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第2部 彼を救うための仕込み
61.ヘイゼル公爵家の黒歴史
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いろんな作物が植えてある畑に、柵の中で好き勝手に動き回っているニワトリさんやら豚さん達。
その横にはレンガ仕立てに、白い煙を出している煙突付きの可愛いお家が建っていた。
「ローダリアン地方は初めて来たなぁ、どうやらここみたいだ」
私とアルフリードは、フローリアとガンブレッドから降りて、扉が開け放たれて、台座や釜戸らしきものが丸見えになってしまっているそのお家に近づいて行った。
「ごめんくださーい。こちらにステアさんはいらっしゃいますか?」
アルフリードが大きな声を出すと、
「ロージーかい? 随分、遅かったじゃないか。それにちょっと声が低くなって、風邪でもひいたかい?」
家を回って庭の方からヒョコヒョコと現れたのは、三角巾にグレーの長い髪をおさげにしたエプロン姿のちっちゃいお婆さんだった。
この方は! 婚約披露会でお見かけした時と全然変わらない、可愛いおばあちゃん、ステア乳母様だ。
もともと、ロージーちゃんが帰省する事になってたんだから、乳母様が勘違いしてしまうのも仕方ないか。
「ステア久しぶりだね、ロージーは急用ができたとかで2、3日したら来るらしいよ」
そうして、にこやかに近づいていくアルフリードを、乳母様は目を細めてしばらく見ていたかと思ったら、徐々に信じられないものを見るようにその目を大きく見開いた。
「これは、ぼ、ぼ、坊っちゃま! こんなみすぼらしい所に足を運ぶものじゃありませんよ!」
乳母様は慌わて出して、開いてる戸を閉めたり、そんな事もお構いなしに近づいてくるアルフリードを両手を広げて制しようとした。
「うわぁ、人形の家みたいにちっちゃいな~」
私はフローリアにぶら下げてた袋を掴むと、自分の邸宅が巨大すぎるってことに気づいてない天然さで、失礼な事を平気で言ってるアルフリードと乳母様の間に割り込んだ。
「あ、あの! ロージーちゃんからステア様がこれお好きだって聞いて……帝都のお菓子の詰め合わせです!」
乳母様は、それを見ると目を輝かせて、私とアルフリードをご自宅に招き入れて下さった。
おウチのダイニングルームに案内されると、乳母様は持参したお菓子をとりあえず全部テーブルの上に並べてフタを開けた。
「そうかい、今度の8月にやっと夫婦になるのかい。早く坊っちゃまの子どもが見てみたいねぇ」
いきなり、使用人経典の本題に入ってしまうのも不自然なので、まずは雑談的な感じで近況のお話などで場を和ませることにした。
だから、こんな事を言われるのも想定内ではあるけど……
でもやっぱり面と向かって言われてしまうと、私はいたたまれなくなって顔を赤らめて下を向いてしまう。
横目でアルフリードを見ると、私と違って大して気にしていないみたいに、ハハハと朗らかに笑っている。
そうして、話題が色々移っていって、そろそろ本題を出してもいいかな、という頃合になった。
「ステア乳母様、ヘイゼル邸 使用人経典のことをご存知でしょうか?」
「経典? なんだいそれは?」
私の質問にまず反応したのはアルフリードだった。
主人である彼は、あの掟のことを知ってるのかと思ってたけど、そうでもなかったみたいだ。
「使用人の行動のお手本帳のことだろう? もちろん、知ってるよ」
乳母様は、お菓子を食べる手を一切やめずに、私の方を見ておっしゃった。
「あれって、変更を加えたり、使用人さんが従わないようにする事とか、できたりするんでしょうか?」
期待を込めて尋ねてみたけど、
「さあねぇ、私にもあの経典の変え方なんてものは知らないよ。そうだ、もう昼食の時間じゃないか。坊っちゃまの婚約者さん、ちょっと一緒に手伝ってくれないかい?」
簡単に話は終わってしまって、乳母様はサッサとイスから降りて歩き出してしまった。
「は、はい! アルフリード、行ってくるから待っててね」
急にダイニングに1人取り残される形になってしまった彼に一言告げて、私は乳母様の後を追ったのだが……私はそこで、ヘイゼル家の闇に葬りたい黒歴史を知ることになった。
乳母様に付いて台所へ入って行くと、バタンッ! と扉が閉められた。
「婚約者さん、あんたあの経典に興味があるのかい?」
ステア乳母様は、さっきまでのおっとりした口調となんだか違う、ハッキリとした物言いで、包丁を取り出すと人参みたいな野菜を千切りし始めた。
もう、経典の話はさっきので終わったのかと思ってたけど……どういう事だろう?
