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第2部 彼を救うための仕込み
32.匂いと匂い 観光ツアー編4
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アルフリードに指を絡まれて入ったバッグ屋さんでは、伝統の手織り技法で作られたハンドメイドバッグを買ってもらってしまった。
白を基調とした中にオレンジや緑、ピンクなど細かい格子状のラインが走った柄で、可愛いけど落ち着いた雰囲気のものだ。
一通りファッション街のお店を回った後は、帝都の中心にあるという大きくて豪華な建物の前に連れて行かれた。
「どれがいいかなぁ……」
建物の入り口の横に掲げられたショーウィンドウの中に入った紙をアルフリードは覗き込んでいる。
「これなんかどう?」
彼が指さした先を見ると、そこに書いてあるのは、
『伝説の女騎士』
へ??
「あ、ちょうど始まる時間だ。早く行こう!」
また、指を絡ませる握り方で私を引っ張ると、彼は受付で料金を支払って何階分かの階段を登ると、カーテンで仕切られた小部屋の前まできた。
そのカーテンをサッと開けると……
目の前に現れたのは大きな舞台と、数百人は収容出来そうな観客席。
ここはいわゆるオペラハウス! 劇場!
私たちがいるのは、地上から3階ほどの個室ブースだった。
「読書好きなエミリアは知ってると思うけど、『伝説の女騎士』は実在した現在の女騎士文化の発祥ともされる人物を描いた古典劇だよ。女騎士を目指してるエミリアにはピッタリだね」
ああ、アルフリードごめんなさい。
私はこの帝国の本を読みまくっていたという方のエミリアじゃないんです……なのでこのお話も全く分からないです……
まだ帝国が領土を拡大しまくってた頃、か弱い存在の貴族女性は敵からいつどこで襲われたり、攫われたりするか常に危険を孕んでいた。
そんな時に片時も離れずに彼らを護衛する役目として、当時は男性しかなれなかった騎士に、女性ながらもさせられたのが主人公だった。
そんな初代“女騎士”の過酷な運命を受け入れて突き進んだサクセスストーリー。それが『伝説の女騎士』だった。
言い回しが古くさくて、あんまりセリフが理解できなかったのが残念だけど、急にワイヤーにぶら下がって空を飛んだり、数本のナイフを同時に投げつけられ避けてみたり、火を吹いたり、なかなかアクロバティックな演出がされていた。
「僕が子どもの頃は舞台で人が演技してるだけだったのに、すごい進化だよね」
飽きることなく最後まで劇を楽しんだ後、そんなアルフリードの昔を懐かしむ話を聞きながら、ガンブレッドを迎えにスパへ戻った。
「お待たせしました~ ガンブレッドちゃん、とってもお利口さんでしたよ。ちょっと舐めグセがあるみたいだけど、噛むよりはマシですからね」
馬用のサロンに着くと、快活な感じのキレイなお姉さんが出てきた。
片側の頬のテカリ方が反対側と違う気がするけど……きっと仕事が終わったら、速攻で温泉に浸かりに行くんだろうな……
そうして案内されたスペースには、朝見た時もよく手入れがされていたけど、もうその数倍の輝きは放ってそうなツヤッツヤな毛並みに、近づくと洗い立ての石鹸のいい匂いがした。
私は思わずガンブレッドの首の付け根あたりに顔を近づけて、
「いい匂い~」
と言いながら、モフモフでモサモサな毛触りに顔を埋めて左右にゴシゴシしていた。
「ああ、すっごくいい匂いだな」
アルフリードも同じことを言ってる。
そう思って彼の方を振り返ろうとすると、なぜか私のポニーテールにしている髪の毛が手の平で掬われていて、そこにアルフリードが鼻先をつけていた。
えええっ……この人、何してるの?
