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第2部 彼を救うための仕込み

60.2通の手紙と迫るその時

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3月も終わりになってきた頃。
皇城には2通の手紙が届いた。

1通は皇女様の手に。
もう1通は王子様の手に。

「ふう、お兄様も今度こそは以前知らせてきた通りの日に戻るそうだ」

濃い緑色したドレスを着た皇女様は、執務室の机の周りをゆっくり歩きながら、手にしている手紙を眺めていた。

「ごめん、アルフリード。どうやら君の結婚式兼20歳のパーティーのプロデュースは出来なさそうだよ……」

執務室の出入り口に近いソファのところに立って、手紙を見ていた王子様はそんな事をつぶやいた。

私とアルフリードは部屋の真ん中あたりに並んで立って、お二人の様子を交互に見ていた。

「それは残念だが、どうしたんだ?」

アルフリードは王子様の方に近づいていった。

「お父様から、ジョナスンが戻ってきたらすぐにナディクスに帰ってくるようにって急かされちゃってるから」

王子様は眉をへの字にして、肩を落としてアルフリードに持っていた手紙を渡した。

つまり、ジョナスン皇太子様から、今年の4月6日に帝国に戻ってくると約束します、という手紙が届いてから1年半。
あと1週間ほどで迎えるその日付に皇太子様が帰還するのは、ほぼ確定のようだ。

そして、本当は私の誕生日の8月を過ぎてから行われる予定のアルフリードの催しまで、なんとか踏ん張って帝国に居座ろうとしていた王子様だったけど、その思惑は叶いそうもなく、皇太子様の帰還と共に祖国へ帰るということだ。

もちろん、皇太子様の代理という職務から解放される皇女様を一緒に連れて。


次の日、朝早くに私はヘイゼル邸を訪れた。

ヘイゼル家の使用人は1年に1度、ちょっと長めの休暇が取れるという。
そんなここのメイドのロージーちゃんが休暇に入ったら、彼女の祖母でアルフリードの乳母だったステア様のところへ行く約束を前からしていた。

それは他でもない、ヘイゼル家の使用人を主人の前で死んだように振る舞わせる掟の謎について聞き出すために。

そして、今日はその日にあたる。

使用人の館にいるというロージーちゃんを迎えに、前に騎士服コレクションのある小部屋に行った時に使った隠し通路を使おうと、主人のプライベートエリアである肖像画がたくさん飾ってある廊下に向かった。

しかし今、そこには1枚も肖像画は飾られていなかった。

肖像画は油絵で描かれてるんだけど、そこには埃が付いちゃってるのがほとんどで、どんな顔が描かれてるのかよく分からないものも、たくさんあったりする。

だから絵がもっとクリアになるように修繕を依頼してたので、これらの絵は全部運ばれて綺麗になったら戻ってくる予定になっている。

そんな廊下に足を踏み入れた時、何やら厳かな感じの音色が聞こえてきた。

これは弦楽器の音、多分バイオリンかな?

ここの部屋を使ってる住人は2人しかいない。

公爵様とアルフリード。

リフォームが進んでないこのエリアに、別の住人が憑いちゃってる可能性も否定できないけど、それは考慮しないでおこう……

廊下を進んでいると、その音はアルフリードのお部屋の辺りから聞こえるようだった。
何でも出来ちゃう彼だから、そんな特技があっても不思議じゃないかも。

それに、色彩を失ってどんよりしているこの空間が、その調べによって幾らかは心地良い感じになっていた。

丸出しになっちゃってる、他と色が違う石を押すと、隠し通路が出現した。
そこからすぐの使用人さんの個室エリアであるいっぱい部屋のドアが並んでる廊下の一角に、ロージーちゃんは待っていてくれた。


「おばあちゃんは帝都のお菓子の詰め合わせが大好きだから、買ってから行きましょう」

ロージーちゃんの提案通りに帝都の市場のあたりまで馬車で乗っていって、お菓子屋さんが立ち並んでいる通りに2人して歩いた。

各お菓子屋さんでコンパクトサイズの人気商品を1箱ずつ買って、袋に一杯に入れまくって、さてもういいかな? という頃合いで2人で馬車の方へ戻ろうとすると、

「お嬢様? あ、ロージーさんも!」

急に後ろから声を掛けられて振り向いた。
そこにいたのは、なんか見覚えがある気がするけど、背の高い、大きめの袋を肩から担いだ黒っぽい服を着た男の人だった。

私のこと“お嬢様”って呼んだけど、誰だか分からない。

「ロージーちゃん、知ってる?」

横にいるロージーちゃんに小声で聞いてみるけど、彼女は首をひねって、胡散臭そうに顔をしかめてこっちに来る人を見ている。

「2人とも嫌だなー、しばらく会ってなかったからって、そんな初めて見るみたいな顔しないでくださいよ。僕ですよ、ヤエリゼです!今、遠征から戻ってきた所なんですよ」

へぇ? いや、ヤエリゼ君はもっとちっちゃかったし…… でもヤエリゼ君に最後会ったのはいつだったけな?

