怪談レポート

№205 婚姻届

　結婚が怖いんです。

　あ、マリッジブルーとかじゃなくて、いや、そうなのかな？　すみません。でも、結婚って初めてで、これが普通なのかどうなのか、わからないんです。

　３年前、婚約をしました。その１年後に結婚式の予定で動いていたんですが、彼が彼の祖母と新居で一緒に暮らすつもりでいることを知り、喧嘩になりました。

　彼は両親が他界し、育ててくれた祖母を一人にしたくないと思っていたようです。私たちは当時２０代後半でしたが、その方は７０歳で不安に思う気持ちもわかりました。ですが、私としては子供が生まれるまでは二人で暮らしたいと思っていましたし、何より相談がないのが許せませんでした。

　でも彼は私が何を言っても同居は絶対だと譲りません。じゃあ、破談しかないと別れを切り出しても、それは嫌だと。話し合いは平行線になり、二人とも最初は冷静だったと思うんですが、徐々に感情的になり、私は婚姻届を粉々に破いてしまいました。すでに必要なところは記入している物です。彼は「ああ！」と声を上げ、床に落ちた婚姻届の紙切れを集め出しました。それを見て感情がサーッと冷めていくのを感じました。もう本当に無理だと確信した瞬間です。

　連絡先も消し、一人暮らしをしていたアパートを引き払い、実家に帰りました。しばらくして、体調が悪くなりました。病院に行くと最近受けた健康診断では何も言われなかった箇所に病気が発見されたんです。治療を始めましたが薬が効きづらく、仕事も辞めてしまいました。そんな時に実家に空き巣が入り、父の高価なコレクションが盗まれました。犯人は捕まりましたが、盗まれた物はすでに海外に出品されてしまい、取り戻すことは出来ませんでした。次に母が心労がたたって倒れてしまいました。

　他にも細々と嫌なことが続き、私たちは疲弊していました。そのとき彼が実家にやってきました。私たちの様子を見て悲しそうに「やっぱり……」と呟きました。どういうことか聞くと

「婚姻届、破いたでしょ。あれは良くないよ？」

　彼曰く、契約的な意味を込めて名前を書いた紙を破いたら良くないことが起こると。これは常識なんだそうです。私は精神的にも参っていたので、彼の優しい口調にほだされ、彼が持ってきてくれた婚姻届に記入しました。すると私の体がすーっと軽くなったんです。それから実家に起こっていた悪いことも減っていき、母の体調も良くなり、父も明るくなりました。

　でも、いまだにわかりません。本当に婚姻届にそんな効力があるんでしょうか？　もうすぐ結婚式があります。それが終われば一緒に届けを出しに行くんです。

　私はなんだかずっと彼に見られている気がするんです。今、この瞬間も。

　結婚って何でしょう？

　家族になるって何でしょう？

　こんなに、息苦しい物なんでしょうか？

　お願いです。私の結婚式に出てください。そして、何かおかしなことがないか、見てもらえませんか？

――能美さんは私宛ての招待状を置いて帰っていった。幸い、結婚式は世界的感染症の流行で延期になっている。