「エミリアの髪の毛もさっき洗ったばっかりだから、シャンプーのいい匂いがする……」
うっとりとした表情で、私の髪の毛をスースー嗅いでいる。
ちょっと、この行為は引いてしまうかも……
だけど、今日は観光ツアーにも連れてきてくれたし、色々買ってもらったり、スパまで利用させてもらってるし、私は見て見ぬふりをすることにした。
ガンブレッドもその大きな瞳を白目が出るほど横目にして、アルフリードの事を見つめていた。
そうしてまた私たちはガンブレッドに乗って移動することになった。
でも帝都の外には出ずに、石畳でできた坂道をずっと登っていった。
着いたのは1軒のこじんまりとしたレストラン。
案内された奥の席に向かうと、その開け放たれた窓から広がるのは、ずいぶん高い位置から広がっている帝都の街並みと、遠くの方に山々が連なる絶景だった。
「ここは街の高台にあって帝都でも随一の景色を誇る帝国料理の店だよ。もちろん味も絶品さ」
アルフリードは店員が持ってきたメニューをテーブルに置いて見せてくれた。
「んー、エミリアは外のレストランに入るのは初めてだろうから、僕がおすすめのを頼んでしまうよ。でも気になるのがあったら、教えて」
文字だけじゃなくて、ちゃんとイラスト付きだから、どんな料理かイメージしやすくなってる。
けっこう海産物系が多いわね。
これなんかウニっぽくない……? 外側がトゲトゲで、中に身が詰まってるような絵が描いてある。
「アルフリード、これは何?」
「リルリルがいいの? これはちょっと初心者向けじゃないな」
へー、リルリルなんて可愛い名前。
でも初心者向けじゃないってどういうこと? 確かにウニは高級品だし、ここではもっとすごい値段なのかも。さすがのお金持ちのアルフリードですら困惑してしまうくらいとか……
「好きな人は好きなんだけど……お店の人の前では大きい声で言えないけど、毒性が強いから当たりやすいんだよ」
というと……フグみたいな感じ?
生カキなんかもそうだけど、そういう危険性を孕んでいるものほど美味だったりするのよね。
だから、そう言われると返って食べてみたくなりそうだけど、せっかくの観光ツアー。
腹痛で途中棄権なんて残念なことにはしたくないし!
私はそのウニみたいな食材・リルリルを諦めた。
ずっと歩き通しで、劇場でもずっと席を立ってなかったから、食事が運ばれてくる前に私は一度、化粧室に行った。
1人落ち着いたところで、ふと考える。
さっき王子様に小説を渡したことで、
<やること①>
はクリアした。
次、<やること②>
幽霊屋敷の公爵邸を明るく快適な空間に維持して、人形みたいな感情のない使用人たちを人間らしくすること。
今後到来するかもしれないアルフリードの闇落ちを防ぐために、私には悠長に休んでいるヒマなどないのだった。
白を基調とした中にオレンジや緑、ピンクなど細かい格子状のラインが走った柄で、可愛いけど落ち着いた雰囲気のものだ。
一通りファッション街のお店を回った後は、帝都の中心にあるという大きくて豪華な建物の前に連れて行かれた。
「どれがいいかなぁ……」
建物の入り口の横に掲げられたショーウィンドウの中に入った紙をアルフリードは覗き込んでいる。
「これなんかどう?」
彼が指さした先を見ると、そこに書いてあるのは、
『伝説の女騎士』
へ??
「あ、ちょうど始まる時間だ。早く行こう!」
また、指を絡ませる握り方で私を引っ張ると、彼は受付で料金を支払って何階分かの階段を登ると、カーテンで仕切られた小部屋の前まできた。
そのカーテンをサッと開けると……
目の前に現れたのは大きな舞台と、数百人は収容出来そうな観客席。
ここはいわゆるオペラハウス! 劇場!
