのは、私が彼女のお気に入りの香水を再現しようとして、中庭に植え替えて増やした原料であるアエモギのお花たちだ!

やっぱり、このお花はクロウディア様を象徴するもののようだ。

お花もクロウディア様自身もとても綺麗に描かれているのに、その目線はこちらを向いておらず、斜め下を見ていて、表情はとても固いように感じられた。

確かお2人が結婚したのは、クロウディア様の祖国が敗れてすぐの事だったはず。
彼女の妹のルランシア様の話では、クロウディア様はその事を受け入れられなかったと言っていたから……
この絵は、その事を如実に表しているように思ってしまう。


「そちらは、現公爵子息のアルフリード坊っちゃまが4歳頃のお姿になります」

公爵様とクロウディア様の絵に見入っていると、ゴリックさんの声が聞こえてきた。

見ると、ロージーちゃんが1枚の絵をヨッコラせと運んでいた。

そこには、幼いのに大人が着るみたいな正装姿をした小さい男の子が描かれていた。

これが、アルフリードの小さい時……?

焦茶色の大きな瞳に、長いまつ毛がびっしり描かれていて、ふっくらとした白い頬にほんのり赤みが差し込んでいる。

さっき見てたクロウディア様がそのまま幼くなったみたいな可愛さだ。

……これ頂いて、私の部屋に飾っちゃダメかな?

さすがに、それは口には出さずに私の心の中に留めておいたけど、幼子なのに何となく落ち着いてるというか……もの寂しい感じがするのは、気のせいだろうか。

その絵を皮切りに、アルフリードと現公爵様の絵姿は同じ所に置かれていたみたいで、色々見つかった。

公爵様は年を追うごとにダンディな佇まいに変化していって、ものによっては自信に満ちたような笑みを口元に浮かべていて、常に堂々としていらっしゃる。

だけど、アルフリードはやっぱり4歳の時と同じで、次の年のも、その次の年のも、どこを見ているのか分からないような、ぼんやりとした眼差しで、表情も活気がないように見えてしまう。

「こちらが12歳の時のお姿です……現公爵様の奥様がお亡くなりになられた年のものです」

そこに描かれていたのは、今の19歳のアルフリードの面影が見え始めた少年の姿で、幼い頃よりもさらに落ち着いたというか、陰があるような表情に見えた。
言い換えるなら、憂いを帯びているというか……

その“憂いを帯びている”とか”哀愁に満ちている”というのは、原作でしばしば、皇女様が亡くなった後の彼の雰囲気を表すのに使われていた言葉だった。

「こちらが13歳、社交デビューなさった頃のお姿です」

次に見せられた彼の絵姿もやっぱり、憂いさがさらに溢れていて……

と思ったけど。

え? 何が起こった?

そこに映っていたのは、まさにさっき会って抱きしめられたりなんかした時に見せていた、控えめな上品さを合わせ持ちつつも、清々しくて爽やかさに満ちた笑顔だった。

1年前のものとは別人。本当にどうした??

その後に描かれたものも、やっぱり今と変わらないような爽やかさだったけど、16歳を境にしてパッタリと彼の肖像画は無くなってしまった。

他の場所に紛れてるのかな?

「アルフリードの絵はもう無いんですか?」

ゴリックさんに尋ねてみると、

「16歳から坊っちゃまは皇城でのお勤めが本格的になりましたから。お時間を割いて肖像を残すことはなさっておりません」

そうだったんだ。

しかし、12歳までは憂いに満ちていたのに、社交デビューの年には何が起こったのか、それが消えて爽やかになった彼。

だけど今後、皇女様が亡くなってしまうと、また憂いを持った彼に戻ってしまうってこと?

私の大好きなアルフリード独特の爽やかで控えめな笑顔を……失いたくないよ。

祖国での王家のしきたりに従ってアルフリードを自らの手で育てずに、愛情を注がなかったというクロウディア様。

アルフリードがもっと幼い頃に私がこの世界に来ることができていたら……クロウディア様の愛情を彼に注げるように出来たかもしれない。

そうすれば、幼い頃から彼に、あんな表情をさせることはなかったかもしれない。

だけど、そんな事はもうできないから……

私はやっぱり、皇女様をお護りしないといけないんだ。
……彼とお別れすることになってでも。


「ゴリックさん、こちらは?」

アルフリードの笑顔満載の16歳の絵を見て固まっていると、ロージーちゃんの声がした。

公爵様の鋭いワシみたいな目は、ヘイゼル家の特徴みたいで、同じ目をした歴代の祖先様たちの中でもイケメン度合いの高い、肩上まで伸ばした黒髪の40代くらいの男性が描かれていた。

