疾風の往く道

初音

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四大校駅伝競争 ――第一回箱根駅伝②

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 それから迎えた二月十五日、昼過ぎ。

 悉乃はキヨと共に有楽町にいた。

 東京のど真ん中の道路は、次第に見物人で塞がっていく。駅伝のことを知っていて見に来ている人はもちろん、何が起こるのかわかっていない通行人も集まり、さらにそれを見た通行人が何事かと寄ってきて……雪だるま式に見物人は増えていった。

 箱根駅伝は、東京高師、早稲田、慶応義塾、明治、と四大学の学生がチームを組んで競う駅伝だった。

 昨日のうちに往路の競争は終わっており、今日走る復路の選手たちはそれぞれの中継地点にすでに鉄道や車で移動しているらしい。武雄も鶴見の中継所に行って襷が来るのを待っているようだ。

 道路の反対側には、「東京高等師範学校」とデカデカ書かれた横断幕を掲げた男子学生の集団があった。そのうちのひとりが、悉乃たちを見て「あっ」と何かに気づいたような顔をしたかと思うと、左右を確認しながらこちら側に渡ってきた。

「浅岡さんに鹿嶋さん! 元気にしてましたか!」

 やってきたのは、武雄のはとこ・秀成だった。秀成に会うのは、あの市電での一件以来だった。

「三田さん、お久しぶりですこと。よく私たちのことがわかりましたわね」

 悉乃が言うと、秀成はそりゃあわかりますよ、と胸を張った。

「やっぱり女学生さんの華やかな袴姿は目を引きますからね。これなら武雄もすぐに見つけられるだろうし、やる気出ると思いますよ」

 そ、そうかしら、と悉乃は小さく言った。なんだか照れてしまう。

「三田さん、茂上さんはいつ来るんですの?」
 
 キヨが尋ねた。確かにそれは聞いておかねばならない重要な情報だ。

「さあ……予定では、あと一時間くらいだろうって話ですよ。まあ、マラソンっていうのは何が起こるかわからないらしいですから。お互い気長に待ちましょう」

 世間話もそこそこに、秀成は仲間のところへ戻っていった。悉乃たちは再び手持ち無沙汰になって、つめかける観客の人間観察などして時間を潰した。だが、それもしだいに飽きがくる。

 マラソン観戦というのは、とにかく待ち時間が長い。何しろ、選手と一緒に走るのでもない限り、待つ方は彼らが今どこにいるのかもわからず、時々伝令係が声を張り上げて「早稲田、七区通過!」などと言うのを聞き逃さないようにするしかない。

 選手が来るのを今か今かと期待していた見物人たちの顔にも、疲れの色が浮かんでくる。耐え切れず、その場を退散してしまう者を悉乃とキヨは何人も見送った。

「アメリカ横断って、どのくらいあるのかしら」

 キヨがポツリと言った。退屈に加えて、寒さも容赦なく二人の元気を奪っていく。何か話していないと気がおかしくなりそうなのは、悉乃にもよくわかった。

「私も気になって調べたんですの。そうしたら、だいたい千里だそうよ」
「千里……!?『千里の道も一歩から』みたいな、ものの例えではなくて?」
「そう。本当に千里。二八〇〇マイル」
「途方もないですわ。それに、この駅伝みたいに先生たちの後ろ盾なんかもないんでしょう。大丈夫なのかしら」

 まったくその通りだ、と悉乃はキヨの発言に深く同意した。不謹慎なのはわかっていたが、アメリカ横断駅伝が、企画倒れになってしまえばいいのに、とさえ思った。

 その時、伝令係の声が高らかに響いた。

「明治、八区通過!」

 八区は復路を五つに分けた区間のうちの三番目だ。明治大学の走者はあと二人。高師はどうなんだ、早稲田は? と、観客がざわつき始めた。明治の残り二人の走者が走り切ってしまえば、そこで優勝決定となる。
 悉乃は、複雑な思いでいた。東京高師に、武雄に勝ってほしい。しかし、負ければ……もっと言えば、走り切れないとか、何らかのアクシデントがあれば、「それならアメリカはやめておきましょう」という展開になるかもしれない。

 ――私ったら、なんてことを。


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