元リューセリンヌの城で見た黒い鎧の騎士の事を調べてもらうようお願いしたのが半年くらい前。
お兄様の話だと、その後、いろんな調査の都合で彼はしばらく帝都から離れてるって聞いてたから、会うのも半年ぶりだ。

「あ……でも、よく見るとお顔がヤエリゼ様のように見えなくもないかも」

ロージーちゃんは戸惑って、瞳をウルウルとさせている。

「だから、僕ですってば! この半年で身長が40cmほど伸びはしましたけど……たったそれだけで、分からなくなっちゃうもんですか?」

そう言って、彼は自分の前髪をツンツン引っ張っり出したけど……え、そんな急激に身長って伸びるものなの? それだけじゃなくて、体格も顔の骨格も変わっちゃってるみたいだから、もう別人なんですけど。

「そうそう、ロージーさん今日から休暇って言ってましたよね。実は僕も休暇を合わせられたので、前に行きたいって言ってた騎士記念館のフリーパス手に入れちゃったんですよ。空いてたら今から行きませんか?」

そうして外見だけでなく、中身まで変貌してしまったらしい彼は、突然ロージーちゃんをデートに誘い出した。

だけど残念でしたー。ロージーちゃんには私っていう先約があるんだから!

今回は諦めてって、思ってロージーちゃんの方を見た私だったけど……

彼女は、顔を真っ赤にして、

「エミリア様、ど、ど、どうしましょう……次期騎士団長様からのお誘いに、しかも、騎士学校とかもある騎士ファンの聖地だなんて……」

彼女は私の腕に抱きついて、ヤエリゼ君の方をチラ見しながら、モジモジしている。

これは……ここで彼女に私を取らせたら完全に私は2人の邪魔者。完全なる悪役だ。

帝都の街中で、私は仲睦まじい若者を見送り、1人さみしくエスニョーラ邸の馬車に乗り込んだ。

どうしよう……道も分からないし、ステア乳母様の所に行くのは諦めようか?
でも、このままずっとヘイゼル邸の使用人が主人の前で死んだようになってる状況は、なんとか改善させたいし。

そのためには、早めにあの使用人経典の成り立ちを知ってるっぽい乳母様から話をお聞きして、解決の糸口を見つけ出してしまいたい。


「ステアに会うのも、婚約披露会以来だな~。元気にしてるかな」

そうして頼った相手は、アルフリード。

ダメ元でまたヘイゼル邸に逆戻りすると、いつもの応接室でアルフリードはくつろいでたけど皇太子様の帰還で、これからどんどん皇城は忙しくなるから、行くなら今日しかないって事でお供してくれることになった。

私は先に馬車でエスニョーラ邸に行って、フローリアを引っ張ってきて、さっき帝都で買い込んだお菓子の袋を彼女の腰のところにぶら下げた。

そうして、屋敷のロータリーの所で待っていると、パカラッ パカラッ というお馴染みの蹄の音がしてきて、ガンブレッドにまたがったアルフリードがやってきた。

黒いローブを羽織っているアルフリードの背中には、黒いケースが斜めにかかっている。

アルフリードはガンブレッドから飛び降りると、彼が着ているのと同じ黒いローブを取り出して、私の肩にサッと掛けた。

「もう春先とはいえ、馬を走らせてると風が冷たいからね」

そう言いながら、私の首元にローブの紐を結んで、結び終わるとそれをポンッと叩いた。

それはまだ婚約披露会が終わる前、人前に私が出てはいけなかった頃、皇城へ行くのに人目につかないように同じローブを羽織らせてくれてた時に、必ず彼がやっていた仕草だ。

懐かしさに笑みが溢れそうになっていると、アルフリードはまたガンブレッドにまたがり始めた。

私もフローリアにまたがりながら、

「アルフリード、その背中のものは、なあに?」

気になる黒いケースについて聞いてみた。

「これかい? この間、僕の部屋から出てきたバイオリンだよ。ステアがこれを聞くのが好きだったから、行った時に聞かせてあげようと思って」

やっぱり! さっき、ヘイゼル邸の廊下で聞いたのはアルフリードの演奏だったんだ!!

じゃあ、ステア乳母様のところに着いたら、目の前で聞かせてもらえるのかな?
それはすっごく楽しみだ。

私とアルフリードは、馬牧場に行くときに通ってた草原地帯に出たけど、いつもとは違う方角にその中を進んで行った。

それから数時間して、私たちはのどかな田園風景が見渡せる村に辿り着いた。
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