「その方は、2代目の公爵様にあたるアイザック・ヘイゼル公爵様になります」

はっ……2代目ヘイゼル公爵様といえば……

『その当主様っていうのはね、ひどい×××だったんだよ』

ロージーちゃんのおばあちゃんであり、アルフリードの乳母様の言葉が蘇ってきた。

言い換えれば、脅威の女の人好き。

そのご夫人と当時の執事頭が、女の使用人さん達とヘイゼル家の名誉を守るために、結託せざるを得なかったっていう黒歴史を作ることになっちゃった張本人。

……いや、だけど。もし実際にこんなカッコいい人が目の前にいて、迫られちゃったりなんかしたら……流されてしまう人がほとんどかもしれない。

公爵様もアルフリードも、もんのすごいハンサムさんだから、万一同じ性質が現れちゃったら誰も止めることなんて、出来ないかもしれない。

私は改めて、使用人さん達を死んだように振る舞わせて、主人に何の魅力も感じされないようにするっていう“ヘイゼル邸 使用人経典”は、そのまま続行させておこう……

って思ったのだった。


夢中で絵を整理していると、最初ここに来た時より日が傾いてきた気がした。

「ロージーちゃん、今何時か分かるかな?」

すると、ゴリックさんが懐中時計を取り出して、

「只今、4時過ぎになります」

「えっ! もうそんな時間なんだ!! あと30分しかないから、帰らなきゃ」

帝都のスパまではフローリアを走らせれば15分くらいで着く。

だけど、お風呂に入るのも、仮眠を取るのも無理そうだな……

私がバタバタと部屋を出ようとすると、

「エミリア様、こちらへどうぞ」

ロージーちゃんが低くて、無機質な声でそう言うと、部屋から先導して隠し通路のボタンをポチッと押した。

そして、使用人エリアに出ると、

「エミリア様! その騎士服、いつから身につけていらっしゃいますか? マントがしわくちゃです!」

通常モードに切り替わったロージーちゃんが、慌てながらそんな事を言い始めた。

あ、そうだった。
姫からいつお呼びがかかるか分かんなくって怖いから、寝てる間もマントをつけっぱなしだったんだ。

それに、皇女様が発注してた皇族騎士団の極小サイズの制服が、いつ仕上がってくるか分からないから…… ずーっとこのエスニョーラのXSサイズを着てなきゃいけないの!?

「とりあえず、私の部屋でそれを脱いでてください!」

そう言って、ロージーちゃんは私を彼女の部屋に押し込むと、どこかへ走って行った。

私が言われた通りに着てるのを脱いでると、

「騎士服のコレクション部屋に展示中だったんですけど、これを着て行ってください!! 私が作ってたエミリア様が着てるヤツのレプリカです!」

彼女は、私が着てたのと瓜二つのエスニョーラの騎士服やマントを手にしていた。

世界で1着しかない、XSサイズの騎士服を手元に置いておきたいと、彼女は自らチクチクと、全く同じようにレプリカを作っていたのだ!

まさか、ここで役に立ってくれるとは思いも寄らなかったよ。

私は早速、そっちのシワ1つない、ちゃんと精巧に作られている騎士服に急いで着替えた。

「今お着替えして頂いた方は、ヘイゼル邸で洗濯しておきますから、また取り替えに来て下さいね。あと、こっちから出た方が近いですから、来て下さい」

そう言われて、ロージーちゃんに付いて行くと、たまに遊びに来させてもらっている、青く塗られた壁に、ソファが置いてある使用人さんのくつろぎスペースにやってきた。

そして、そのテーブルの上には、女騎士・派遣事務所でも見かけた、私の大好物ポテトのチップスが入ったガラスケースが置いてある……

「ロ、ロージーちゃん。あれは、有名なお菓子なの? これまで、あんまり見かけた事はなかったんだけど……」

「あー、アレですか? アレはイモがたくさんある時に、余った料理の油で作るジャンキーなフードです。高貴な方々の口には合わない、とっても低俗な一般庶民の食べ物ですよ」

な、なるほど…… こっちの世界でもジャンキーなフードで、貴族の人の食卓には登ることはないものだから、侯爵家出身の私はこれまで見たことがなかったんだ。

また食べたいなー…… そんな感じでじーっと見ていると、

「でもたくさん働いた時に食べると、すっごく癒されるんですよね。昨日、皇城からたくさんイモが配布されて、シェフが使用人まかない用にたくさん作ってあるので、エミリア様、持って行って下さい!」

私の気持ちを読み取ったかの様に彼女はそう言って、けっこう大きめの袋を持ってきてくれたのだった。


どこで、どういう連携がされてたのか、使用人の館の隠し玄関を出ると、目の前にはフローリアがいて、その手綱を執事のゴリックさんが引いて待ってくれていた。

私はポテトのチップスがたくさん詰まった袋をフローリアの横っちょにぶら下げて、帝都のスパへと急行した。
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