「で、できれば、もう少し使用人さん達に人間らしさがあってもいいかな、と思うんです。なんで、あそこまでがんじがらめにされてるのかも気になるし……」
「そうかい……この話は坊っちゃまの耳には入れたくないからね。今からその話をするけど、聞いても後悔しないね?」
乳母様は、料理をする手を止めずに質問してきた。
後悔? 一体、どんな話が始まるんだろう…… 私は唾をごくりと飲んで、お願いします、と答えた。
「あの経典は、ヘイゼル邸の2代目当主様の暴走を止めるために作られたものなんだよ」
私は乳母様が切った野菜を水に浸けたり、お手伝いしながら、その話を聞いた。
「ぼ、暴走とは……?」
お肉に小麦粉みたいなのをまぶしている手を止めて、乳母様は私の方を見た。
「その当主様っていうのはね、ひどい色情魔だったんだよ」
色情魔。それはつまり、手当たり次第に女の人を襲って、好き放題してしまうっていう一種の変態……暴走って、そっち系のこと!!?
「そんな当主様からメイドや使用人を守るために生み出されたのが、ともかく生気を無くして仕えること、笑顔を一切封印すること、ご主人様に何の魅力も感じさせないっていうスキルだったんだよ」
な、なるほど……それは確かに、そんな当主様に対してなら効果はあるのかもしれない。
女の人だけそういう態度だと訪問客におかしいと思われるから、カモフラージュのために男女ともに同じ行動を取る事にした。
こうした当主の性質が代々受け継がれる事を危惧して、当時の使用人たちが後の使用人のために書き残したのが、あの経典だった。
ステア様はロージーちゃんが言ってた通り、経典にまつわる様々なことを教えてくれた。
「そのご当主というのはね、奥様の女騎士にも手を出していたらしいんだよ。女騎士が男主人に仕えると妾と陰口たたかれてたのは、それが発端らしいよ」
そんな豆知識まで教えてくれたんだけど、私の頭にはふっと、ある事が思い出された。
皇女様の死のショックを癒すために、何人もの女の人と関係を持ってしまうという、原作のアルフリードだよ……
もしかして彼のその性質は、そのヘイゼル当主から受け継いだ隔世遺伝だったとか!?
そして、使用人さん達が代々守ってきた経典の掟が効力を発揮したのか、原作でも彼がメイドちゃんなんかに手をつけるという描写は出てこなかった。
もし掟がなかったら、ヘイゼル邸は幽霊屋敷のハーレム屋敷っていう意味の分からない邸宅に成り果ててた可能性だってある。
あの経典というのは、一見、ひどい掟のように見えるけど、長い目でみると使用人さんを守ることにもなってるし、万一、ヘイゼル家のヤバい性質が現れてしまっても、当主の名誉を守ることに繋がってるのかもしれない。
つまり……経典からの束縛の解放を望んでるロージーちゃんを始め、他の使用人さん達には申し訳ないけど、ヘイゼル家のためにはこの掟はそのままにしておいた方がいいのかもしれない。
「もし、この経典を変えたいのなら、お前さんが公爵夫人になった時だね。執事頭と契約すれば、変えることができる」
いつの間にか乳母様は、フライパンを火にかけていい匂いを立てながら、ジュージューと何かを炒めていた。
「これの発案者は、当主様の蛮行に我慢できなくなった当時の公爵夫人と、使用人を守ろうとしていた執事頭によるものだからね」
そっかぁ、公爵夫人か……もしアルフリードと結婚することになっても、公爵様がいらっしゃるから私は次期公爵夫人って事なので、掟を変える権限は持ってない。
ちなみに、現在の執事頭、いわゆる使用人さんのドンは執事のゴリックさんだ。
しかし、2代目ヘイゼル当主がこれだけ濃ゆい人物だったら、エスニョーラ邸の貴族家マニュアルにも色々載ってそうだな。
それに、お兄様がアルフリードのことを“女ったらし”とかやたらと呼ぶのも、こうした黒歴史を知っちゃってるからなのかも……
そうこうしているうちに、乳母様は5品くらいのお料理を作り上げてしまっていた。
暇を持て余して、庭で家畜さんを眺めたりしていたアルフリードを呼んできて、温かいローダニアン地方の郷土料理を楽しんだ。
そして、その後はお待ちかね、アルフリードによるバイオリン演奏が始まった。
