50 / 64
御陵衛士➀
しおりを挟む伊東と一緒に入隊した篠原泰之進の動きが怪しい。と、さくらが疑問に思い始めたのは、伊東が京を出立してからひと月ほど経った頃だった。
もともと諸士調役として隊務に励んでいた篠原は、さくらにとっては少し年上の部下であった。普段は別行動することも多かったが、それぞれが得た情報は互いに報告するのが常だ。だが、この頃篠原からの情報が不自然に途絶えた。情報があったとしても、大したことのない小競り合いに関するものだったり、真偽の怪しい噂程度のものだったり。糸口としてそれはそれで大切だが、どうにも何か隠しているような気がしてならなかった。所詮は勘と言われればそれまでだが、さくらだって諸士調役兼監察方として働いてそれなりの年月が経っている。たまには勘に頼ってもいいだろう。
とは言え、篠原が何を企てているのか、皆目見当がつかなかった。歳三が懸念したような、伊東とその門人たちによる古参幹部暗殺計画が進められているわけでもなさそうだった。
さくらは、何か引っかかるものを感じながらも、約一年ぶりとなる山南の墓参りに訪れていた。
最初の一年は毎月訪ねていたというのに、この一年は、本当に遠ざかってしまっていた。
「忘れたわけではないですよ、山南さん。私は……あなたにいただいたものを無駄にしないように日々励んでいるつもりです。きっと、わかってくれますよね」
もの言わぬ、ひんやりとした墓石をさくらは優しく撫でた。昨年はここで歳三と鉢合わせたのだっけ、とふと思い出した。
なんだか急に、歳三の顔が見たくなった。そしてすぐ、ほとんど毎日見ているくせに、と自分自身に呆れたような笑みを漏らした。だいたい、ここは山南の墓前である。本当に、もう自分は山南への恋慕の情には囚われなくなったのだなぁ、としみじみする思いだった。
「……それじゃあ山南さん。また、来年」
さくらは墓石に笑いかけると、光縁寺をあとにした。
最初の屯所があった壬生村は、ここから目と鼻の先である。少し壬生寺に寄ってみようかと、さくらは足を向けた。
もともと手狭ゆえに西本願寺に屯所をうつしたというのに、それでも場所が足りず、今でも壬生寺では時折砲術の稽古などが行われていた。が、今日の境内は人気がなく静かだった。
ここの裏手には、かつて自身の手で葬った命の恩人・芹沢鴨が眠っている。命日ではないが、ついでみたいで申し訳ないとは思ったが(実際ついでであるが)、芹沢の墓にも参ってみようかと境内の奥へ入っていくと、「あ、島崎さん」と声をかけられた。
「平助」
さくらが気づくと、平助は人好きのする笑顔で近づいてきた。
「島崎さんも墓参りの帰りですか」
「ああ、平助も?」
「そうです。もう二年経つんですよね」
芹沢の墓参りはやめることにした。平助は、あの暗殺事件の真相を知らない。余計なことに話が及べば面倒なので、さくらは境内を散歩していただけだと平助に説明した。
平助もちょうどぶらぶらしていたところらしかったが、そろそろ西本願寺に戻るというのでさくらは一緒に戻ることにした。
歩き始めてすぐ、平助が気軽な調子で尋ねてきた。
「島崎さん。伊東さんに女だって知れたって本当ですか? ……あ、僕は何も言ってないですよ」
「わかっている。歳三が例の屁理屈でなんとか押し通したようだが、伊東さんが心底納得しているかは怪しいものだな」
「……それなんですけど」
平助はキョロキョロとあたりを見回して周囲に誰もいないのを確認すると、低い声で言った。
「実は……伊東さんは、もう新選組にはいられない、と思っているようです」
さくらは驚いて大きな声を出してしまいそうになったが、すんでのところで飲み込んだ。
「どういうことだ。その話、詳しく聞かせろ」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
ラスト・シャーマン
長緒 鬼無里
歴史・時代
中国でいう三国時代、倭国(日本)は、巫女の占いによって統治されていた。
しかしそれは、巫女の自己犠牲の上に成り立つ危ういものだった。
そのことに疑問を抱いた邪馬台国の皇子月読(つくよみ)は、占いに頼らない統一国家を目指し、西へと旅立つ。
一方、彼の留守中、女大王(ひめのおおきみ)となって国を守ることを決意した姪の壹与(いよ)は、占いに不可欠な霊力を失い絶望感に伏していた。
そんな彼女の前に、一人の聡明な少年が現れた。
思い出乞ひわずらい
水城真以
歴史・時代
――これは、天下人の名を継ぐはずだった者の物語――
ある日、信長の嫡男、奇妙丸と知り合った勝蔵。奇妙丸の努力家な一面に惹かれる。
一方奇妙丸も、媚びへつらわない勝蔵に特別な感情を覚える。
同じく奇妙丸のもとを出入りする勝九朗や於泉と交流し、友情をはぐくんでいくが、ある日を境にその絆が破綻してしまって――。
織田信長の嫡男・信忠と仲間たちの幼少期のお話です。以前公開していた作品が長くなってしまったので、章ごとに区切って加筆修正しながら更新していきたいと思います。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
三国志〜終焉の序曲〜
岡上 佑
歴史・時代
三国という時代の終焉。孫呉の首都、建業での三日間の攻防を細緻に描く。
咸寧六年(280年)の三月十四日。曹魏を乗っ取り、蜀漢を降した西晋は、最後に孫呉を併呑するべく、複数方面からの同時侵攻を進めていた。華々しい三国時代を飾った孫呉の首都建業は、三方から迫る晋軍に包囲されつつあった。命脈も遂に旦夕に迫り、その繁栄も終止符が打たれんとしているに見えたが。。。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる