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誰がために②
しおりを挟む総司の部屋を出ると、すれ違った隊士から「局長が探してらっしゃいましたよ」と告げられた。
今の今で勇にはまだ言わぬと決心したのが若干揺らぎそうではあったが、気持ちを切り替えよう、とさくらは局長室に向かった。
呼ばれていたのはさくらだけではなかった。部屋には歳三もいて、勇はやや困ったような顔をして二人の顔を交互に見た。
「二人とも、明後日、都合はつけられるか」
「えーと、そうだな。まあ、大丈夫だ」
「俺も構わねえが」
「そうか。よかった。いや、実は、会津の本陣に呼ばれているのだが、二人にもついてきて欲しいんだ」
「わ、私もか……⁉ そういう表に出る仕事は、私は……」
「しかし、殿が島崎も呼んで欲しいと直々に仰せだそうだ。殿がというか、なんというか……」
「なんだ、歯切れが悪いな」
「うん、その……おれ達を呼んでいるのが、公方様らしいんだ」
さくらは一瞬状況が飲み込めず、へ? と変な声を出した。歳三も同じようで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「公方様って、あの公方様?」
「他に誰がいる。将軍・慶喜公だ」
「ななななな、なぜ公方様が」
「どうも、お忍びで会津の本陣を訪問するらしい。いくら会津の御預とはいえ、おれ達みたいな浪人を二条城の中に呼ぶわけにはいかないからな」
「でもよ、だからって公方様自らが俺たちに会いに会津本陣に来るなんて」
「勇、お前何か騙されてるんじゃないか?」
「騙されてなどいないさ。会津の使いの方が……おれも何度か会ったこともある人だ、その人が言っていたのだから、間違いない。とにかく、粗相のないよう支度をして来いと殿が仰せだそうだ」
それでもさくらは、まだ何か裏があるのではないかとか、人違いなのではないかとか、とにかくこの件は眉唾物と思うことにした。
将軍・慶喜がさくら達三人に会いたがっているなど、とても信じられないことだった。
ただ、もし本当だとすれば。理由を想像するに、さくらはひとつしか思い当たらなかった。
とうとう、自分が女の身で、新選組として働いていることがどこかから慶喜の耳に入り、問題視されたに違いない。
今までが過ぎた幸運だったのだ。最初は佐々木ら浪士組の幹部になんとか許しを得、新選組として発足した後も、容保が目を瞑ってくれていた。それに加えて、最近では隊内で”女隊士”をよく思っていなかった伊東もいなくなった。少し気が緩んでいたと言われてしまえば、否定できなかった。そのツケが、いよいよ回ってきたのだ。
総司の病気を心配する前に、まずは自分が近日中に切腹になるという心配をせねばならなくなった。否、自分の命ひとつで済むならまだしも、下手をすれば、新選組の解散や、勇や歳三にも処罰が下るかもしれないのだ。
とにかくも、さくらは慌ただしく正装用の裃を用意して当日を迎えた。
勇も歳三も、いつになく緊張している様子だった。無理もない。実際、どんな沙汰が待ち受けているのか、わからないのだから。三人は無言で会津藩本陣の門をくぐった。
一番奥の広い部屋に三人は通された。まずは容保が入ってきて、緊張しきりの三人に近寄り言葉をかけてくれた。
「公方様はお忍びでいらっしゃるのだ。そのようにこわばるな。と言っても難しいかもしれぬが、肩の力を抜け。いらぬ粗相の元になるやもしれぬ」
だが、容保の命とはいえ、やはり肩の力を抜くなどということは不可能だった。いつもは上座の正面に座る容保が、今日は横の壁際に腰を下ろした。
さくら達は頭を下げたまま、慶喜が来るのを待った。実際にはそんなに時が経ったわけではないのだが、襖が開くまでの時間がとてつもなく長く感じられた。
やがて、カラリと音がした。続いて、衣擦れの音と足音。部屋中が緊張感に包まれた。結局さくら達だけでなく、周囲に控えている会津の家臣たちも緊張しているに違いない。
「くるしゅうない。面を上げよ」
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