その横にはレンガ仕立てに、白い煙を出している煙突付きの可愛いお家が建っていた。
「ローダリアン地方は初めて来たなぁ、どうやらここみたいだ」
私とアルフリードは、フローリアとガンブレッドから降りて、扉が開け放たれて、台座や釜戸らしきものが丸見えになってしまっているそのお家に近づいて行った。
「ごめんくださーい。こちらにステアさんはいらっしゃいますか?」
アルフリードが大きな声を出すと、
「ロージーかい? 随分、遅かったじゃないか。それにちょっと声が低くなって、風邪でもひいたかい?」
家を回って庭の方からヒョコヒョコと現れたのは、三角巾にグレーの長い髪をおさげにしたエプロン姿のちっちゃいお婆さんだった。
この方は! 婚約披露会でお見かけした時と全然変わらない、可愛いおばあちゃん、ステア乳母様だ。
もともと、ロージーちゃんが帰省する事になってたんだから、乳母様が勘違いしてしまうのも仕方ないか。
「ステア久しぶりだね、ロージーは急用ができたとかで2、3日したら来るらしいよ」
そうして、にこやかに近づいていくアルフリードを、乳母様は目を細めてしばらく見ていたかと思ったら、徐々に信じられないものを見るようにその目を大きく見開いた。
「これは、ぼ、ぼ、坊っちゃま! こんなみすぼらしい所に足を運ぶものじゃありませんよ!」
乳母様は慌わて出して、開いてる戸を閉めたり、そんな事もお構いなしに近づいてくるアルフリードを両手を広げて制しようとした。
「うわぁ、人形の家みたいにちっちゃいな~」
私はフローリアにぶら下げてた袋を掴むと、自分の邸宅が巨大すぎるってことに気づいてない天然さで、失礼な事を平気で言ってるアルフリードと乳母様の間に割り込んだ。
「あ、あの! ロージーちゃんからステア様がこれお好きだって聞いて……帝都のお菓子の詰め合わせです!」
乳母様は、それを見ると目を輝かせて、私とアルフリードをご自宅に招き入れて下さった。
おウチのダイニングルームに案内されると、乳母様は持参したお菓子をとりあえず全部テーブルの上に並べてフタを開けた。
「そうかい、今度の8月にやっと夫婦になるのかい。早く坊っちゃまの子どもが見てみたいねぇ」
いきなり、使用人経典の本題に入ってしまうのも不自然なので、まずは雑談的な感じで近況のお話などで場を和ませることにした。
だから、こんな事を言われるのも想定内ではあるけど……
でもやっぱり面と向かって言われてしまうと、私はいたたまれなくなって顔を赤らめて下を向いてしまう。
横目でアルフリードを見ると、私と違って大して気にしていないみたいに、ハハハと朗らかに笑っている。
そうして、話題が色々移っていって、そろそろ本題を出してもいいかな、という頃合になった。
「ステア乳母様、ヘイゼル邸 使用人経典のことをご存知でしょうか?」
「経典? なんだいそれは?」
私の質問にまず反応したのはアルフリードだった。
主人である彼は、あの掟のことを知ってるのかと思ってたけど、そうでもなかったみたいだ。
「使用人の行動のお手本帳のことだろう? もちろん、知ってるよ」
乳母様は、お菓子を食べる手を一切やめずに、私の方を見ておっしゃった。
「あれって、変更を加えたり、使用人さんが従わないようにする事とか、できたりするんでしょうか?」
期待を込めて尋ねてみたけど、
「さあねぇ、私にもあの経典の変え方なんてものは知らないよ。そうだ、もう昼食の時間じゃないか。坊っちゃまの婚約者さん、ちょっと一緒に手伝ってくれないかい?」
簡単に話は終わってしまって、乳母様はサッサとイスから降りて歩き出してしまった。
「は、はい! アルフリード、行ってくるから待っててね」
急にダイニングに1人取り残される形になってしまった彼に一言告げて、私は乳母様の後を追ったのだが……私はそこで、ヘイゼル家の闇に葬りたい黒歴史を知ることになった。
乳母様に付いて台所へ入って行くと、バタンッ! と扉が閉められた。
「婚約者さん、あんたあの経典に興味があるのかい?」
ステア乳母様は、さっきまでのおっとりした口調となんだか違う、ハッキリとした物言いで、包丁を取り出すと人参みたいな野菜を千切りし始めた。
もう、経典の話はさっきので終わったのかと思ってたけど……どういう事だろう?
「で、できれば、もう少し使用人さん達に人間らしさがあってもいいかな、と思うんです。なんで、あそこまでがんじがらめにされてるのかも気になるし……」
「そうかい……この話は坊っちゃまの耳には入れたくないからね。今からその話をするけど、聞いても後悔しないね?」
乳母様は、料理をする手を止めずに質問してきた。
後悔? 一体、どんな話が始まるんだろう…… 私は唾をごくりと飲んで、お願いします、と答えた。
「あの経典は、ヘイゼル邸の2代目当主様の暴走を止めるために作られたものなんだよ」
私は乳母様が切った野菜を水に浸けたり、お手伝いしながら、その話を聞いた。
「ぼ、暴走とは……?」
お肉に小麦粉みたいなのをまぶしている手を止めて、乳母様は私の方を見た。
「その当主様っていうのはね、ひどい色情魔だったんだよ」
色情魔。それはつまり、手当たり次第に女の人を襲って、好き放題してしまうっていう一種の変態……暴走って、そっち系のこと!!?
「そんな当主様からメイドや使用人を守るために生み出されたのが、ともかく生気を無くして仕えること、笑顔を一切封印すること、ご主人様に何の魅力も感じさせないっていうスキルだったんだよ」
な、なるほど……それは確かに、そんな当主様に対してなら効果はあるのかもしれない。
女の人だけそういう態度だと訪問客におかしいと思われるから、カモフラージュのために男女ともに同じ行動を取る事にした。
こうした当主の性質が代々受け継がれる事を危惧して、当時の使用人たちが後の使用人のために書き残したのが、あの経典だった。
ステア様はロージーちゃんが言ってた通り、経典にまつわる様々なことを教えてくれた。
「そのご当主というのはね、奥様の女騎士にも手を出していたらしいんだよ。女騎士が男主人に仕えると妾と陰口たたかれてたのは、それが発端らしいよ」
そんな豆知識まで教えてくれたんだけど、私の頭にはふっと、ある事が思い出された。
皇女様の死のショックを癒すために、何人もの女の人と関係を持ってしまうという、原作のアルフリードだよ……
もしかして彼のその性質は、そのヘイゼル当主から受け継いだ隔世遺伝だったとか!?
そして、使用人さん達が代々守ってきた経典の掟が効力を発揮したのか、原作でも彼がメイドちゃんなんかに手をつけるという描写は出てこなかった。
もし掟がなかったら、ヘイゼル邸は幽霊屋敷のハーレム屋敷っていう意味の分からない邸宅に成り果ててた可能性だってある。
あの経典というのは、一見、ひどい掟のように見えるけど、長い目でみると使用人さんを守ることにもなってるし、万一、ヘイゼル家のヤバい性質が現れてしまっても、当主の名誉を守ることに繋がってるのかもしれない。
つまり……経典からの束縛の解放を望んでるロージーちゃんを始め、他の使用人さん達には申し訳ないけど、ヘイゼル家のためにはこの掟はそのままにしておいた方がいいのかもしれない。
「もし、この経典を変えたいのなら、お前さんが公爵夫人になった時だね。執事頭と契約すれば、変えることができる」
いつの間にか乳母様は、フライパンを火にかけていい匂いを立てながら、ジュージューと何かを炒めていた。
「これの発案者は、当主様の蛮行に我慢できなくなった当時の公爵夫人と、使用人を守ろうとしていた執事頭によるものだからね」
そっかぁ、公爵夫人か……もしアルフリードと結婚することになっても、公爵様がいらっしゃるから私は次期公爵夫人って事なので、掟を変える権限は持ってない。
ちなみに、現在の執事頭、いわゆる使用人さんのドンは執事のゴリックさんだ。
しかし、2代目ヘイゼル当主がこれだけ濃ゆい人物だったら、エスニョーラ邸の貴族家マニュアルにも色々載ってそうだな。
それに、お兄様がアルフリードのことを“女ったらし”とかやたらと呼ぶのも、こうした黒歴史を知っちゃってるからなのかも……
そうこうしているうちに、乳母様は5品くらいのお料理を作り上げてしまっていた。
暇を持て余して、庭で家畜さんを眺めたりしていたアルフリードを呼んできて、温かいローダニアン地方の郷土料理を楽しんだ。
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