私たちがいるのは、地上から3階ほどの個室ブースだった。
「読書好きなエミリアは知ってると思うけど、『伝説の女騎士』は実在した現在の女騎士文化の発祥ともされる人物を描いた古典劇だよ。女騎士を目指してるエミリアにはピッタリだね」
ああ、アルフリードごめんなさい。
私はこの帝国の本を読みまくっていたという方のエミリアじゃないんです……なのでこのお話も全く分からないです……
まだ帝国が領土を拡大しまくってた頃、か弱い存在の貴族女性は敵からいつどこで襲われたり、攫われたりするか常に危険を孕んでいた。
そんな時に片時も離れずに彼らを護衛する役目として、当時は男性しかなれなかった騎士に、女性ながらもさせられたのが主人公だった。
そんな初代“女騎士”の過酷な運命を受け入れて突き進んだサクセスストーリー。それが『伝説の女騎士』だった。
言い回しが古くさくて、あんまりセリフが理解できなかったのが残念だけど、急にワイヤーにぶら下がって空を飛んだり、数本のナイフを同時に投げつけられ避けてみたり、火を吹いたり、なかなかアクロバティックな演出がされていた。
「僕が子どもの頃は舞台で人が演技してるだけだったのに、すごい進化だよね」
飽きることなく最後まで劇を楽しんだ後、そんなアルフリードの昔を懐かしむ話を聞きながら、ガンブレッドを迎えにスパへ戻った。
「お待たせしました~ ガンブレッドちゃん、とってもお利口さんでしたよ。ちょっと舐めグセがあるみたいだけど、噛むよりはマシですからね」
馬用のサロンに着くと、快活な感じのキレイなお姉さんが出てきた。
片側の頬のテカリ方が反対側と違う気がするけど……きっと仕事が終わったら、速攻で温泉に浸かりに行くんだろうな……
そうして案内されたスペースには、朝見た時もよく手入れがされていたけど、もうその数倍の輝きは放ってそうなツヤッツヤな毛並みに、近づくと洗い立ての石鹸のいい匂いがした。
私は思わずガンブレッドの首の付け根あたりに顔を近づけて、
「いい匂い~」
と言いながら、モフモフでモサモサな毛触りに顔を埋めて左右にゴシゴシしていた。
「ああ、すっごくいい匂いだな」
アルフリードも同じことを言ってる。
そう思って彼の方を振り返ろうとすると、なぜか私のポニーテールにしている髪の毛が手の平で掬われていて、そこにアルフリードが鼻先をつけていた。
えええっ……この人、何してるの?
「エミリアの髪の毛もさっき洗ったばっかりだから、シャンプーのいい匂いがする……」
うっとりとした表情で、私の髪の毛をスースー嗅いでいる。
ちょっと、この行為は引いてしまうかも……
だけど、今日は観光ツアーにも連れてきてくれたし、色々買ってもらったり、スパまで利用させてもらってるし、私は見て見ぬふりをすることにした。
ガンブレッドもその大きな瞳を白目が出るほど横目にして、アルフリードの事を見つめていた。
そうしてまた私たちはガンブレッドに乗って移動することになった。
でも帝都の外には出ずに、石畳でできた坂道をずっと登っていった。
着いたのは1軒のこじんまりとしたレストラン。
案内された奥の席に向かうと、その開け放たれた窓から広がるのは、ずいぶん高い位置から広がっている帝都の街並みと、遠くの方に山々が連なる絶景だった。
「ここは街の高台にあって帝都でも随一の景色を誇る帝国料理の店だよ。もちろん味も絶品さ」
アルフリードは店員が持ってきたメニューをテーブルに置いて見せてくれた。
「んー、エミリアは外のレストランに入るのは初めてだろうから、僕がおすすめのを頼んでしまうよ。でも気になるのがあったら、教えて」
文字だけじゃなくて、ちゃんとイラスト付きだから、どんな料理かイメージしやすくなってる。
けっこう海産物系が多いわね。
これなんかウニっぽくない……? 外側がトゲトゲで、中に身が詰まってるような絵が描いてある。
「アルフリード、これは何?」
「リルリルがいいの? これはちょっと初心者向けじゃないな」
へー、リルリルなんて可愛い名前。
でも初心者向けじゃないってどういうこと? 確かにウニは高級品だし、ここではもっとすごい値段なのかも。さすがのお金持ちのアルフリードですら困惑してしまうくらいとか……
「好きな人は好きなんだけど……お店の人の前では大きい声で言えないけど、毒性が強いから当たりやすいんだよ」
というと……フグみたいな感じ?
生カキなんかもそうだけど、そういう危険性を孕んでいるものほど美味だったりするのよね。
だから、そう言われると返って食べてみたくなりそうだけど、せっかくの観光ツアー。
腹痛で途中棄権なんて残念なことにはしたくないし!
私はそのウニみたいな食材・リルリルを諦めた。
ずっと歩き通しで、劇場でもずっと席を立ってなかったから、食事が運ばれてくる前に私は一度、化粧室に行った。
1人落ち着いたところで、ふと考える。
さっき王子様に小説を渡したことで、
<やること①>
はクリアした。
次、<やること②>
幽霊屋敷の公爵邸を明るく快適な空間に維持して、人形みたいな感情のない使用人たちを人間らしくすること。
今後到来するかもしれないアルフリードの闇落ちを防ぐために、私には悠長に休んでいるヒマなどないのだった。
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